1-47 旅の苦労3
「朝一番から解体なんて……」と弱音を漏らすウルハを気にも留めずベルの解体講座は幕を開けた。
「まずは血抜きです が、血は魔力を豊富に含む貴重な資源です ただ棄てるのではなく有効活用しましょう ではリーナ」
「はい」
「血はどのような素材になると思いますか?」
すっかり教鞭モードのベルになっている。彼女は昔は相当な跳ねっ返りだったが、カイルの姿に昔の自分を見ているのだろうか、特段子ども好きということもない彼女が一行の指導にはえらく熱心で協力的だ。……一行にとってはスパルタなのかもしれないが。
「先ほど仰っていた鉄と……薬液の素材などでしょうか?」
「薬液や強壮剤に使える血を持つ種もいますが……もっと簡単な話です 鉄と水ですよ」
「水……ですか」
水と聞いてウルハは一瞬顔をしかめる。旅において水は必需品だがその役割は様々だ。彼女も年頃の女子なので身体を流したり飲み水に使用したりということが筆頭に浮かんだのだろうか。血から抽出した水をそのように使うのに抵抗があるという人族は昔も多かったが、今も変わっていないようだ。
「精製すれば魔力を芳醇に含む水を抽出できるので、使途は主に飲用水です これはウルハの仕事ですよ」
「私ですか……」
ウルハは分かりやすくゲンナリしている。
「棄ててもいずれ土には還りますが、命を糧にするのですから出来る限り無駄なく消費するよう心がけるのも冒険者の矜持です」
「……頑張ります」
冒険と聞けば好奇心を駆られる響きではあるが、その実は危険で泥臭い修羅の道でもある。一行も気持ちほどの戦闘演習と後はほとんど座学か遠足程度の経験しかなかったのだろう。冒険の様々な苦労を痛感している様子だ。
だが補助を受け学ぶ暇がある中でとは言え、彼らにとっては真新しく目まぐるしい発見の奔流だ。無意識ではあろうが、もはやいちいち驚くのに体力を割くこともない。逞しくなったものだ……
「血抜きが面倒であれば生き血をそのまま吸い取って身体に吸収したり武装の糧に用いる魔法もありますが、生き血には獣の意思が宿る上衛生的にも扱いが難しい代物です こちらは学ぶ段階まで行けば教えます」
「いや、私は生き血はいいです……」
「そうですか……では準備から 一匹は私がお手本を見せるので、真似するように」
ベルは横たわる猪を中心に複数の魔法陣を展開する。
「“操根” “土隆幹”」
周囲の雑草から引っ張ってきた根を魔力操作によって強化し猪の後脚を硬く縛ると、土で形作った三本の幹がテント状に組み合わさり、絡んだ根を引っ掛けて猪を逆さに持ち上げる。
「“土留”」
次いで持ち上げられた猪の直下に大きな一つ、その外れにちょうど半分大ほどの二つの土でできた水瓶を生成する。一番大きな水瓶の底には魔法陣が描かれており、この水瓶に流れた血液から水と鉄分を抽出し、脇の二つの水瓶にそれぞれ転送させる魔法様式が組み込まれている。
この解体血抜き装置は私とベルがまだ冒険者としては駆け出しだった頃に世界中に散る同志たちの冒険が快適になるようにと開発したものだ。
「これで準備は完了です」
言うとベルは釣られたボアの太い血管の通う箇所をいくつかナイフで斬り、血抜きを始めた。
「これは私たちはもう使っていない手法なので今は一つ一つ順繰りに魔法を展開しましたが、駆け出し冒険者向けに一連の流れを様式化した魔法陣も設計済みなので、ウルハにはそれを教えます 最初の展開に魔力を流すだけなので誰が組んでも同じなのですが、魔導師として勉強になるでしょう 暇ができればそれぞれの魔法を紐解いて理解を深めてみてください」
「あ、ありがとうございます……!」
「本当に何でもできるんだな……」
即席便利装置にエドは感心半分羨み半分といった表情をしている。
「できないことをどうすればできるようになるのか 考える頭があるだけ私たちは恵まれている方ですよ “重力波”」
ベルが吊るされた猪にかかる重力を魔法で加重すると、それまで徐々に流れていただけの血液が噴き出すように下の水瓶に流れ出ていく。
「ひっ」
「時間がもったいないですからね」
ベルはウルハが顔を青ざめさせたのをサラッと流したが、急に血が噴き出したのに驚いたからではなく、あれは多分光景がグロテスクで堪えたんだろうなぁ……どうもウルハはそのような光景を苦手としていそうな節がある。
だが噴き出し水瓶に注ぎ込まれた血液は瞬く間に水と黒い鉄の塊に姿を変え余所の器に転送されていき、ウルハ以外の三人はその目覚しい物の変わりように見入っていた。
次回分は明日更新予定です。




