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0 1000年ぶりのおはよう

初めての異世界モノ俺強系です。


普段読者として楽しんでいるジャンルですが、気が逸り筆を執りました。

至らぬところ多々あるかと思いますが、楽しんで読んでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

励みになりますので、ご感想いただければ嬉しいです。

 ――混沌の時代


 あるとき人とエルフが交わった。


 禁忌とされていた二種族の交わり。秘匿すべき叡智(えいち)の流出がかろうじて保たれていた世界の均衡を崩すこととなる。


 エルフは禁忌を犯し叡智を得た人間を滅ぼそうと人里を蹂躙(じゅうりん)し始めた。


 人々は抗い、自らの領土を守るために持てる力をもって戦った。戦乱の世は何年、何十年と続き、人々はこの世に不安を、恐怖を、怒りを覚え、やがて混沌が空を覆った。


エルフはそれらの負の感情を秘術によって具現化し邪悪なる魔王を生み出した。魔王は魔物を生み出し、魔物は人々に容赦なく牙を剥いた。

 

 魔物の襲撃によって人々は窮地(きゅうち)に追いやられるが、やがて人の中に邪悪に対抗する力を持つ者が現れた。


 人々は彼を“勇者”と崇め持て囃した。


 勇者は猛者を集い、聖女を携え、魔王を打ち滅ぼすべく旅に出た。

 

 しばらく後に空を覆っていた混沌が晴れた。そして世界を蝕んでいた邪悪なる魔物たちの侵攻が途絶え、世界に再び平穏が訪れた。


 勇者による魔王の討伐が見事成されたのだ。人々は歓喜し、安寧(あんねい)の世を謳歌した。

 

 だがそこに勇者一行が戻ることはなかった……

 


 「『人々はその身を投げ打って魔王を討った勇者一行を英雄として讃え続けましたとさ』……って何これ? 都合のいい歪曲(わいきょく)だなぁ」


 差し出されたすすけた子供向けの伝記を魔法で焼き払い、つい先ほどまで寝転んでいた仄かに獣臭い藁の塊に再度身を投げる。

 途端に藁の隙間から物凄い量の土埃が舞い、思わず咳き込んだ。


 「人族(ニンゲン)のための人族の神話ですから、そんなものでしょう」

 

 (はた)に立つメイドを思わす装束に身を包んだ少女はそんな土埃は一切気にも留めず陳腐な物語を一蹴した。

 

 「その勇者ご一行様が討ち損なった尻拭いを誰がしたと思って……別にいいけどさ ……ベルは人族なのに、人族に対して帰属意識が低いよねぇ」

 

 言うと、問うたわけではないがメイド装束の少女――ベルが脇で跪きながら答える。


 「“元”です それに、私の主はアイリだけ」

 

 「堅苦しいなぁ……ていうか、汚いねここ」

 

 半身を起こし、薄汚れた小屋に舞う埃を払うため収束魔法を行使する。

 風船が膨らむように体から放出された魔力が小屋の汚れごと濾し取り、やがて濁った小さな塊となって掌の上に収束する。

 

 「ベル、これちょっと清浄……」

 

 と言いかける内にベルは汚れの塊に指をかざす。

 彼女はさすがメイド然としているだけあって生活系の基礎魔法の展開に長けている。どす黒く濁った汚れの塊を瞬く間に澄んだ空気に変質させ、霧散させる。

 

 「お手を煩わせてすみません」

 

 「いや、それくらい自分でやればいいんだけどさ ちょっと寝起きなせいか怠くて……ていうか何か臭くない?」


 しばらくぶりに“生きて”空気を吸おうというのに、最初に吸うのが仄かに獣臭く埃っぽい空気では目覚めが悪い。

 こんな畜生小屋に毛が生えたようなボロ小屋……懐かしい木々に囲まれた匂いがするので、恐らくどこか森の中なのだろう。畜生小屋と言ったのは例えだが、獣が住み着いていたと思しき痕跡と臭いが鮮明に残っている。

 確か一メートルほどのイタチの仲間――可愛らしい見た目と裏腹に凶暴で、近づいた子どもがよく痛い目を見ると言われている奴の臭いだ。これがまた凶暴なのは性格だけでなく、あの手の獣は臭腺を持っているのでなかなかキツい体臭をしている。

 つまり今ここは結構臭い。

 

 もう一つ難癖をつけるなら狭い。

 何も豪勢なお屋敷でなくてもいい。育ちの影響でだだっ広いのも落ち着かなくて苦手だし、昔からそう言ってはいた。

 にしても小屋は大人二人足を曲げてギリギリ寝られそうな床面積に、天井の一番低いところではおそらく小柄なベルの頭でもぶつかるほどの高さしかない。

 ここを目覚めの場所に選ぶならベッドくらい用意してほしかったものだが……これも一応ベッドと言えるだろうか?藁を敷いただけではあるが、幼い頃に冷たく硬い地べたに直で寝ていたことを思い返せばまだマシと思えなくもない。


 「すみません しばらく目を離した隙にミンクが住み着いていたようで……」

 

 言いながらベルは私の体にも清浄魔法を施す。寝起きで気持ち気怠い体から凝りが解消され、血行が良くなった感覚がある。

 

 「でも何か……“始まり”って感じがしません? この情景」

 

 “始まり”…そういえば私たちの旅もこんな薄汚れた狭い部屋が出発点だったかもしれない。

 

 「ベルは粋だよね」

 

 「嫌味ですか?……まぁいいです ここを選んだのはちょっとやむにやまれぬ事情がありまして」

 

 嫌味ゼロではないが、恐らくそんな私の軽口ではない“何か”にベルは顔をしかめた。

 

 「んん……道すがらまた、詳しく聞かせてよ」


 身を起こし、久々……という感覚でもないが“今回”の身体を慣らすように全身で伸びをする。


 そういえば服を着ていないな……と思い当たったところでベルは狙いすましたように異空間収納を展開し、空に描かれた魔法陣から装束一式を取り出し寄越す。

 触れただけで分かる、高級感の漂う生地に濃密な魔力が流れているのが指から伝わってくる。懐かしくよく肌に馴染む魔力。当然といえば当然だ。一〇〇〇年前、私が私自身のために作った魔法装束だからだ。

 当時かけた『不朽』の魔法が今でもしっかり生きているようだ。旅や戦闘では幾度となく活躍してきた装束だが、それが一〇〇〇年経った今でも未だに卸したてのような肌触りを保っている。

 

 「ごめんベル ちょっと感覚がまだ冴えてなくて……これ、前後どっち?」

 

 「……やはり、視えませんか」

 

 ベルが気を落としたのが声のトーンではっきりと分かる。


 「別に視えるように生まれ変われたら、なんて思ってなかったよ 感知に慣れたら普通に視えるし聴こえる 今は寝起きだし、ちょっとチューニングがね……会話に振ってるから」


 ベルは私から服を受け取ると、丁寧に順に着せてくれる。 


 「耳も……私のせいで……」

 

 布の擦れる音に紛れて小さく鼻を啜るような音が聴こえる。

 正確にはそれらの音もベルの声と同様聴こえているわけではない。漂う魔素の動きや接触を感知し、それらしい音のイメージを認知しているだけだ。

 前世でも私は生まれつき目と耳が悪かった。その感覚が完全に閉じたことについても、経緯は何であれベルのせいでそうなったとは思っていない。

 

 「私の目と耳、要りますか?」

 

 「要らないって ……それより、その視える目と聴こえる耳を生かして、ベルができることをしてくれればいい」


 「……やっぱりアイリはアイリですね 必要なときはいつでも、私がアイリの目となり耳となります」

 

 「ん、頼りにしてるよ」

 

 ベルの手助けのおかげで、あらかた装束を纏い終わる。

 (ころも)を巡る魔力と自分の内に巡る魔力とを同調させると、ブカブカだった装束が今の体躯に適したサイズに伸縮していく。そうして接触面が調整されたことで、装束と自身の魔力の循環がよりスムーズになる。

 自画自賛だが、このギミックも含め当時の私は我ながらいい物を作ったなと感心する。

 当時は魔力感知も今より遥かに冴えていたので必要ないかとも思ったが、ものぐさがらずに隙間に付与した感覚補正の効能によりぼやけていた感知のイメージがより鮮明になる。

 この服は私にとって眼鏡であり補聴器でもある優れ物だ。

 それまではベルの魔力を強く感じる方を向いていただけだったが、今度ははっきりと彼女の姿態を捉え、正面から向き合う。

 目が視えているわけではないが彼女の姿は手に取るように分かる。私を見る彼女の目線と重ねるように彼女を見据える。

 ベルにもそれは伝わっていて、彼女はそれに応えるように目を伏せ、再度跪く。

 

 「久しぶり……になるのかな、ベル 一〇〇〇年もよく待ってくれたね」

 

 労いの言葉をかけようと思ったが、彼女はすぐに顔を上げた。

 

 「苦ではありませんでしたよ 実は私も九〇〇年ほどは寝ていたんです アイリが逝った後、諸々準備をしてから凍結魔法(プリザーブ)で……目覚めたのはつい四〇年ほど前になります」

 

 「あぁ、割と最近なんだね」


 「アイリが居ないのに、あのような世を一〇〇〇年も生きていたくはないです」

 

 ベルは先ほどにも増して苦虫を噛み潰したような顔をする。

 気持ちは分からなくもない。一〇〇〇年前の世界はそれほどに混沌としていた。

 全ての種族が怯え、悩み、苦しみ、疑い、他種族を忌み嫌い、互いに滅ぼし合おうとした。

 そんな中で募り募った黒い感情が邪悪な魔物へと形を成し、世界に牙を剥いた。


 私たちは全ての種族が平和に共生できる世界を作るべく、その黒い因果を絶ち、争いと恐怖の世を平定すべく旅をした。

 そして世界を脅かした邪悪を討ち払った。

 当時の私たちにできたのは邪悪を討ち払うところまでだ。当時私はそれはもう圧倒的に強かったが、全ての種、全ての命を統べ導くほどの器であったとは思わない。またそれとは別に、私ではそれが難しい“事情”もあった。

 それでも道を開くくらいのことはできただろう。暗い気持ちで生きていても、他種族を嫌い蔑み生きていても、決して世界は好転しない。一度その痛みを知ったのだから、世界が平和に向かうよう皆が心を改めたはずだ。そうあってほしいし、そうなるべく私たちは動いた。

 人族の希望であった強力な勇者一行ですら成し得なかったことを、蔑まれ石を投げられ育った忌み子である私が中心となって成し遂げた。

 聖女が自らの命と引き換えに放ち私を討った大魔法も、彼女が邪悪に乗っ取られ混濁した意識の中で訳も分からず放たれたもので悪気があったわけではないはずだ。

 だから私は人族の裏切りによって世界が荒んでいったことも、その始末をつけ損なった人族の尻拭いをさせられたことも、その挙句人族によって“勘違い”で殺されたことも怒ってはいない。あの猛烈な痛みは生まれ変わった今でも思い出して胸が疼くが、そのしがらみは1000年前に置いてきたものだ。今更蒸し返す気もない。

 私たちは苦しんだ。

 私たちはよく頑張った。


 さて、あれだけ蔑まれてももがき苦しみながら世のため人のためにと頑張った私たちが次は自分の幸せのために生きたい、自由を謳歌したいと願って、それを誰が責められようか。責められる謂れがあるだろうか。

 

 「……まぁ諸々済んだことだし、こうして無事転生したわけだし、今度は自由気ままに生きようよ」

 

 美味しいものを食べて、美しい景色を見て、温かい布団で眠る。(ぬく)い幸せをのんびりまったりと謳歌する。それが前世では叶わなかったささやかな願いだ。

 きっと今の世界では皆がそうして平和に生きていることだろう。

 

 「……それができればいいんですけどね」

 

 ベルは聴き取れないとも思っていないだろうが、顔を逸らし私に届きにくい角度で小声で呟いた。

 

 一〇〇〇年前、私は明るい未来に夢を馳せ、死を受け入れた。

 私たちが開いた道のその先を見たい。今度は私たちも蔑まれることなく幸せに皆と笑い合いたい。

 そんな願いを抱きながら一〇〇〇年後――今この瞬間に転生すべく竜王たちの加護を借り、一世一代の転生魔法を使ったのだ。

 今こそ明るい時代をのんびりと生きようじゃないか。

 

 「さ、そろそろ出発しようか とりあえず何か食べたい」

 

 「はい」

 

 苔に覆われて壁面も見えない小屋を出て、どこか息をつける場所を探すべく探知魔法を展開する。

 のんびり、のんびりでいい。

 もはや何かを急ぐことも、何かに追われることもないだろう。


 このときの私はまだ知る由もない。

 私が希望を託した世界は、当時よりも邪悪が蔓延る混沌の世になっていたことを。






―――――

《NEW》


[アイテム]


アイリのローブ


SSS級外装-ローブ


固有名称:なし

所有者:アイリ・トライソル


三大希少魔鉱石(ミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネ)の魔素を魔法によって

形状変換し、繊維状にしたものを素材として織り上げたローブ。

通常の繊維ではなく、魔法付与を行いやすい希少鉱石を素材としているため、

通常の衣類の限界を遥かに超えた自由な魔法付与が可能。

標準性能及び付与した魔法効能は以下の通り。


標準機能

・不壊

・魔素清浄循環(毒・異物・呪詛無効)

・魔素修復循環(自動治癒、自動補修)

受動索敵妨害ステルス

・物理耐性

・魔法耐性


付与魔法

・不朽

・最適化順応

・環境適応

・代謝補正

・感知補正

・魔法補正



第一章は基本日曜日以外毎日更新予定です。

次回分は明日更新予定です。

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