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嵐の予兆

 腹がたつ、怖い、憎たらしいーー恐ろしくてならない。

 けれどはらわたが煮えくりかえりそうだ。



 ケヴィン・バーデは震える足を引きずるように、前へ前へと足を進めていた。

 取り巻きの目すら盗み、ひたすらに誰の目にも届かないところへ逃げているのには訳があった。


「妹が大切な兄、そういうことにしておいた方が、お前が生きる可能性が残るぞ」


 あの時、和やかになった空気にあせり、さらに言い募ろうとしたケヴィンに、ヴィルヘルムは言った。

 何を馬鹿なと、そう思ってヴィルヘルムの視線を追ったケヴィンは、見てしまった。


 ティーゼ侯爵令嬢の金髪を梳きながら、なだめるような眼差しでなにかをささやくクロヴィスの、その目、その目が。

 甘い目をしていた、そんなものではない。

 もっと、得体の知れぬ執着を閉じ込めたような、どろりとした熱を孕む眼差しが、その蜂蜜色に向けられて、愛しげに細まる。

 妹に向けるものでありはしない。なんだ、なんだあれはーーおぞましい、なにか、触れてはならぬもののような、何か。

 ーーそうして、その目が不意に、こちらを見たのだ。

 今の甘やかな濃い緑が嘘のような、煌々と輝く捕食者の目が、ケヴィンを今にも叩き潰さんとしていた。

 だからケヴィンは逃げたのだ。

 伯爵家という家柄の、責任もない次男という立場。甘やかされ、思い通りにならぬことはない人生が、一瞬にして泥水をすすっているもののようにすら思えた。

 こんな屈辱は初めてだ。

 だというのに、ケヴィンは1人で無様に逃げることしかできなかったのだ。


「あいつ、あいつら、絶対許さない、絶対……!」


 クロヴィスも、侯爵令嬢も、ヴィルヘルムも。

 許してなるものか、無様に這いつくばらせてやる。

 走り、走りーー薔薇園を抜け、園舎を横切り、寄宿舎のすぐそば、影になった、銅像の下。

 そばの壁に手をつき、荒い息をを落ち着かせようと呼吸する。

 足がガクガクして、汗が止まらない。その時、ケヴィンの前に、白いハンカチが差し出された。


「え、なんだ……?」


 まさか自分の取り巻きの1人だろうか。

 だが、こんなハンカチを出してくるような奴はいただろうか。それに、自分の取り巻きに女はいない。これはどう見たって女の手だ。

 ケヴィンは、そのハンカチを見、そして、ハンカチの主を見ようとした。


 瞬間ーーものすごい力で、ケヴィンの顔にハンカチが押し付けられる。瞬時にくらくらとめまいが起きて、意識が遠ざかっていく。


 ぱさついたプラチナブロンド、薄い唇。ーー緑色の目。


 ーーそれが、ケヴィンの意識が途切れる前に見た、最後の光景だった。


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