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拗れた恋愛なんて、30分話し合えば

 マルティナは、実の兄であるクロヴィスが嫌いだ。

 嫌いとまでは言いすぎ?いいや、大嫌いだ!


 父や母からは激しい性格だと言われているマルティナだが、こと好き嫌いに関しては激しいなんてものじゃなかった。

 父はかっこいいから好き。母も優しいから好き。

 リーゼロッテはあったかくて、綺麗なのにとてもとても優しい。マルティナをかわいいといつも撫でてくれる。

 その柔らかな手が大好きだった。


「おねえちゃま!抱っこしてくださいな」


 マルティナは、帰宅してからこっち、屋敷の廊下に飾られた絵画を、ぼんやりと眺めているリーゼロッテに両手を差しだしてねだった。

 ゆっくりとした動きで振り返ったリーゼロッテは、そのろうそくの火のような暖かい目を、少しぴくっと動かして、口の端をひきつらせる。白い歯がわずかにのぞいた。


「マルティナは、甘えん坊ね」


 一見すると、マルティナを疎むような表情だ。

 でもとてもとても優しい目と声が、リーゼロッテの気持ちを雄弁に伝えてくれる。

 これが、リーゼロッテの笑顔の全てだ。

 口の端と目尻をぴくぴく動かして、それできっと、リーゼロッテは笑っている。


「おねえちゃま、何を見ていましたの」

「ヴィーの肖像画。この間完成したんだって。……こんなに大きくなったんだね」


 そう言って、リーゼロッテは遠くを見るような目でその肖像画を見つめた。

 マルティナの実の兄、クロヴィスは、リーゼロッテにこんな顔をさせる。


「ずうたい?がでかいっていうんですの」


 悪態をつくマルティナの頭をそっと撫でて、リーゼロッテはふわふわの金髪を揺らした。

 きっと、これは笑い声の代わりだ。


「マルティナ、どこでそんな言葉知っちゃったの?。家庭教師の先生に言っとかないと。うちのマルティナに変なこと言わないでって」

「お父しゃまですわ」

「お父様!」


 嘆くような声で、リーゼロッテは髪の毛をかきあげる。相変わらず、歪にうごいた表情は、その心を映してくれない。


 マルティナが生まれる前、クロヴィスとリーゼロッテはとても仲が良かったらしい。リーゼロッテは笑顔を絶やさなかったし、クロヴィスはリーゼロッテを全身全霊で大切にしたという。


 ーーそんなの、信じられないわ。


 マルティナは、抱き上げてくれたリーゼロッテの胸にぽふ、と顔を埋めた。今日は、マルティナとお揃いの桃色のドレスを着ているリーゼロッテ。その胸には、大きなリボン。それがくすぐったくて、マルティナはうぶぶ、と声を出した。


「お兄ちゃま、勝手だわ。おねえちゃま、ずっと待ってらっしゃるのに、ちっとも帰ってこないし」


 それに、マルティナは聞いたのだ。

 少し前に、忘れ物を取りに来たと言って、リーゼロッテのいない時を狙うように帰ってきたクロヴィス。

 あの言葉で、マルティナは決定的にクロヴィスを嫌いになったのだ。


「学園、忙しいって聞いたもん。仕方ないよ」

「それでも、おねえちゃま」


 マルティナは、じいっとリーゼロッテを見つめた。ろうそくの灯みたいな目がゆらゆら揺れてマルティナを映す。


「おねえちゃま……」


 マルティナは、何か言おうとした口を閉じて、もう一度開けた。それでも、その何かがうまく言葉にできなくて、聞こうとしたリーゼロッテとマルティナの間に沈黙が降りる。


「ヴィーは、きっと、私を好きじゃないよ」

「そんなことありませんわ!お兄ちゃまは、おねえちゃまのことが大好きですのよ!」


 聞き捨てならない言葉に、マルティナは反論した。でも、リーゼロッテは唇を震わせるだけで、それ以上何も言わないから、マルティナはもう黙るしかなかった。


 ーーお兄ちゃまは、おねえちゃまのこと、本当に、本当に、大好きですのよ。


 伝わらない、伝えられない。どう言ったらいいのかわからなかった。それが歯がゆくて、マルティナはぐっと歯を噛み締めた。

 犬歯がぐりっと音を立てる。ぽん、とマルティナの頰に温かいものが触れて、見上げると、リーゼロッテが目尻をピクピクさせているのが見えた。


「マルティナ、そんなに歯を食いしばったら、痛くなっちゃうよ」

「……はい」


 クロヴィスの気持ちも、リーゼロッテの気持ちも、まだ幼いマルティナにはわからない。

 それでも、それでもやっぱり、マルティナは、リーゼロッテのことが大好きで、クロヴィスのことが大嫌いだった。




 夕焼けが、薄い金髪を蜂蜜色に染めていた、あの日。

 今のリーゼロッテと同じような遠い目をして、クロヴィスが呟いた言葉を、マルティナは忘れない。


 ーーリズ、また、笑ってくれるかな。


 リーゼロッテの誕生日に用意したのだろう。絹のリボンをそっとリーゼロッテのプレゼントに紛れ込ませたクロヴィスを、通りがかりのドアの隙間から、マルティナは見ていた。

 今、リーゼロッテの胸に飾られているリボンはその日クロヴィスが持っていたもので、リーゼロッテはいつもこれを体のどこかに身につけている。

 なにが通じ合っているのだろう。なにが通じ合えないのだろう。

 マルティナにはわからない。

 けれど、それでも思うのだ。リーゼロッテは笑っている。動かない表情で、それでもたしかに笑っている。

 それを推し量れない愚鈍な輩に、マルティナの大切な姉は渡せない。


「お兄ちゃまも、おねえちゃまも、きっと話せばいいんですわ」


 世の中のこじれたお話は、大抵膝を付き合わせて話せば解決する。

 ただ、それができないから拗れるのだ、なんてことは、マルティナにも、リーゼロッテにも、クロヴィスにも、まだまだ難しい問題だった。


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