1-48 旅の苦労4
「この水本当に飲めるのか?」
カイルは水瓶に転送された水の安全性を心配しているようだが
「気になるならまずは魔力感知で観察してみてください」
ベルのアドバイスに一行は魔力感知を展開する。
「うわぁ……」
「綺麗……」
そして一行の反応は一様だ。抽出転送魔法によって血から分離された水は、一切の不純物を含まない一方で豊富に魔力が宿ったものだ。水本来の魔素、それらが纏う水の魔力と、生命力そのものである命を巡っていた魔力が織り成す豊かな存在感は魔力感知によって観察することで普通の水とは全く違って視えるだろう。
そのように視れば危険なものではないのは一目瞭然だが、カイルのその疑問は当然と言えば当然だ。獣種の血をそのまま摂取すると身体に障ることが多い。毒性のある食物を摂取していたり、何らかの病質が寄生していたり、そもそもその獣種自体が人型種に対して毒性を持っていたりと様々なケースが考えられる。が、せっかく血液から水を精製するのだからその過程で毒性や病質を清浄してしまえば早い話だ。
「飲用水も持ち運んだり、都度水場などを探すのも不便ですから 食糧と一緒に調達できて一石二鳥です」
「たしかに……」
実際、一度の狩りで食糧だけでなく飲用水――それもそこら辺の水にくらべ衛生的で、かつ単純に魔法で空気中の水分を精製したものなどに比べても魔力が豊富で身体に良い効能が期待できる上質なものを手に入れられるのだ。
「この水は飲むと何かいい効能があるのですか?」
と、さすがにリーナは肝心なところによく気が付く。
「まず単純に魔力の補給、また獣種の生命力を司る魔力なので怪我や病質を治癒したり、運動能力の向上といった滋養強壮効果があります」
「ちょっと飲んでみていいか?」
運動能力の向上と聞いて目の色が変わったエドは我先にと名乗り出るが
「一頭目の解体が終わってからにしてください」
ベルが一蹴すると、眉を八の字にして黙ってしまった。
「“清浄”」
ベルは吊られたボアに付着した汚れを清浄する。
「血の次は腐りやすい内臓を……」
言いながらボアの腹部を縦に大きく裂くと、
「“泡包装”」
水を薄く膜状に覆わせる魔法で包んだ内臓を丸ごと引きずり出した。
「臓物は薬の素材になりますが、安全な素材を抽出するには魔力の識別ができなければいけません 使えるところがなかったり安全かどうか分からないうちは棄てるか、他の獣種をおびき寄せる罠などに使うのが現実的かと」
「その泡のような魔法も私の仕事ですか」
ウルハはやはり臓物が目に毒なのか、しかめ面で顔を背けている。
「次は皮を剥ぎます 一から自力で剥ぐのも面倒なのでこちらも魔法を使います」
「む 無視…………」
まぁ、この短時間で様々な未知にしごかれてきた面々だ。いちいち説明して納得するより実践するうちに慣れてもらう方が早いかもしれない。
「“剥斬小刀”」
“剥斬小刀”は魔力操作による斬撃拡張を定型魔法として様式化したものの一種で、ナイフを通すだけで皮膚の部分のみを器用に削ぎ落とせる皮剥用の便利魔法だ。ベルは縛られたボアの後脚にナイフを添えると、撫でるような柔らかい手付きでそのまま前足あたりまでなぞっていく。するとナイフが通った面半分のボアの皮が芋の皮を剥いたかのようにつるりと剥けていった。
「便利~~……!」
これにはリーナが一際目を輝かせている。便利魔法ではあるが、斬撃拡張の魔力操作は慣れないうちは難しいので当初からベルと同様に扱えるものではない。だが何の付与も魔力操作も用いずにナイフ一本で皮を剥ぐのも最初はなかなか上手くはいかないがコツを掴めばちょっとした汚れ作業程度のものだ。同じ要領で斬撃拡張も練習すれば戦闘以外の場面でも様々な用途に使える便利スキルとなる。
「さて、これから肉の切り分けと骨抜きですが……」
ベルは着々と解体精肉を実演し、一行はしっかりとそれに聞き入っている。
……暇だなぁ。
ベルが熱心に教鞭をとってくれて助かるには助かるのだが、ベルが何もかもこなしてしまうため私は出番がない。
さっさと教育を済ませたければすでに一連の工程が組み込まれた魔法の様式を形そのまま教えればいいだけだ。理解を深めて使用する魔法に比べ当然精度は落ちるが、彼らが彼らの日常において魔法を使う分には不便になるようなレベルでもない。
だがベルは絶妙な塩梅で一行に苦労を体験させ、痛みを教え、冒険がいかに危険で大変なものかを、また、魔法とその基礎にして根幹たる魔力感知と魔力操作を教え込んでいる。一〇〇〇年前の旅において同志にそうしたのと同じように。
魔物の復活を目の当たりにし、人族社会に浸透していると思われる歪な価値観を知った。何者か不和を望む者が手を引き世界を戦乱の世に導こうしているのだとすれば、私たちは未然にそれを食い止めておかなければならない。そのため、具体的に急ぎ用があるわけではないが、暇を持て余しているわけでもない。ベルも当然それを分かっているはずだ。
だがそんな中においてもベルは熱心に丁寧に(……はあくまで私の印象だが)一行を導こうとしている。彼らがそれに足る素質と人間性を持つと期待しているのだろう。
それが有効な手段か、効率的な手法か、今はまだ分からない。もしかすると今こうして一行に和平を望み教えていることは遠回りどころか敵に塩を送っているような状況かもしれない。
事を平穏に収めようと思えばもっと手っ取り早く分かりやすい手段がある。文字通り世界を平定してしまえばいいのだ。相反する思想を持つ国々を滅ぼすことによって。私はもちろん、ベルも単騎でそれくらいは難なくやってのけるだろう。
それでも私は出来る限り多くあらゆる命と分かり合いたい。共生したい。それは儚い理想論、綺麗事で私の幼稚なわがままだと昔も散々言われたものだ。だがベルはそれを知って私の希望に寄り添ってくれている。
……私も私のできることを考えよう。
次回分は明日更新予定です。




