1-42 光の魔法1
「そういえばリーナはどうやって魔法を学んだの?」
私もベルも光の魔法に長けてはいるがその習得過程は我流のため、曰く人族が光の属性魔法を習得するために取り組むらしい独特の修練過程なるものの内情をよく知らない。そもそも一般的なパーティーにおける回復役を聖職者という職に結び付けているのも人族独特の習性だ。
リーナの言によると聖職者は修道院で専門の養成を受けるようだが、一般的な治癒魔法が“切り傷を治せたらいい方”というようなお粗末な教育が施されていると聞くと、どのような修練を行っているのか気になる。リーナはずっと祈っていたと言ったが、まさか本当にひたすら祈祷するだけということはあるまい。
「魔法は……ほとんど習ったことがないんです」
「「えっ」」
リーナの意外な返答にベルと揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。
「修道院では魔法を習いません」
「じゃあ何してるの!? 何のための修道院なの!?」
回復役たる聖職者を養成しようというのに肝心の魔法を教えずに何を教えようというのか。
「お祈りを……」
「毎日ずっと?」
「あとは司祭様の説教を聞いたり……」
「それは魔法を教えてくれるのではなくて?」
「ではないです」
「……」
一〇〇〇年前ですら治癒魔法を堪能に扱える人族は多く居たというのに、一〇〇〇年も経ってこんなにも前時代的な志向に遡及しているとは。
いや、ただ遡及したのか、それともわざと回復役が育たない養成形態を取っているのか……
「祈り続けて、善行を積めば私たちの魔法は磨かれる、と……」
「何で???」
余りに突拍子もないことを言うので、思わず訊ねてしまう。
祈りや善意が魔法に影響を与えるのは事実ではあるが、そうはいっても行使する魔法そのものの質が育っていなければ展開する作用も拙くなり、感情を添加したところで頭打ちは近い。だからこそ何を置いても魔法そのものの理解を深め、適切な魔力操作による無駄なく効率的な展開を第一に学ぶべきなのだ。それを丸々すっ飛ばしてひたすらに祈り続けたところで魔法が磨かれる訳がない。
「えっと……じゃあ、リーナは何で魔法が使えるの?」
「こういう魔法がある、ということだけは養成所の教官の方から聞いたことがあって……閃光などは演習で養成所の方から教わったものです」
つまりこの少女は、聖職者として養成されるというのはただひたすら言われるがままに祈り続けるだけで、そういう魔法があると知っているだけのものを、癒治に至っては“切り傷が治せたらいい方”という伝え聞いた情報のみを頼りに手探りで魔法を使っていた。本来踏むべき魔法の発動段階に因らず、ただ善意のみによって善意を糧とする聖属性魔法を詠えていただけだ。
そんな心許ないなんて言葉が生易しく思えるような状況で冒険に駆り出されていたとなれば、彼女が気丈に振舞っていながらその内心に不安を抱えているのも無理はない。むしろそんな暗闇を明かりもなく手ぶらで歩くような冒険の最中起きてきた出来事を経て、気が違っていないだけ立派なものだ。
「切り傷程度しか治せないわけですね」
「通りで……」
だが私がゴブリンを蘇生させる現場を見たことで、リーナだけでなく一行の中で遡及蘇生は伝説上の代物ではなくなった。“治癒魔法では切り傷程度が治せればいい方”という固定観念も私たちと一緒に行動する中で払拭されただろう。そしてリーナは土壇場でウルハの怪我を治癒させるという荒療治によって、殻を破ることができた。
リーナの感情による補正……潜在的な魔法強度は明らかになった。後は魔法を正しく学ぶことで十分に実用的な治癒魔法を身につけることができる。
「……一般的な治癒魔法の理屈はさっきやってた自己治癒と同じなんだ」
「魔力操作によって魔素による身体の構築を補修するということですか?」
「そう ……そしてその事象自体は本来は何の属性魔法にも起因しない、独立した無属性基礎魔法なんだ」
「え……?」
リーナは怪訝な顔をする。
彼女はきっと治癒魔法を光属性固有の魔法だと思っていたのだろう。属性魔法の体系が築かれた後に光-聖属性の“便利な”治癒魔法のみ学んだ者の中にはそのような勘違いをしている者が多い。むしろ時代が進むにつれてそちらの方が圧倒的に多くなっていっただろう。
だが治癒魔法が光属性固有の魔法であれば、治癒魔法と同じ展開と作用を持つ自己治癒が光属性の魔法適性がない者やそもそも魔法を扱えない者に行使できるのはおかしい。
光-聖属性の魔法体系から治癒魔法が生まれたのではなく、治癒魔法が後付けで光の属性に並ぶようになったのだ。
明日はサークルメンバーの誕生日会なので更新お休みです。
明日お誕生日の方ハッピーバースデー♪




