1-21 異形の伝染3
◆前回のあらすじ
黒いのに乗っ取られた奴、バリ強かったやん……
刎ねられた獣人の首からドス黒く濃密な魔力が噴出し、異形を葬ったときと同じように霧散していく。
黒い魔力の噴出に続いて獣人の元来持つ魔力と魂も流れていった。それが終わると、獣人の身体は力なくその場に倒れた。
倒れた身体は先のような異様な雰囲気は醸しておらず、獅子型の獣人の一般的な姿態と何ら変わりはない。
やはりこれは元々は普通の獣人だった者なのだろう。それが異形を形作るのと同じ邪悪な魔力によって、その心身に何らかの変容をもたらされた。
この獣人は元々あのようなおぞましい姿態ではなかったはずだ。何故、どうやって黒い魔力をその身に取り込んだのか。黒い魔力を取り込んだ者は皆ああなってしまうのか。
異形は黒い魔力の権化であって魂を持たない。そもそも触れるだけで人々の命を奪っていくような邪悪な魔力の塊は命ある者が元来持つ魂と親和性があるとは到底思えない。だがこの獣人の中には彼の固有の魂と魔力、そして黒く邪悪な魔力が混在していた。ただ一つの殻の中にそれらが押し込められていたというだけではない。獣人としての性質を維持しつつ、つまり獣人固有の魂と魔力が活きたままで黒い魔力が体内を活発に巡っていた。まるでそれらが絡み合い相乗効果を生んでいるかのように。
そもそも黒い魔力の権化である異形が何故人々の命を奪うのか。どのようにして触れるだけで命を奪い得るのか。
アウローラでは襲い来る異形を悉く葬ってきたので、逃げ延びてきた人々が言うような触れただけで命を奪う現場を見ていない。聞けば異形に命を狩られた者は、特に外傷もなく数瞬前の生前時と何ら変わらない様子で死に至るという。どのような仕組みでそうなるのか、異形がどのようにして人々の命を狩っているのか分からない。
目の前で命が狩られていくのを見過ごすのは憚れるが、異形そのものを、そして先の獣人のような減少が今後起こり得るのか、起こったときにどのように対処するべきかをもっと観察しておく必要がある。
それから私とベルは、行く先々で人々が異形に命を狩られていく様を見続けた。魔力感知を研ぎ澄まし、命の炎を、それが消え行くところを何度も何度も見過ごした。
異形の襲撃に遭ってもまだ比較的生き残りの多い街での観察は収穫があった。
襲い来る異形から逃げ惑う人々はまさしく阿鼻叫喚だった。見知った顔が次々と狩られ、次は自分の番かと怯えながら逃げる人々は、異形ほどではないが相当に濃密な黒い魔力を発していた。それほどに恐ろしい状況で心が恐怖に震えていたのだろう。街には人々から放出される黒い魔力で淀みが生じていたほどだ。
そしてそんな環境において異形の活動は他所に比べ活発に感じられた。
人々が恐怖を含む負の感情を抱いたときに黒い魔力を発することはあるが、異形の襲撃を受けている瞬間、今にも命を奪われようという残酷で理不尽ですぐ傍まで迫った圧倒的な恐怖を受けて発せられるそれは、通常人々が発する魔力の量を凌駕していた。
負の感情に心が蝕まれるとき、人々の魂である固有魔素、それに連なる魔素形状と魔素で構築された肉体、そしてその中を巡る魔力の隙のない繋がりに歪みが生じ、虚が生じる。つまり恐怖で逃げ惑う人々は、その存在が恐怖に揺さぶられ不安定になっている。異形から逃げる人々は特にそれが顕著だ。
そんな人々に異形が触れるとき、異形の持つ邪悪な魔力は人々に生じた虚から瞬時に心房へと根を伸ばし、その闇で魂を飲み込んでしまう。
黒い魔力に飲み込まれた魂は、肉体と肉体を巡る魔力との繋がりが分断される。つまり生命を維持する機構から魂が丸ごと切り取られることによって死に至っているようだ。
なるほど外傷も与えずに触れただけで命を奪えるわけだ。にしても奴ら異形は魂を持たず理性も知性も感じさせない癖に、命を奪うのに無駄も隙もないスマートな方法をよくやってのける者だ。
世界を破滅へと導く異形……案外ソレは、争い荒む世界そのものが生んだ一種の摂理のようなものだったりするのだろうか。
さて、異形が人々の命を狩る術は理解した。奴らが人々の虚から忍び込み命を狩るのであれば、奴らの黒い魔力が忍び込むような隙を持たなければいいだけの話だ。
……と言ったところで、逃げ惑う人々にそれを伝えて「だから怯えるな」と言って怯えなくなるような簡単な話ではない。奴らに“狩られない術”を広めるのは現状では現実的ではないと言える。
ならばやはり、奴らに狩られる前に逆にこちらが奴らを“狩る術”を広める方を何をおいても急ぐべきだろう。
流れ着いた荒くれ者のスラムでアウローラを築いた。一人でも、荒んでいようと、道は見出せる。進むうち、同じ道を歩む同士と出会える。
平穏は自分の力で掴み取る。それを妨げる者をこれ以上のさばらせない。
私は異形に狩られ横たわる亡骸で溢れた街を駆けた。
次回分は明日更新予定です。




