1-68 ティラノの森 沼竜2
◆前回のあらすじ
森の主である沼竜と対面することに
「頼み?」
“竜”ともあろう者が人に頼るような用事。
まぁ見当がついていないでもない。
「あなた自身の汚れのことかな?」
沼竜はその重厚な顔をゆっくりと上下させた。
最初に魔力感知でこの竜を覗いたときから気がかりだった、竜自身の魔力の淀み。
そしてコレには見覚えがある。
「あなたも侵されかけているんだね……」
沼竜はその弱った目を伏せる。
魔物が肉体を持つ者を襲うとき、魔素で構築された肉体を流れる魔力に乗って魔物の邪悪な魔力は容易く魂まで辿り着く。だがそれが魔力によって肉体を成す上位種の場合は違った展開を辿る。
沼竜の体表、鱗のように身体を覆う鎧はところどころ漆黒色に変色し、その隙間を縫うように黴のように黒い筋が全身に走っている。
魔力で肉体を構成する種族の身体は文字通り魔力の塊だ。それは同じ魔力の塊である魔物の魔力に限らず、余所者の魔力を深部まで通しにくいという特性がある。
だがそのまま魔力の塊であるその強靭な身体は、不自然に揺らぐ生物的な魔力に吸い寄せられる魔物にとっては格好の誘蛾灯のようなものだ。簡単に通すことは無いが、時として竜のような種族はこのように魔物に巣食われかけることが稀にある。
魔物を屠るのは容易いことではあるが、上位種は魔力の特性を何れかに極端に特化させていることで、魔物に対して相性の悪い種がいくつか存在する。魔物の魔力と馴染み易い魔力を持つ沼竜はその典型の一つだ。
この沼竜も恐らく魔物の感染に対しただ静かに抗う術しか持たなかったのだろう。
そしてそんな沼竜の魔力に浸透しつつある魔物の魔力だけを祓うのは並大抵の精神力では無理だ。
『私の穢れを祓って欲しい ……が、難しいことであるのは百も承知だ だからこそ強き貴方に頼みたい』
沼竜は横向きの目の片方でしっかりと私を見据え、こう言った。
『この穢れごと私を殺して欲しい』
「大袈裟な……」
魔物の魔力に侵され自我が歪んでいき望まぬ蹂躙を開始する前に自らの命を絶ってしまおうとでも言うのか。
『私が死んでも、また次の竜が生まれこの森を守っていくだろう』
森は常に豊潤な魔力で溢れている。それにここはディアンが直々に管轄する森であるそうだから、次の竜が生まれるまでそう長くはかからないだろう。にしてもこの沼竜は極端なことを考える。
『私ももう随分永く生きた 次に譲ることに悔いは無い』
沼竜は目を伏せると、そのまま力を抜いて無防備に漂い始めた。
まぁ本心でそう思っているのかもしれない。この沼竜にしてみれば。
だが私はこのアルボスティア近くにある森の主には当面健在で居てほしい理由がある。
「悲観することはないよ ……“不浄祓いし大聖鎌”」
私は先に展開していた背の三つの汎用魔法様式をしまい、代わりに莫大な光の魔力を凝縮して沼竜の巨大な体躯をそのまま両断し得る巨大な鎌を生成した。
「あなたにはまだ生きて、見守ってほしいものがある」
『それが叶うのであれば、そのときはそうしよう』
私は魔力でできたその鎌をさらに一層自分の魔力で重ねて覆い、沼竜を一閃した。
次回分は明日更新予定です。




