1-45 旅の苦労1
「起き抜けで何すんだよ!」
ボアは無事仕留めたものの、カイルはベルの“稽古”が気に食わなかったのか食ってかかる。
「起こしてあげただけ感謝してください 旅の最中はいつどこで敵と遭遇するかわかりません 寝ることは大事ですが、あまりグースカ呑気に寝ていると襲われますよ」
「鼠族なんか出たら、目玉かじられたりするのもザラだからね」
現代ではどうか分からないが、私が旅をしていた頃の人族の駆け出しの冒険者には寝ている間に鼠族に齧られて怪我を負ったり、病質に感染して指を失ったような輩は少なくなかった。空き家を野営拠点にしようと思ったら複数のコロニーで鼠族の巣窟になっていて、一晩で人族一人齧られ尽くしたという話を聞いたこともある。実は気配の大きい大型の獣種よりも、小型ながら鋭敏で危険な爪や牙や毒などを持つ種の方が旅においては危険な場面が多い。
そんなリアルな苦労話を聞くとウルハとリーナは顔を青くさせている。
「本当なら寝ながらでも索敵を展開できればいいのですが、あなたたちまだそれほどの段階ではありませんから、また明日も私が起こしてあげますよ」
ベルの煽るような言に、それでも返す言葉のないカイルは恨めしい顔でベルを睨むだけだ。
「が、起き抜けの割に今回の対処は悪くなかったですね エドの愚行を除いて」
ベクトルが自分に向いたエドは、自身のボアに対する無謀な対峙に後ろめたさもあるのか苦い顔をする。
「小型でも猪族の突進はよほど膂力に自信のある人族でもなければ正面から受けるのは無謀です そもそも避ければ済むので避ければいい話です 足止めをするなら魔法で足場を崩すのがいいでしょう」
「なるほど……」
注意を受けたエドだけでなく、ベルの語った魔法の実用例にウルハも頷いている。
「ウルハの最初の魔法は牽制としてはいい使い方でしたね 魔力の使い方も上達しています リーナの癒治も同様に ……それからカイルも、肝心のところでそれぞれ一撃で仕留められたのは良かったですよ」
唐突な賛辞にカイルは目を丸くする。
自分が褒められるなどとは微塵も思っていなかっただろう。ベルは言うことはハッキリ言う質なので刺さることを言うときが多いが、褒めるところは褒めるのでカイルのように驚かれることが多い。
「エドに限らず全員に言えますが、敵と対峙したとき、特に獣種を相手取るときには敵の習性を知っているか否かで命運が分かれると言っても過言ではありません」
今回対峙した野丘猪は攻撃にしても移動にしても直線的な動きが多いため一対一でも対処しやすいが、ひとたび突進を受けてしまえば相手のペースに転んでしまう。また、突進時の牙の突貫や咬撃も強力なので近接戦闘で鍔迫り合いをするのは危険である。知っていれば対処は容易い。
「全ての獣種の習性を知るのは難しいですが、相手の体躯を、目線を、戦闘中であってもよく観察することです 先日も言いましたが魔力感知で敵の動向を探れば対処はいくらか容易になります」
「それから、魔力感知で領域を俯瞰して視ることで、仲間の誰がどんな状態か、どんな動きをするか、観察した方がパーティーとしては動きやすいからね」
攻撃のスイッチや治癒、サポートにあたる際などの連携ではコンマ一秒が物を言う。命のやり取りをしている瞬間に一瞬でも時間が惜しいのだ。
「リーナは今回よく観ていましたね 昨日とは見違えました」
「ありがとうございます」
「では、エドはペナルティですね」
「……ああ」
エドが返事をするが早いか、ベルは瞬時に剣を抜いてエドの両腕を滅多斬りにした。
「ぐっ……!」
一撃一撃が絶妙に深く、斬れた箇所で肉は分断され痛々しくぶら下がっている。腕の付け根から指先まで一瞬で“切り傷”まみれになってしまったが
「リーナ」
「は、はい! ……“癒治”」
ベルの呼びかけにリーナはすぐさま治癒魔法を発動すると、またも金色の魔力がエドの両腕を包み、その痛々しい傷を完璧に修復していく。
「おぉ……!」
「すごーい!」
先ほどの一幕のリーナの癒治は戦闘中で皆凝視する暇もなかったが、今度は皆しっかりとその美しい治癒魔法の一連の作用を観察している。
すっかり無駄は無く、適当な量の魔力を使いこなせている。ウルハを治癒した時のように魔力枯渇にもなっていない。リーナの中で光というのものが定まり、その力を今後どう使っていこうか自分の役割を自覚したのだろう。
「エドは自分の無力と向き合い続けながら精進するように」
「……痛感した」
さすがに思い通りに事を運べなかったことが自分でもショックなのか、表情に乏しいエドだが気持ち凹んでいるのが分かる。
ともあれリーナの治癒魔法は実用レベルに大きく躍進したので、今後の戦闘では多少の不測にも対応できるだろう。
「リーナは、あとはタイミングを磨けば回復役としては言うこと無しだね」
「ちょっとリーナ、もしかして夜中に秘密の特訓とかしてたんじゃないの?」
「そんな特訓なんて……」
「アイリ様ぁ~私にも教えてください~~」
ウルハはリーナが一晩で見違えた様を羨ましがっているが、本当に特訓と呼べるほどのことはしていない。皆が狭い視野を少し広げるだけで変われるような学びがまだまだたくさんあるだけの話だ。
一行との旅があとどれだけ続くかはわからないが、それを見つける手助けができればいいな。
次回分は明日更新予定です。




