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やはりスウィーツは最優先で


 春に咲くタンポポの、真ん中のみずみずしい部分だけで作ったようなふんわりとした黄色いドレスには、上から幾重にも若草色のチュールが重ねられている。

 透ける素材であるから、夏にふさわしく涼しげな見た目のそれは、しかしデコルテをさらけ出すことはせず、橙色のスカーフで上品に肌を隠し、リーゼロッテの少女らしい美しさを引き立てていた。

 下から順に暖色になっていくドレスは、遠目から見るとグラデーションに見える。

 リーゼロッテの蜂蜜色の髪は二つに結い上げられ、若草色の共布でひらひらと風になびくリボンが飾られて。

 腕には、薄紅色のリボンをまるでブレスレットのように結んでおり、その姿は妖精か何かのようにすら見えた。



 それを見た、四年生が主催の、初夏のガーデンパーティーに参加している生徒たちは、リーゼロッテの姿を見た瞬間に息を飲んで釘付けになる。

 間違いなく、リーゼロッテはこの場において最も美しい少女だった。


「リーゼロッテ、かわいいね」

「全部クロエが選んでくれたんでしょ。だからこれはクロエの仕事だわ。本当にすごい」


 リーゼロッテは、自分が可愛らしい部類だということは自覚しているが、まさかこんなに人から称賛の目を向けられるほどではないと思っている。

 クロエが朝から職人のような顔をしてリーゼロッテを着つけていたのだが、なるほどやはり、クロエはその道のプロだ。

 そのくらい、今のリーゼロッテは、自分でも思うくらいかわいかった。


 隣にいるクロエは、リーゼロッテと同じデザインで、涼しげな青を水色に変えるようなグラデーションの、色違いのドレスを着ている。

 クロエの髪はつやつやとしたブルネットだから、それも相まって見ているだけで涼しくなるような爽やかさがある。季節と暑さまで考慮したそのセンスには舌を巻いた。


「リーゼロッテ、まず何食べよう?」

「クロエったら。まあ……でも、そうよね。まずは食べないとお腹空いちゃうわ」


 リーゼロッテの手を引くクロエに、緊張がほぐれてきた。リーゼロッテは笑って、食事コーナーに歩いた。

 だいたい、このパーティーの主役は四年生だ。一年生のリーゼロッテたちの出る幕ではないから、好きなだけ楽しんだら帰ろうね、とリーゼロッテがいうと、クロエは目を輝かせた。


「じゃあ、お腹いっぱい食べちゃお!」

「もう!調子に乗って!お腹痛くなっても背負えないわよ!?」

「ちっちっち。侍女を目指すものとして、私は体調管理は完璧にできるのよ」

「ほんとう?」

「そ。だから私は大丈夫!侍女ってそういう生き物よ!」

「ダメじゃん!」


 けらけらと笑い合うリーゼロッテとクロエ。

 13歳の少女らしく、お菓子に目がない2人はテーブルに進もうとしてーー、その手を、ぐいと引かれて立ち止まった。


「やあ、ティーゼ侯爵令嬢。そんな華のないことをしないで、俺たちと一緒に回らないか?」


 は?と言いそうになるのを抑えて、リーゼロッテは振り返った。

 そばかすの浮いた、背の高く、全体的にひょろ長い男ーー主催の証をつけているから、多分、四年生だろうーーがリーゼロッテの手を痛いくらい握りしめている。


「いいえ、結構で……」

「そうだ!噴水周りに行かないか?あそこは俺が提案した場所でね」


 うわすごいぐいぐいくる。

 上級生の対処に困ったリーゼロッテはどうしようかと思ってクロエを振り返った。

 誰かはわからないが、貴族だとして後で面倒になった時、困るのはリーゼロッテの義理の両親たちだ。

 それは避けたい。

 そう思って見やったクロエは、その榛色の目をギラギラとーーダメな方に輝かせて、先輩にあたる男を睨みつけていた。


「お言葉ですが、先輩!リーゼロッテは私と回る約束をしてるんです」

「お前は……」


 リーゼロッテの手を掴む男は、一瞬戸惑ったような顔をした後、取り巻きの1人に耳打ちされて、ああ、と嫌な表情でせせら笑った。

 視線で、リーゼロッテとクロエを見比べて。


「あの貧乏子爵家の娘か。完全に侯爵令嬢の引き立て役だな。僕を誰だと思っているんだ」

「知りません。ここは学園ですし、私もあなたも一生徒です。なにより私の親友を侮辱しないで」


 横から硬い声を出したのはリーゼロッテだった。まさか自分からこんな声が出るとは思わなくて、リーゼロッテは自分でも驚いた。


「な……」

「それに、引き立て役なら大成功ですわ。私のドレスはリーゼロッテのドレスを映えさせるために選んだのです。それがわからないなんて……」


 今度はクロエがはん、と鼻で笑った。


「先輩、南の伯爵家の方でしょう。我が家はおたくと取引をしていましたが……。まあ、ここで言うことではありませんから詳しくは申しませんが、取引をやめて正解でしたわ」

「なんだと」

「たかが子爵家、されど子爵家。自分のお家のお仕事事情を知らぬのは悲しいことですわね」


 クロエが立て板に水のごとく続ける言葉に、リーゼロッテは目を瞬いた。

 クロエがぎゅっとリーゼロッテのリボンを巻いた手を握る。汗をかいた手のひらは、暑さのせいだけではないはずだ。 

 それに気づいて、クロエの手を握り返したリーゼロッテは、きっと男たちを見つめた。


「思い出しました。ラヴィニア伯爵の次男の方ですね」

「……そ、そうだ!リーゼロッテ嬢、君の取り巻きを」

「取り巻きではありません。親友と申しました」


 クロエの手を握った手に力を込める。

 クロエは優しい友達だ、

 リーゼロッテの大事な友達だ。

 リーゼロッテは、怯えをはらみつつもなお、はらわたが煮えくりそうな気持ちを爆発させそうになりながら、耐えるように静かに言葉を紡いでいった。


「私は、クロエの親友です。あなたと一緒にしないで」


 男の取り巻きたちを睥睨するように視線を向けると、彼らは目をそらした。

 中には羨ましげに見てきたものもいる。


「な、んだと、言わせておけば……侯爵家の養子風情が!」


 男が手を振り上げる。リーゼロッテは動かなかった。クロエの悲鳴が聞こえる。

 それでも、それでも負けたくない。こんな奴に、絶対に。


「その、侯爵家の次期当主だがーー我が家の大切な姫君にかけられるべきではない言葉が聞こえた気がするな」


 ーーふいに、涼しい、声がした。

 男が腕を振り上げたまま固まり、取り巻きが背後を振り返る。

 リーゼロッテが正面に視線をやると、リーゼロッテを養子と侮った男の背後から、歩み寄る青年がそこにいて。

 陽光を受けてきらめくプラチナブロンドを風に揺らし、濃い緑の目、射抜くような眼差しがこちらへ向けられているのを見た。

 仕立ての良い紺のフロックコートに身を包み、背の高い青年が一歩踏み出すごとに周囲の人間が道を開ける。


「……ヴィー?」


 その胸には、主催者であることを告げる最高学年のスカーフが飾られている。

 同じ歳だと思っていた。いいや、そうではなくて、それよりずっと言いたいことがあって……。

 声が出てこない。リーゼロッテは、その、怒りに満ち満ちた、けれどそれを悟らせぬよう限界まで抑えた表情に、今このとき、たしかに背筋が震えたのを感じていた。

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