1-49 世界を思う
◆前回のあらすじ
ベルの解体講座が着々と進んでいるが、私は暇
――アイリたちが移動している西洋大陸の遥か南、西南域にある乾燥地帯、岩肌が露出した峡谷のとある洞窟にて
「のうノア、感じるか? 三つ目のが目を覚ましたようじゃの」
洞窟の最奥部にあるドーム状の広間、その隅には殺風景な岩肌とは明らかに場違いな高級感漂う玉座、その脇にはいっぱいに水を張られた杯、反対側には人の子ほどの大きさがある鹿の角のような形をした一本の挿し枝が鎮座し、ちょうどその玉座の裏でこれまた場違いに小洒落た少女二人が世間話をしている。
森を思わす緑色のシースルーローブに身を包み、澄んだ茶髪をハーフアップにしている少女が、レンガ色のローブでこれでもかと身体を覆い、玉座の後ろに拗ねて隠れるように膝を抱えて横たわっている少女に話しかける。
「三つ目……? アイリちゃん?」
「そうじゃ 転生したてでまだこまいな 魔力の質が以前とは違っているが間違いない」
「そりゃそうだよ……アイリちゃん強かったから、あんな贅沢な転生魔法……いくら私たちの加護があったからって……上手くいくはずなかったんだよ」
見た目に反し年寄り口調で話す緑の少女の一言に、横たわる少女――ノアは辛うじてローブの隙間から覗かせていた顔をしかめながら覆い隠し、鼻声で泣き言を発する。
「その早とちる癖はいい加減何とかならんかの……まぁ良い、悲観するな 失敗じゃあない ちゃんとアイリのままじゃ」
「……そうなのぉ?」
ノアは覆い隠した顔の目元部分だけを再び覗かせ、緑の少女を見やる。
「感じぬか? それよか……“わしらの加護” 弾かれてはおらんが馴染んでもおらん」
「分かんないよぉ……ディアンみたいにどこでも何でも手に取るように分かんないし」
つくづくネガティブな様子のノアに緑の少女――ディアンはため息を漏らす。
こうして彼女の情緒が乱れれば、今もまた世界のどこかで地震が起きていることだろう。手のかかることこの上ない。
ノアに限らず、当然ディアンを含む全員が曲者といえば曲者だ。まぁそれは仕方のない話だろう。彼女らはこの星における普遍的な生命体ではないのだから。
世界の“地”を司る者がかくも“ねがてぃぶ”か……と、ディアンは彼女をいつも宥めていた同僚を憂う。そんな同僚も今は何やら忙しくしているようで、ノアのもとをしばらく訪れていないようだが。
「ノアが怠けとるだけじゃ わしは草花の目の届く範囲しか分からんが、君は地上のことは何でも分かるじゃろうに」
「う~~ん……」
“怠け”と言われればノアの方も黙っては居られない。彼女は表情を作ることすら忘れ、自身の“領分”に意識を集中させる。
「あぁ……ディアンのお家の近くにいるのかぁ」
ほどなくしてアイリの存在を知覚し、ノアは心なしか嬉しそうな表情で起き上がると、こげ茶で波打ったショートヘアをぼりぼりと掻く。
「つい一瞬前は、麓あたりにおったんじゃがの 家には寄ってもらえなんだ」
「アイリちゃん真面目だから、大方“掃除”に忙しいんじゃないの?」
「そのようじゃのう」
ノアがほとんど一〇〇年ぶりぐらいにまともに身体を起こした様を見届けると、ディアンは本来はノアの定位置であるはずの玉座にどっかりと腰掛ける。
「今回はどうも一筋縄じゃいかんように思うがの……」
「アイリちゃんならきっと何とかするよ ……ディアンも手を貸すでしょ?」
「……まぁ貸してやってもよい わし直々に手を出すことはないがの」
ディアンにとって彼の三つ目の子は友であり、弟であり妹であり、息子であり娘であるような存在だ。それも彼女が見守る多くの命とは違う、特異な位置づけにある。彼の者との出会いでディアンは生まれて初めて他者に対し“愛おしさ”を感じたのだ。それが助けを望むのであればいくらでも手を貸すところだが、ディアンには彼女の“領分”と“仕事”がある。私情でそれを覆すことはできない。
「まぁ、生まれ変わったヤツが何を志し何を成すのか……しばらくは成り行きを見守ればよかろう」
「んん……アイリちゃん、こっちまで来てくれないかなぁ」
「来るじゃろうよ ……その内の」
二人はドーム状の広間の天辺、地中から空を臨む長い長い穴から遠い空を見やる。
この星を見守る者の一角として、その命運を握りうる彼の者に思いを馳せた。
………
……今、誰かに“見られた”ような感覚があった。
視界に入っただとかそんな感覚ではない。明確に私を指して、何者かが私を覗いた。
一行やベルは気付いた様子もない。それに少なくとも目視可能な距離やそれなりの魔力感知に富んだ者が感知できる射程圏内において、ピンポイントで私を見ようとした者の反応はない。
私にその位置や正体を気取られることなくこちらを“見る”ことができるような者が現代にいるのか……心当たりはないこともない。恐らく彼女らの内いずれかが私の転生を察知し探したのだろう。残念ながらまだ本調子ではない私の感覚ではどの要素から誰が覗いたのか分からなかったが。
いずれは挨拶に行かなければならない。前世では彼女らには世話になった。今世でも世話になるだろう。が、その前にまず生誕報告くらいはしておくべきだったかもしれない。
丁度いい。暇なところだし、見せてもらった先日のステータスなるものにちょうど気になる箇所があったところなので試してみるとしよう。
と言っても一行が傍いる中であまり危険な魔法を使うことはできない。使い慣れたもので、可能な限り小規模に抑えてやってみるとしよう。
「“竜王の息吹”」
ベルが熱心に一行の解体を見守るのを傍目に、私はそう唱えた。
次回分は週明け月曜日0時頃更新予定です。




