1-82 アルボスティア ウルハとリーナ
◆前回のあらすじ
アイリとベルは招集依頼を無事欺き、自由組合では人知れず黒い会議が執り行われ……
陽も落ちてしばらく、相部屋の友が帰らないうちに夕飯を済ませてしまい、一人寮の部屋でベル様がくれた魔法指南書を読んでいる。
修道院に向かったきり戻らないリーナが気がかりではあるが、この本があるおかげで退屈はしない。
ページを捲るたび新しい世界が広がっている。今まで自分が必死になって学んできたものは、井の中の蛙が内壁の升目を必死に数えていたようなものだ。
だが同時に、新しい気付きを得れば得るほど恐ろしいものがある。万能感に酔って道を踏み外してしまわないかということだ。
ウルハは自身のお調子者な性格を自分なりによく理解しているつもりだ。だからこそ、知れば知るほど、強くなればなるほど、心が躍り今まで機能していた心の歯止めが利かなくなりそうな感覚に自分自身で背筋が冷える。
指南書の前書きにも書いてあった。「力を持つと変わってしまう」と。「力を飼いならせない者は力に呑まれる」と。
私はそうはなりたくない。
せめてその言葉をいつも忘れないように心に留めておこう。
キィ……
と、ふと自室の扉を何者かが開ける。
「……ただいま」
「あっ……リーナ 良かった、戻ってきて 心配した」
「ごめん、ちょっと図書室で調べものしてて」
リーナは真面目がすぎるところがあるので、気になってしまうと没頭してしまうことがよくある。
「ご飯は? 食べた?」
「まだ……」
「食堂行こっか 一人だと寂しいでしょ」
「ありがとね……」
………
いつもならまだ賑わっている時間帯の食堂だが、その日はウルハとリーナの二人きりだった。
「本当に皆、帰ってないんだね」
アイリ様とベル様の手助けのおかげで旅程が大幅にショートカットできたのは事実だが、だとしても私たちのパーティーは一番難易度の高い遠征を課せられた。試練の難度はピンキリだが、一番乗りはないだろうと思っていたが……
「皆、どうしてるかな ちゃんと生きてるかな……」
「……」
リーナは顔を伏せて答えない。
「あ、ごめんね食事中に」
「ううん 覚悟してたことだから……」
今年の試練は例年より遥かに厳しいものだと聞いていた。
試練の中で命を落としても仕方のないことだと覚悟はしていた。これから冒険者として歩む中で危険とは常に隣り合わせだ。そしてそんな危険の中においても世界を救うために歩み続けなければならない。
そう信じてきた。信じる以外に道はなかった。
だがこうなってしまって思い知る。私たちは甘かった。
「ちょっと食べ終わったら散歩でもしよっか」
「……うん」
………
「ちゃんと掴まった?」
「うん……」
「いくよ ……“空中浮遊”」
ウルハの身長を超える長さの杖に二人で跨り指南書に載っていた空中浮遊の様式を展開すると、重力に逆らって緩やかに上昇を始める。
「すごーい……!」
「えへへ……できたできた」
夕闇を照らす街頭を越え、すっかり夜になったアルボスティアの町内を空から見下ろす。
「私、この街を守りたい」
ウルハは未だ悩みの中に居れど、一つ確かにブレずに抱いている思いだけは忘れることはない。
「私も……」
そしてそれはリーナも同じだった。
私たちが目先に望むものはそれだが、それを成すために何をどうすればいいのかはまだ分からない。自分たちは戦えようと、養成所で主席であろうと、物知らぬ子どもであることには変わりない。
「強くなろうね リーナ」
私たちは今守りたいものがハッキリしている。それを脅かす者が現れたときに、守る力をつける。
アイリ様やベル様を見て分かった。力を使いこなす者の余裕を。力に溺れ暴力に走る者との違いを。
一歩道を間違えれば私たちは後者になっていたかもしれない。力ある者の立ち振る舞いとはそうではないのだと二人を見て学んだ。
「何をしているんですか、こんな時間に」
「ッヒィ!!!」
突如後方に現れたベルの姿に驚き、うっかり浮遊を解いてしまいそうになる。
「夜とはいえ、今はあまり目立つことをするのは感心できませんね」
「ご ごめんなさい……」
「……まぁ、お二人とも色々思うところはあるでしょう 今日は早く戻ってしっかりと休んでください」
「ありがとうございます……そうします」
このときの二人はまだこの浮遊が後に引き起こす事件を、そして今この瞬間を何者かに覗かれていたことを知る由もなかった。
次回分は明日更新予定です。




