1-30 西洋域 人里リスリア1
本編30話です。
今後も無理せず頑張っていきます。
「ここが寄宿舎か~」
「この建物だけ周りと雰囲気が違いますね」
小ぢんまりとした大衆食堂で今世最初のささやかな食事を摂った後、私たちはリスリアの冒険者向け寄宿舎に辿り着いた。
リスリアは当初の予見通り小規模な里で、建造物といえば大きくはあるが簡素な作りの家がポツリポツリと建っているくらいだ。そんな中でこの寄宿舎は明らかに異彩を放っている。
つまりこの建物だけ綺麗過ぎる。
「“自由組合”と近隣地区の出資で建てられたものなので……」
「にしてもな~……何だか浮いてるけどな~」
たまに立ち寄る放浪者が里の民より作りのいい居宅で寝泊りするのはどうかと思うが、聞き及ぶ通り現代では冒険者の存在がそれほどに重宝されているのだろうか。
そして精巧な造りの割に不自然に窓が少ない。防犯上そういう造りにでもなるのだろうか。
「ではその……入ります」
リーナはこちらの様子を伺う。
「どうぞ、準備はできていますから」
準備と言っても私とベルは一行には先程来と何ら変わりなく“視えて”いるだろうから、何のことかと思うだろう。
………
「アルボスティア冒険者養成所の四名様ですね ……予定より早くご到着のようですが?」
「道中想定より早く移動できたから野営せずにリスリアまで来てしまおうってことで」
こちらもリスリアののほほんとした雰囲気とはかけ離れた小綺麗な装束に身を包んだ受付嬢に、エドが状況を報告する。
「かしこまりました ではお部屋は二階、一号室と二号室になります 浴場をご利用の際は鍵をお渡ししますので、お声掛けください」
「はい」
チェックインは淡々と済んだ。一休みといきたいところだが、まだ休んではいられなさそうだ。
「本当に視えていないのですね……」
リーナがこちらに目配せしながらしみじみと呟く。
私とベルはこの寄宿舎に入る直前に、同行した四人以外には私たちを視認できないように指向性を絞った知覚妨害結界を展開しているので、ここに居る人族――と言ってもいい時間なので寄宿舎内には今現在受付嬢しかいないようだが――は私たち二人には気付かなかった。
当然四人にはしっかり視えているので結界魔法の効果に懐疑的だっただけに、見事こちらをスルーした受付嬢の様子に一行は驚いていた。
まずは全員で案内された部屋のうち一室に集う。
「何か綺麗だけど薄暗いねこの寄宿舎」
寄宿舎は内外装とも綺麗な作りだ。館内の清掃も行き届いていて、照明にも陰りはない。だが、ウルハも私たちと同様にどことなく靄がかかったような違和感を感知しているようだ。
「どんよりしているというか……」
「あぁ、皆もちゃんと感知できているみたいだね」
「感知……ってことは」
「これはそういう魔力だね」
リスリアの中では感じなかった、この寄宿舎の中だけに充満している淀んだ魔力。
「魔物を形作るのと同じものですね」
ベルの補足に一同は顔色を変える。
「だ 大丈夫なんですか!? こんな魔力の中に居て……!」
「この濃度で一晩くらいなら……まぁちょっと情緒不安定になるくらいじゃないかなぁ……」
「影響あるんじゃないですか!」
言ったそばからウルハが動揺し始める。
魔物を形作るような邪悪な魔力、人々の暗い感情から生まれた魔力は人々の心に悪影響を与えやすい。不安、恐怖、怒りなど負の感情を煽り、そんな負の感情がさらなる邪悪な魔力を生む。
「多分君たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちにコレの中に居たんだと思うよ ……ほら」
居室の壁面に這わすように魔力を流していくと、それまで何の変哲もなかった壁に光る魔法陣が浮かび上がる。
「何だコレ…!?」
カイルとエドも警戒態勢に入る。
「“攪乱”……負の感情を煽るタイプの精神感応魔法だね この部屋だけじゃなくこの建物の至るところに仕込んである」
「何で寄宿舎にこんなものが……」
「冒険者の心を乱したいんだろうねぇ……」
冒険者専用という寄宿舎がこの体たらくだ。魔力感知が堪能になった今でこそカイルたち一行も違和感を察知できたようだが、もしかすると彼らの身を置く養成所とやらもこんな小細工が施されているかもしれない。
彼らが感知能をさっぱり鍛えていなかったこと、そして出会い頭のどことなく余裕がなく憎悪に狩られたような様子……心当たりはいくつもある。
「“術式斫断” “清浄”」
壁面伝いに建物中に仕込まれた攪乱の魔法陣に対の位相の魔力を流し込み解体し、淀みの元となる黒い魔力を浄化していく。
「これで問題なし」
「あ、明るくなった」
淀みが晴れると同時に、ウルハが調子を取り戻す。
「お前、単純な奴だな……」
そう言ったカイルの方を「お前が言うな」と言いたげな顔でエドとリーナが見つめていた。
次回分は明日更新予定です。




