雪山で孤独におやすみ
息抜きの息抜きに書きました。
不意に名前を呼ばれ、男は目を薄く開ける。
視界のほとんどは白に染まっており、今が昼なのか夜なのかも彼にはわからなかった。
「ここで、何をしているのですか」
その穏やかでよく通った声は、彼の目の前で荒れ狂い、山をざわめかせる吹雪とはかけ離れたものだった。
俺は何をしているのか。男は自問した。
彼はここに自殺をしにきていた。だが彼自身にその自覚はない。彼としてはただ寝所を探し歩いていたら自然と山に辿り着いただけだ。それが一時的な眠りか永遠なものかも彼は微塵も考えていなかった。
そして、胎児のように丸まりながら空になった酒瓶を抱き、まさに眠ろうとしていたところだった。左半身はすっかり雪に埋もれている。
「……何故眠りたいと?」同じ調子の中性的な声でまたも問う。
男は一瞬、自身が声を発していないのに会話が進んだことに疑問を覚えたが、すぐに消え去ってしまった。自律的な思考がうまくできない。
男はしばらく前から眠れなくなっていた。
毎日、夢の世界で過ごしてるかのように体を無意識に任せ、映るだけの世界を眺めていた。それらが記憶されることはない。夜、帰宅してからは軽い食事とシャワーだけを済まし、何日も敷かれたままの布団に横たわる。眠りに落ちることはない。意識が肉体によって現実に縛り付けられているようで、デジタル時計が八時を表示するまでそれを見つめ続けた。何かに満足感と疲労を覚えれば豊かな眠りを得られるのではと考えたが、結果として未開封の箱が部屋の一角を占めるだけで終わった。
彼にとって今いる場所は部屋よりもずっと居心地が良かった。静かに追い詰めてくるデジタル時計や積まれた箱はないし、布団で体を包むよりも暖かく感じられたからだ。
夢の世界で漂い続けていた彼だったが、今だけは確かに現実で生きていた。体の底から湧いてくる多幸感に意識を委ね、未来に根拠のない希望を感じていた。
「このままでは、死んでしまいますよ」言い終わると口を固く閉じた。
どうでもいいよ。今はただ眠りたいんだ。ようやく眠れる気がするんだ。
そういえば、何で俺の名前を……いや、それもどうでもいいことか。
それじゃあ、おやすみ。
男も、それに続く一人分の足跡も雪に埋もれていく。
どこまでも白い世界と揺れる木々だけが残る。
体を温かくしてしっかり寝ようね。