1-89 アルボスティア 奪還戦4
◆前回のあらすじ
アイリはウルハを牢獄から連れ出し、ウルハはカイルを置いてエドと前線へ
ゴーシュがリーナを伴いアルボスティア南方にある聖堂へと向かい始めた頃、北方にあるアルボスティア役場では騒ぎが起こっていた。
「何だこの虫は!!」
「魔物だ! 職員は退避!! ただちに退避だ!!」
巨大な芋虫状の何かが突如役場の壁を食い破って現れたのだ。
「一体何事だ!」
と、そこに現れたのは小太りの中年男性。王も公爵も持たない小国であるアルボスティアの役場を取り仕切る、この国で最も権力を持つ街議長ナビラだ。かつては腕利きの魔導師として活躍した経歴を持つ元冒険者でもある。
「さっさと一般職員を退避させろ!」
そんな冒険者としての経歴を持つナビラですら見たことのない虫の魔物。それがこの不穏な事態が相次ぐタイミングでいきなり役場に現れた。何者かの差し金か、或いは召喚魔法か……
(ゴーシュは……! 自由組合の兵隊アリ共は何をやっておるんだ……!)
何者かがアルボスティアに侵入し、我々の計画を阻害しようとしているという動きが観測されている。怪しいとされた被疑者は既に国の外に追い出したはずだ。
そして事の起こりと同時期に帰還した養成所のガキ共も養成所で見張られているはず。
だが気にしたところで仕方はない。今はこの目の前の脅威を対処しなくては。
一般職員……戦力外、もとい家畜どもが避難経路に退避したのを確認すると、残ったナビラと腕の立つ数人はそれぞれ自身の封じ込めていた黒い魔力を解放し、蟲に対峙する。
「計画の邪魔はさせんぞ!」
そんな黒い魔力を憚ることなく奔出させる魔人たちを、蟲はただ無機質な眼で観ているのだった。
………
役場に謎の魔物が出現したとの報を受け、アルボスティア自由組合専属の冒険者の中から数名、それぞれCランク……アルボスティアにおいては最高峰の戦士たちが役場にたどり着くと、普段から騒がしい建物ではないが、そのいつもに増してしんとした静寂に警戒が一層深まる。
魔物の襲撃を受けたという割に役場の外観には全く損傷が見られない。とはいえこの異様な静寂さは何かあったと見て間違いないだろう。戦士たちは役場に立ち入るが、その中で目にした光景に戦慄した。
何か半透明な太い糸のようなもので全身を巻かれた役場の重役や戦闘員たちが、もはや生気を感じさせない様子でそこら中に磔にされていた。その中にはアルボスティアで一番の実力者であるはずのナビラの姿もあった。
「何だこれは……!? 例の魔物の仕業か?」
だが役場は既に静寂が満ちており、それらしい魔物……これだけのことをやってのけるのだからそれなりに大型のものだろうが、その姿は見当たらない。
そもそもそんな魔物がどこから侵入したのか?役場の外壁に穴は無く、正面入り口も変わった様子はなかった。
何者かが役場の中で魔物を召喚したのか?
戦士たちは戦慄する。
だとしても、召喚魔法が使えるような身内がこのタイミングでこのような暴挙に出ることは考えにくい上、ナビラをはじめアルボスティアでも上位の戦闘要員相手にこれだけのことをやってのけるほどの魔物を召喚できる実力者には覚えが無い。
何者か侵入者の仕業……そう一同が確信したとき、役場の正面に強力な魔力を醸す何者かが現れた。
自分たちと同じ感触がしない。今このアルボスティアにおける明確な異物。
そう感じた一同はそれぞれ人族としての理から外れた邪悪な力を万全に振るえるべく備える。
「おや、残念ながらこちらはハズレだったようですね」
役場に訪れた戦士のうち一人はその凛とした佇まいには見覚えがあった。
そこに現れたのは、偽の護衛任務で国外へ追い出したはずの新参にして異例のCランク冒険者だった。
「もっと骨のある相手の方が良かったんですけどね、まぁ出会ってしまった以上仕方ないでしょう」
メイドを思わす装束に身を包んだ少女は、その腰に差した鞘から透き通るような美しい剣を抜いた。
………
ベルが役場に辿りついた頃、リーナを伴ったゴーシュはその対角にあるアルボスティア聖堂に着いていた。
養成所に隣接する小規模な礼拝堂とは一線を画すその大きな聖堂は、アルボスティア市民が一同に会す機も想定して作られた催事場としての一面も持ち、広々とした本堂の中心に走る参道を二人は歩いていた。
「お前は試練で何と出会った?」
ゴーシュは唐突にリーナに問いかけた。
「お前はここで嘘は吐けないはずだ 何と出会い何を知った? 答えろ」
ゴーシュはもはや勝ち誇ったくらいの気になっていた。
何と出会い何を知ったか気になるところではあるが、カイルの拙い魔法剣に見れば所詮それもガキに毛の生えたようなものだ。
こいつは“神の前で嘘は吐けない”。何年もかけて修道院でそう洗脳を施されてきた従順な信徒だ。全く馬鹿な話だと嗤っていたものだが、ここへ来てそれが役に立つ。
情報を聞き出して、早々に始末する。本丸を叩く。我ら人族の住まう世界に安寧をもたらすため、この街にはささやかな犠牲となってもらうのだ。
次回分は明日更新予定です。




