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ばれちゃったんです

「もう大丈夫?リーゼロッテ」

「う、うん。ごめんね、クロエ、心配かけて……」

「そんなのお互い様よ、それに、悪いのはあの上級生なんだから!」


 思い出して怒っているクロエに苦笑して、リーゼロッテはクロエの黒髪に手を伸ばす。

 陽の光を遮って涼しい風が吹く、パラソルの下で、乱れた髪を軽くすくと、黒髪に艶が戻る。

 白いテーブルには、レースのテーブルクロスが掛かっている。

 あの後、クロヴィスに抱かれてこの席に連れてきてもらったリーゼロッテは、しばらく風に吹かれて休んでいた。

そうして、そろそろ体調も良くなったな、と思ったところで、立ち上がろうとしたリーゼロッテにクロエが声をかけたのだ。

 クロヴィスはというと、クロエがあれこれリーゼロッテの世話を焼くたびになぜかむすっとした顔になっていく。こういう顔は怖くない。

 リーゼロッテは、立ったままで仏頂面をしているクロヴィスをふり仰いだ。


「ヴィーも、さっきはありがとう」

「いや、僕は……。主催者だから、その」

「ティーゼ先輩?」


 クロエがにこにこと、それはもうにこにこといい笑顔でクロヴィスを見ている。

 その目がどことなく笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。

 可愛らしいクロエに限ってそんなことはないと思うのだけれど。

 そんなクロエの顔を見たクロヴィスは、ひく、と唇を引きつらせた。


「人選ミスだ……」

「ミス?なんの?」

「ティーゼ先輩はね、リーゼロッテが心配だからって菓子折りを持ってうちに来たのよ。お母さんか!って思ったわ」


 クロエが呆れたような口ぶりで言う。


「ヴィーが?」

「そう。私はリーゼロッテが好きだから友達してるんです!って突っ返そうと思ったんだけど……」

「けど?」

「せっかくだしリーゼロッテと食べようって思って、おやつに出しちゃいました!ほら、春風亭の……」

「ええ!このあいだのおやつ、ヴィーが買ってたの?」


 買おうと思えば一時間は余裕で並ぶ人気店のガレットを、クロエと美味しくいただいたことを覚えている。まさかでどころがクロヴィスだったとは。


「ヴィー、もしかして自分で並んだの?」

「…………いや、その」


 目を泳がせるクロヴィスの様子は、以前と変わらない。

 これはリーゼロッテが大好きだと、最初に思ったヴィーだ。

 リーゼロッテは思わず、体をぐっとひねって伸び上がるように、クロヴィスに抱きついた。


「もう!ヴィーったら、かわいいんだから!」

「僕はリズより三つも上の男なんだが……」

「そう、それよ!もう、初めて知ったわ。同い年だと思ってたのに」

「君が知らなかったことに僕が驚いたよ」


 クロヴィスが困惑したような顔をして、リーゼロッテを支える。その手があたたかくて、リーゼロッテはホッと息をした。

 クロヴィスが怖い顔をするたび、クロヴィスが嫌われるんじゃないかと思う。死んでしまう未来と結びつけては恐ろしくなり、その度にうろたえて失敗する。

それでも、それでも今はクロヴィスがここにいるから、リーゼロッテはぎゅうぎゅうと抱きついて笑った。


「うふふ、仲良しね。あ、それはそれとして、お菓子をもらって来なきゃ。あなたたちはゆっくりしてて」


 

 突如。

 クロエがスックと立ち上がり、にまにま笑いながら滑るような速さで軽食のテーブルのほうに行ってしまう。早すぎて返事ができなかった。

 青いドレスがふわふわ揺れて人目を引いている。うん、やっぱりクロエのセンスは一級品だ、なんて思う。


 遠くでも目立つクロエの後ろ姿を見ていると、なんだか嬉しくなる。

 初夏の風が涼しくて、パラソルの上に飛んできた柔らかな花びらが、ぱた、と音を立てる。


 不意に、クロヴィスがつぶやいた。


「ーー君は、僕のことを、もう好きではないのだと思っていた」

「え?」


 リーゼロッテは、最初、クロヴィスが何を言ったのかよくわからなかった。

 リーゼロッテに愛しているなどと言っておいて、その口で何を抜かすのだ、この男は。


「ヴィー、私があなたを嫌いになるって、なんでそう思ったのよ」

「そりゃあ……その、いろいろ、あったし」


 クロヴィスは、リーゼロッテを椅子に押しとどめようとする。リーゼロッテは負けじとクロヴィスの袖を掴んだ。


「昔のことがあったって、私の一番はずっと変わらないわ。ヴィー」


 リーゼロッテがきっとクロヴィスを睨んで言い募った。

 一瞬、クロヴィスの体から力が抜けた。

 呆然とした顔で、リーゼロッテを見つめている。

 そうしてーーそうして、くしゃりと顔を歪めて、けれどその顔が、優しい、あの時の笑顔に戻っていく。それをリーゼロッテは見ていた。


「うん……きっと、君はそう思ってるんだ、ね」

「信じてくれないの」

「信じるよ……。だって、僕にとって、ずっと君が一番なんだから」


 今の君が、そう思っているなら、それがいい。

 そう、クロヴィスは言った。


 泣き笑いみたいな、震えた声でクロヴィスが言うから、リーゼロッテはどうして?と尋ねることができなかった。

 だから代わりに口にしたのは、やけくその言葉だ。


「愛してるって言ってくれたくせに」

「り、リズ!?なんでそれ」

「なんだか変なことしたわね、ヴィー。私にそんな催眠術?みたい?なことが通じるとは思わないでよ!」


 ほほほ!と高笑いをするみたいに口元に手をやる。

 それはただ上品な人だよ、リズ、とクロヴィスが苦く笑った。

 そして、眉を下げて、少し切なそうに笑ってみせる。


「そう、そっか……ばれちゃったのか」

「そう、そうよ、ばれちゃったの」


 リーゼロッテは椅子に座りなおして、クロヴィスの袖を弄ぶように引いた。

 覆い被さるような体勢になって、リーゼロッテを影に隠したクロヴィスは、蜂蜜色の髪を撫でて笑う。


ーーリズ。


 そうして、静かに、彼が静かに口にした言葉の意味を、リーゼロッテは理解することができなかった。

 クロヴィスは、ただ笑っていた。

 リーゼロッテを包んででもいるように。卵を守る母鳥のように。その背に隠して。


ーー君は、忘れてしまったからね。


 今このときも、ぴくりとも動かぬリーゼロッテの表情に、痛々しい眼差しを注ぎながら。




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