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ありふれた歴史の授業だと思っていました

 アルブレヒトに言われた通りに薔薇園を抜けると、どうしてこんなに近くで迷っていたのだろうかというくらい簡単に建物内に入ることができた。


「リーゼロッテ!はやくはやく!先生来ちゃうよ!」

「クロエ!」


 そこが次の講義の教室なのだろう。扉の前で手を振る赤毛の少女がリーゼロッテを呼ぶ。

 クロエは子爵家の令嬢だ。そして、リーゼロッテと女子寮で同室の、リーゼロッテの友人だ。

 庶民に混じって育ったのだというクロエは、さばさばとして気立てもよく、視線ばかり突き刺さるリーゼロッテに唯一声をかけてくれた少女だった。


「ありがとう、クロエ。待っててくれたのね」

「ううん。よかった、席はとってあるから、そっちに行こう」


 駆け寄ったリーゼロッテに、クロエはホッとしたような顔をした。

 段差を登り、木でできた椅子に座ると、見計らったようなタイミングで教授がやってくる。

 腰の曲がった白髪の教授は、眼鏡をくいとあげて、生徒たちが席に揃っていることを確認した。


「はい、みなさんいますね。結構。それでは今日は、建国神話について……。さ、教科書を開いて」


 建国神話。とリーゼロッテは呟いた。

 周りを見ると、皆知っているのかあくびを噛み殺しているものが多い。

 そういえば、建国神話について、リーゼロッテはおとぎ話程度の知識しかなかった。家庭教師に習ったのはマナーがほとんどで……それに、ゲームの知識はあまり参考にはならないだろう。あれはストーリーのテンポの都合ではしょられているものだから。


「今より千年前、建国王アレクサンダーが誕生した時からこの話は始まる。アレクサンダーはもとはただの農民だったが、類稀なる怪力の持ち主で、愛犬とともに多くの苦難を打ち払った……そのうち、1つ目の苦難は……そうだな、そこの君、答えなさい」

「えっと、建国王がドラゴンを倒したと言われるドラゴニアの乱です」

「結構。結構。ドラゴンはその際、多くの百合の花を咲かせた。愛犬を打ち倒すためにな。しかし、それを防いだのがアレクサンダー王の機転だ。アレクサンダーは怪力でもって、百合の花を全て谷底に落としたと言われている」


 ……百合の花。

 突然のジャブに、リーゼロッテはぐっと唇をかんだ。

 なんだ、百合の何が悪いんだ。綺麗じゃないか。

 クロヴィスと過ごしたあの家を思い出して、リーゼロッテは顔をしかめた。きっと今ひどい顔をしているから、誰かに見咎められませんように、と思う。


「その後も、アレクサンダーは葡萄の木を生やした巨人を打ち倒し、水仙を料理に混ぜた悪しき王を退けるなど武勇を得た。そうして建国されたのが、ここ、アインヴォルフ王国だ」


 教授はそこで一度言葉を切った。


「しかし、最後の戦いののち、アレクサンダー王の愛犬は死んだ。それを哀れに思った神が、愛犬をひととして生まれ変わらせた。その愛犬を、仔犬姫という。ヒュントヘン地方で生まれた仔犬姫の末裔が、ヒュントヘン公爵家のものだと言われておる。……ここの最高学年に、ヴィルヘルムくんがいたな。彼が次世代の仔犬姫の末裔ということだ」


 ほう、と誰かがため息をついた。ヴィルヘルム様ね、と誰かが呟く。

 ヴィルヘルム?とリーゼロッテは思う。そして、はっと目を瞬いた。

 ヴィルヘルム・ヴィオラ・ヒュントヘン。そういう由来の名前だったのか。それを聞くと、やっぱりここは1つの世界なんだな、なんて再認識する。


「リーゼロッテ、どうしたの?」


 ヒソヒソと、クロエがリーゼロッテに囁く。そんなに顔に出ていただろうか。

頰を揉むリーゼロッテに、クロエは苦笑した。


「顔じゃなくて、なんていうか、目が、そんな感じだったよ」

「そう、なの?」


 自分ではなにかあるとすぐ顔にですぎると思っていたが、いつのまにかポーカーフェイスを身につけていたのだろうか。

 グッジョブ、私。とリーゼロッテは拳を握った。


「そこ、おしゃべりはほどほどに」


 はっと前を向くと、教授が眼鏡を持ち上げてこちらを見ている。


「まあ、真面目に聞いていたようなので良しとしましょう。次から気をつけるように」


教授はみなをゆっくりと見渡して、話を続けた。


「……それでは、どこまで話したか……そうそう。王家の力についてだな。そういうわけで、伝説上、建国王と仔犬姫の血を引くもの……とくに、アインヴォルフ王家、ヒュントヘン公爵家、ティーゼ侯爵家の人間には、身体能力などなにかが突出して優れていることがある、と言われている。まあ、あくまで伝説だが」


 ーーティーゼ侯爵家。当然自分の家が出てきてリーゼロッテは驚いた。

 ちらちらと自分を見る視線を感じて、これが空耳ではないことを知る。


 優れた能力。リーゼロッテは口の中で繰り返した。

 もし、そういうものが、リーゼロッテにもあれば。あの日、自分自身を守るだけの力があれば。


 そうしたら、自分は今日もクロヴィスと隣で笑いあえたのだろうか。

 これで講義が終わり、と教授の声が響いても、しばらくリーゼロッテは考え込んだまま。クロエに肩を揺すられるまで、思考の渦から帰ってくることができないでいた。

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