1-20 異形の伝染2
◆前回のあらすじ
何かあの黒い変なの、人の身体乗っ取れるくさいな……?
“獣人のナリをした何者か”の猛襲は凄まじいものだった。
私たちの気配に気付くや否や、まさしく異形を思わす愚直な殺気を向けながら、他の何に目をくれることもなく襲い掛かってきた。
獅子型の獣人はその力は強靭だが、他の肉食獣型の獣人種に比べ鋭敏さでは劣る個体が多い。アウローラの民の中には屈強な獅子型の獣人もいたが、そんな彼でも他に数いる獣人の中で突出して鋭敏な方ではなかった。
だがそこに居た獅子型の何者かは、そんな私の知る獅子型の動きを凌駕するキレを見せ、私たちに容赦なく牙を、爪を剥いた。さらに何が何でも狩り殺してやろうという剥き出しの殺気が体躯以上の威圧感を感じさせた。
戦闘の訓練を積んだ者でもなければ、例え束になったところでこんな化け物を相手取るのは不可能だろう。
私からすれば、手心を加えずに制圧しようと思えば何ら苦ではない。だが相手が何者なのか。見てくれ通りの獣人なのか、或いは本当に獣人のナリをした異形なのか。仮に獣人だとすれば、異形のごとく理性を感じさせないのは何故か。
名も知らぬ私たち相手にこうも熾烈に襲い掛かってきた相手だ。制圧するのに相手を気遣う必要もないが、目の前で起きていることは異形という明らかな異常を超えて異様な事態だ。
当時の私が光の魔法にもっと通じていれば事を収拾するのは一瞬だっただろう。
だがそのとき私は、その何者かをどう相手取ればいいのか、どう制圧するのが正解なのか分からなかった。
命ある者、特に肉体を持つ者であれば、余程魔力操作の巧みな者でもなければ必ず疲弊する。目の前の何者かもそうであるなら、こんな熾烈な攻撃をいつまでも続けられるはずはない。いなし続ければその内疲労で倒れるか、疲労を押して攻撃を続けたところで身体の方がもたないだろう。
だが何十分、何時間といなし続けても、奴の攻撃は止まないどころかそのキレを落とすことすらなかった。つまり奴は並みの獣人ではなく、何らかの魔力操作により身体機能を著しく底上げしていると思われる。
獣種の中には魔力操作により身体機能を飛躍的に向上させる上位種が存在する。実物を見たことはない。もしかすると目の前の奴がそうなのかもしれないが、獣人の中にもそのような上位種が存在するのかもしれない。
現状相手には全く疲労の色が見えない……というか、底無しの殺気以外何も感じられないのだが、もしこの推察通りであれば疲弊するのを待って受けに回っていても全くの時間の無駄だと思われる。
少々手荒にはなるが、私も攻勢に転ずることにした。
まず試みたのは牙や爪など殺傷性の高い部位を砕くことだ。
獅子型の獣人。それも一等強靭な身体能力を見せる個体だ。尖った箇所を無力化したところで、単純な力で人族程度であれば容易に屠れるだろう。だがなるべく相手を傷つけずに制圧できるのであればそれに越したことはない。
結果としてはそれも無意味だった。
牙も爪も全て砕いた。だが奴は果敢に私たちを噛み砕こうと、薙ごうと襲い掛かってくる。そんな身体でどうしようと……と思っていたが、瞬間濃密に膨れ上がった殺気に思わず距離を取る。
それまで私の身体のあった場所、奴の砕けた爪が届かないはずだった位置を、まるで異形を思わす漆黒の何かが凄まじい勢いで空を切った。異形を型成すのと全く同じ邪悪な魔力で生成された爪だ。
こうなってはもう手心の加えようがない。相手が獣人か、獣人のナリをした何者かどうかなどもはや重要ではない。
獣人のような何者かが異形と同じ邪悪な魔力で爪を成し、凄まじい殺気を醸しながら一心不乱に殺しにかかってくる。“コレ”は下手に討ち損ねれば、まず間違いなく異形と同様に命ある者を狩って回るだろう。命ある相手を手にかけるのは抵抗があるが、放っておいて他の大勢が殺されるのであれば摘んででも止めなければならない。
「“荒れ狂う樹々”」
地を割って出現した樹々の根が奴の四肢を絡め取り、地面にうつ伏せに叩きつける。さらに上から圧をかけ、四肢の半ばより先を押し潰す。
これで碌に身動きは取れないだろう。動けたところで、まともな“頭”が残っていれば強烈な痛みに悶え、戦闘どころではないはずだ。
だが嫌な予想は当たり、四肢を潰されてなお奴の殺意は怯むことはなかった。
四肢の潰れた部分を無理やり引き千切り、千切れた先からは先ほどの爪と同様黒い魔力で身体を生成し、先ほどと何ら遜色ない動きで突進してくる。
物凄い執念だ。だがそれも予想はしていた。そちらがそう来るのであればこちらも覚悟は決めてある。
奴があと数歩、目前に迫ったところで私の足元から鋭く尖った樹の根が飛び出し、奴の鎖骨の中心あたりを貫いた。
向かい合う力がぶつかった衝撃で奴の首から上が高く刎ね飛ばされる。そして首のあった部分から濃密な黒い魔力が血を噴くように噴出していき、“獅子型の獣人であったもの”は力なく跪くとそれ以上動くことはなかった。
次回分は明日更新予定です。




