1-19 異形の伝染1
◆前回のあらすじ
あの黒い変なの倒せるぞ!反撃じゃ!
毎日のように続いた異形の侵攻が途絶えた夜、アウローラでは豪勢な宴が開かれていた。
街が築かれ、人々の心が繋がり、力を合わせて守りきった。アウローラが街として完成した夜である。
一〇年ほど前には想像もつかなかったような溌剌とした顔で皆が笑う。一〇年の間、失敗もあった。衝突もあった。命を落とす者も居た。それでも今こうして皆が力を合わせて一つのことを成し遂げ、笑い合っている。
異形の侵攻の最中、同じように異形の襲撃によって崩壊した近隣の里からアウローラに逃げ延びた人々も同様だ。ほんの一〇年前までは荒くれ者の巣食うスラムだったものが、洗練された街区を築いていくのを近隣に住まう人々も傍目で見ていた。だがそこは異種族が共生する街。訪れた人々は皆最初こそ異文化のせめぎあう街を警戒していたものの、アウローラの人々の在り方を見れば打ち解けるのにそう時間は要らなかった。
「あなた方は世界を救える 奴らを倒す術を世に広めるべきだ」
逃げ延びてきた人々は皆口々にそう言った。
聞けば、アウローラ以外の街や里は異形相手に成す術もなくただただ逃げ回る一方だと言う。彼らが言うには武器も魔法も通用しなかったとのことだが、現にアウローラでは魔法や武器で異形を屠る術を既に見出している。
恐らく序盤に“しくじって”しまって以降「異形は倒せない」という印象に囚われすぎてしまったのではないだろうか。
異形によって命ある者が滅ぼされるのを食い止めるには奴らを倒す術を、何より“異形は倒せる”ということを世に知らしめることが急務だ。
せっかく街としての体を成した。人々の心が通った。この街はこれからだというのにその先を傍で見守れないのはもの寂しい気もするが、この街も奴らの侵攻に遭った手前、異形の襲撃に喘ぐ人々の苦しみはもはや他人事ではない。
幸い今のアウローラには私抜きにしても魔物を屠れる者が多い。今後あれと同程度の侵攻に遭ってもこの街は当面安泰だろう。
私はベルを連れ、そして腕の立つ数人がそれぞれ組み、異形の侵攻を食い止めるべく散り散りにアウローラを発った。
……
道中立ち寄った街はどこも私が想像していたものより遥かに悲惨な状況だった。
抗う術はない、ひとたび触れれば命を奪われる。そんな理不尽にただただされるがままの人々。
街は死屍累々。異形から逃げ隠れ過ごす生き残りも満足に食事や睡眠もとれず憔悴し、異形の闊歩する街は荒れ放題。
道すがら、行く先々の街……奴らは単純な魔力の権化であって、感情を持つ生き物とは違う。というのに、まるで自分たちがこの星の生態系の頂点にでも立ったかのように堂々と、何を恐れることもなく我が物顔で人々の街を踏み荒らす犇く異形を屠る。
才ある者が生き残っていれば、奴らに抗う術を教え込む。居なければアウローラや、周辺の異形を滅ぼし安全となった街へ魔法で転送する。
そうして目に付いた街や里を片っ端から掃除して歩く。
だがそうして魔物を屠っていく中、立ち寄ったある街で奇妙な者と出会った。
異形は命ある生き物が必ず持つ固有魔素“魂”を持たず、殻を成した黒い魔力の風船のような造りをしている。だから命ある生き物との区別は一目瞭然だが、それ以外にも異形が特異である点はある。その魔力の邪悪さだ。
命を持ち感情を持つ者は、その感情が揺れ動いたときに何らかの性質を持つ魔力を発する。喜び、勇み、悲しみ、怒り……あらゆる感情が魔力の源となり得る。
その中でも異形を形作る魔力は人々の不安、怒り、苦悩、憎悪といった暗い負の感情に由来する魔力が凝縮されドス黒く濁った邪悪な魔力だ。
人々は誰しも感情を持つ限りそれが孕む負の側面は避けがたい表裏一体のものだ。だが一個体が持ちうる負の感情の密度には限度がある。
空を覆う黒い魔力、異形を形作る黒い魔力はそれぞれ命ある一個体が持てる限界をゆうに超えた密度で凝縮されたものだ。
というのに、そこにはまるで異形を命ある者の殻に押し込めたかのように、通常ではありえない密度の黒い魔力を孕む者が立っていた。
それは獅子型の獣人種のナリをしていた。
通常の異形であれば何らかの生き物のなり損ないのような不気味なナリをしているが、それは紛れもなく獣人だ。だが不自然な欠損や変形はないながらも、同種の獣人とはどことなく雰囲気が違う。
まずその種では一般的ではない体色だ。だが体色の変異個体は突然変異によって生まれることがままあるという。
そして体躯が一般的な個体に比べ一回りほど屈強だ。だがこれも個体差の範囲といえば合点がいく程度ではある。
だが変異や個体差で説明が付かない特徴があった。そこに居た獣人の形をした何者かはまるで異形の体のような、そして空を覆う闇のような奈落を思わす漆黒の瞳を持っていた。
魔力感知に長けていなければ、少し不自然だと思うくらいで気付かなくてもおかしくはない。
だが異形と相対するため魔力感知に気を張っていた私たちはすぐにその異様さを察知した。
あれはもはや獣人ではない。異形だ。
警戒し臨戦態勢をとる私たちに気付くや否や、奴はその鋭い爪と牙を剥き出し、私たちに襲い掛かった。
明日はイベント出展を控えた打ち合わせのためお休みです。
次回は校正が済めば土曜日更新予定です。




