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ボーイズ・トーク

「だから言っただろう。お前は嫉妬深いと」

「黙ってくださいアルブレヒト殿下」

「まあ、まあまあ、アル、クロヴィス」


 どこか楽しげに笑って言うアルブレヒト、感情を押し込めたような声で早口を返したクロヴィスをなだめたのは、銀糸のように輝くプラチナブロンドの青年だった。名を、ヴィルヘルム・ヴィオラ・ヒュントヘン。

 いつもにこやかで、底知れないヴィルヘルムのことが、クロヴィスは嫌いだーーと言うほどでもないが、わざわざ相手取りたいような相手でもない。

じとっとした目で睨め付けると、ヴィルヘルムはからからと笑った。


「クロヴィス、リーゼロッテちゃん、だっけ。嫉妬深い男は嫌われるぞ」

「もうとっくに、リズは僕のことが嫌いですよ」

「愛してるとか言っちゃうのになあ」

「そんなの、リズは僕に言われても困りますよ。暗示をかけたんだから忘れてるはずだし」

「どうかな、お前、肝心なところでミス多いじゃん」


 ヴィルヘルムはそう言って、テーブルの上に置かれた皿から一枚のクッキーをとってかじった。


「書類を汚すなよ。ヴィル」

「はいはい……アル、この書類、なんだ?」


 ヴィルヘルムがぴらっとめくった紙を一瞥して、アルブレヒトがつまらなそうに言った。


「夏のガーデンパーティーの企画書らしい。高学年に仕切らせて、主催としての手腕を確かめる……一種の試験だ」

「しかし、結局は家同士の面子のこともあり、骨組みは生徒会で、とのことです。まあ建前でしょうが」


 アルブレヒトの説明をクロヴィスが補足する。ああ、とヴィルヘルムが言った。


「あれだろ?今年の最高学年は問題児が多いからっていう」

「ええ。同時に、親もきな臭い生徒が多く、あぶり出すには絶好の機会です」

「はあ、リーゼロッテちゃんのためか……愛だねえ」

「気軽にリズの名前を呼ばないでくれますか?減ります」

「減るの!?」


 ヴィルヘルムの言葉に、クロヴィスは顔を背けた。

 クロヴィスには、特技が2つある。その1つが、王城の医師に師事して授かった医学の知識。もう1つがーー相手に暗示をかけること。

 薬を飲ませ、酩酊したところで相手を催眠状態に持っていく。クロヴィスのさじ加減で、相手を強く、あるいは弱く操ることができた。

 医学を学んだ副産物なのか、生来のものか。クロヴィスは相手がどう言えば思い通りに動くのかがわかる。だからリーゼロッテに恋をしたと言っても過言ではない。

 何かたくさん考えたような目をして、けれど口にしたするのはクロヴィスへの気遣い。ごちゃごちゃで、けれど、それがクロヴィスをいつも救ってくれて。そんなところが好きだった。

 ……記憶を失わせることくらいなら、薬なしでも可能だ。ーー本当は、リーゼロッテに使うつもりはなかったけれど。


「きな臭い、か……。この国は固定観念で凝り固まっている。犬が苦手だから人も苦手ーーそんなものは、犬が近づかないように人が管理すればいいものを」

「俺は百合とか、葡萄とかは、近づくとちょっと嫌な感じになるけど……たしかに、嫌いな奴ばっかりじゃないしな」


 ヴィルヘルムがクロヴィスに視線を向ける。 クロヴィスはその目を見返した。

 頷いて、けど、とヴィルヘルムは続けた。


「一番問題なのは、そう言って声高に叫ぶ奴の選民意識が高いってことだ。あいつらは、自分が仔犬姫の血を引いてる……貴族だってことの意味をわかってない」

「ええ。そうでしょうね。そうでしょう。……そうでなければ、リズが冤罪をかけられるわけがなかったんですから」


 クロヴィスが呟く。同時にアルブレヒトが口を開いた。


「シャロの死に、正しい裁きを、もたらさず、自分の、保身のために、勝手をした奴らが、いた」


 アルブレヒトが、持っていた万年筆を握りつぶす。

 すぐさま新品が手渡されるのは、いつもの光景だ。王族であるアルブレヒトは、怪力をもつ。昂るたびに折れる万年筆は、また修理に出されるのだろう。

 王族の血を引くものとしての力と言う意味でいえば、ヴィルヘルムは俊足だ。そして、クロヴィスは記憶力に関してずば抜けていた。

 あの日、クロヴィスが助かったのは父侯爵の抗議によるものだと思われている。だが、実のところ、愛犬の死を冤罪で汚されたと怒り狂ったアルブレヒトが、牢を破壊したから、クロヴィスへの拷問が中断されたと言うのが、クロヴィスが生き残った直接の理由だ。

 今も今も牢の柱がひしゃげる音を覚えている。音として存在していいのかよくわからない不気味な音だった。


 ともあれ、最初、お互い心身喪失状態にあったアルブレヒトとクロヴィスは互いを認識していなかった。

 それを結びつけたのがヴィルヘルムだ。


 ーー本当に悪いやつが誰なのか、暴いてやろう。


 思えば、彼も心を磨耗していたのだろう。目の前で主人を守れなかったことが、ヴィルヘルムの目を暗く淀ませていた。


 3人はどこまでも似ていた。だから手を組んだのだ。そこまで思い出して、クロヴィスは息を吐いた。


「……さておき、それと書類の山が片付かないことは関係ありませんからね。アルブレヒト殿下は判をお願いします。ヴィルヘルム、決済済みの書類はこちらの箱へ。重い処理は僕がやります」

「……そうだな、ほら、アル。戻ってこーい」

「とっくに正気だ。ヴィル、クロヴィス。直近の案件はここにもってこい。この量だ。判を押す以外にもやることはある」


 書類が交換され、しばらく。静かになった生徒会室に、ペンを走らせる音が響く。

 クロヴィスは、ろうそくの灯火を想って目を伏せ、そして再び書類に済みのサインを書き込んでいく。


 ーー君が泣かなくていい世界を作るよ。


 いつかの決意が脳裏に蘇る。

 キスをしてなお、表情が変わらなかったリーゼロッテ。好かれていなくたってよかった。だってこれはクロヴィスの自己満足だから。


 クロヴィスは、クロヴィスのせいで失われたものをーーもう一度リーゼロッテの笑顔をーーひだまりみたいな笑顔を見たかった。

 結局、初恋をこじらせた男のもつ理由なんて、それだけだった。


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