1-43 光の魔法2
「光の魔法を使えない皆も自己治癒を習得したでしょ」
「そう言えば……」
「だから魔力操作を適切に行えれば光の魔法が使えなくても他人に対する治癒魔法を使うことはできる」
だが、敢えて治癒魔法が必要な現場において回復役――光属性の治癒魔法使用者でない者が他人に対して治癒魔法を行使するような場面は現実的ではない。理由はそのような手間な手法を採るより各々が自分のできる範囲で自己治癒をした方が効率的であること、そしてやはり光の魔法に長けた者が治癒魔法を使った方がその効能がより強力になるからだ。
光属性の附帯属性である聖属性は使用者の善意と慈悲の情緒が魔法効能に大きく影響する。そのため、聖属性を包括する光の属性魔法は慈善の心を持つ者に適性があるとされる。治癒という指向が元来人々の善意に因るものであるからか、光の魔力を用いて治癒魔法を行使した場合、他の属性に比べ強力に作用するという特殊効果が発見された。光以外の属性による複合属性魔法でも治癒の作用を強力にするものはあるが、光属性ほど覿面ではないため、実用的な場面で通常用いられる治癒魔法は光属性のものがほとんどなのだ。
リーナのように治癒魔法を理解していない者であっても治癒魔法が発動するのは光属性に適性のある彼女の善意が補助しているからだが、光属性の魔法を修めていない……つまり光の魔力操作が堪能でないままでは光属性本来の強力な治癒魔法には程遠い矮小な作用に絞られる。
「リーナは光って何だと思う?」
「光……ですか」
“光”……この星に平等に降り注ぐ、生き物たちにもっとも親しい概念。そしてこの星を巡る魔素、魂、命が放射星極から顔を出して最初に触れるもの。
属性魔法を行使するには属性魔力を操れる必要がある。そして属性魔力を操るためにはその魔力を知覚し、理解を深める必要がある。
だが光はありふれている一方でその存在が漠然としている。特に“視力”が良い者はそれを絶えず視覚で捉えているせいで、魔力として知覚するのが難しい節がある。そのため目で光を捉える者は光の魔力操作、そして光の魔法を習得するのが困難なのだ。
「全てを照らし全てに降り注ぐ……平等なものだと私は思います」
「なるほどね」
リーナの言う通り、光は平等に世界中に降り注ぐ。日が昇ると世界に光が降り注ぐ。日が沈めば辺りは真っ暗闇になる。だがまた日が昇れば光は降り注ぐ。毎日毎日どこでどんな出来事があろうとお構いなく、変わることなくその繰り返しだ。楽しいことがあろうと辛いことがあろうと一切関係ない。すべてに平等で、それは希望であったり絶望であったりと紙一重な性質を持つ。
人々の慈愛の心に影響される聖属性を孕む光属性ではあるが、私はそれが優しいだけのものだとは思わない。
「光って、この世で最も無慈悲なものだと私は思う」
この世に平等に降り注ぐ光は、人々の情緒など一切構うことはない。
そんな光の無慈悲な一面を如実に表しているのが、光属性が含むもう一つの附帯属性である“浄属性”だ。高度な適性を要する浄属性の魔法は多くは極めて致死性の高い危険な魔法であり、その絶大な威力の対価として使用者の命すら削り取っていくような、浄属性とは名ばかりの殺伐と、粛々と理不尽を突きつける裁きの魔法だ。かつて私の命を奪ったのも、術者の命と引き換えに発動する浄属性の大魔法だ。
「本来治癒や蘇生は……それだけじゃない、魔法によって得られる恩恵の多くは自然の在り方に反すること でもそれで不条理に打ち克つことで私たちは、私たちの祖先は新たな恵みを見出してきた 私たちは自然のありとあらゆる魔力を用いてそうすることを許されてる」
あらゆる物事には表裏一体の二面性がある。捉えようによっていくらでも姿を変える。
光も同様に、その平等で無慈悲な一方でそれは私たちに力を与える。草花に活気を与え、人々の暮らしを明るく暖かくし、私たちに力をくれる。それは傷病や死といった平等な不条理にすら抗う力をもたらす。
「リーナは光に何を見る? 光を何に使う?」
言いながら、仄かに月明かりのみが照らす暗闇に光球を精製し掌上で発光させる。リーナが模擬戦で用いていたのと同じ発光魔法“閃光”だ。ただ無作為に光を照射するだけでなく、光の魔力を掌握することで手元を照らすような繊細な使い方もできる。
「私は……平和を 平和を臨むために、降りかかる苦難を皆で乗り越えたい その過程で困る人がいれば助けたい 平和になった世界で私たちの住む処が脅かされることなく、争うことなく、皆で幸せに過ごしたい そのための聖職者でありたいです」
光に照らされたリーナの顔は、先ほどまでの不安げな表情ではなく、明るい未来を見出すべくしっかりと前を向いていた。
次回分は週明け月曜日0時頃更新です。




