1-10 人族のルール5
◆前回のあらすじ
人族たちは私たちが何者なのか知りたいらしい
表示されたベルの諸々の数値は奇妙な分数表示がされていた。
「これ……あれ? 魔法がおかしかった?」
「いえ、これは合ってますね 恐らく一番大きい数値が全盛期のものでしょう 私も何だかんだ数百年寝ていたので、ブランクでまた本調子じゃないんです」
「へぇ~……ベルの力って数値にするとこういう感じなんだねぇ」
初めて見る人族の叡智に感心していたが
「上級精霊……!?」
人族一行はそこに表示された羅列を見て顔を青ざめさせていた。
特に聖女風の少女の取り乱しようは凄まじく、
「とんだご無礼を……!! 申し訳ありませんでした!! どうか……どうかお許しください!!」
せっかく綺麗な白装束に土が付くのも厭わず地べたにひれ伏し、号泣しながらベルを仰いでいた。
この娘の装束はやたら綺麗でいい生地のようだが、防汚の様式すら織り込まれていないようだ。もったいない。
「ごめんなさい!! 命だけは……!!」
ウルハも続いて跪く。
「いや……私たちは別に君たちをどうこうする気はないんだけど……」
表示された羅列に余程衝撃を受けたのか、先ほどまで勇んで構えていたカイルも、少女たちを庇うように立っていた戦士風の少年すらも既に戦意は喪失してしまったようだ。
まぁ戦って制圧する必要がないのであれば、無駄な労力を使わなくていいので楽だ。
「初めて見た……上級精霊って人間と同じようなナリなんだな……」
「カイル!!!」
「ちょっと!! 口を謹んでカイル!! 散々無礼な口を利いて!!」
少女二人は感心している様子のカイルを泣き叫びながら押さえつける。
「そんな怯えないでよ…… ベルのせいだよ」
「えっ 私ですか」
と、そんな光景を何とも形容しがたい表情でゴブリンが見つめている。
そうだ、当事者の彼らを蚊帳の外にしていては申し訳ない。私も知りたいことがあるので、こんなところでいつまでも油を売っているわけにはいかない。
「……とりあえず、ゴブリンのコロニーに行こっか」
取り乱す人族一行と蚊帳の外のゴブリン、そしてベルと私を囲む魔法陣を展開し、先ほど探知魔法で検出したゴブリンのコロニーの座標へ向かう転位魔法を発動する。
………
転位したそこは、木の根と岩でできた洞窟を申し訳程度の巣穴にしたようなものだった。
「……転位魔法……あはは……私たち今日死んじゃうのかな」
ウルハが空を見つめながら渇いた笑いを漏らす。
「……? 転位くらい魔導師の常識でしょ」
言うとウルハは全身でゲンナリとしてみせた。続いて戦士風の少年がため息をつく。
「あんたら上級精霊の常識は知らないが……蘇生にしても転位にしても、人族にとっては伝説上の代物だ 実際に扱える者がいるなんて聞いたことがない」
蘇生魔法はともかく、転位魔法は基礎魔法の極地の一つではあるがその便利さゆえ一〇〇〇年前は広く重宝されたものだった。
そもそも魔法技術は戦争や侵略などの攻撃用途ではなく、生活を便利にするために編み出された叡智だ。そのため多くが攻撃用途ではない基礎魔法には攻撃魔法より長い歴史があり、より扱いやすくより親しみやすくと研ぎ澄まされ、体系もより洗練されたものだった。
というのに、どうにも先ほどからの人族一行の口ぶりから察するにそういった便利な魔法技術は衰退してしまったのかもしれない。
まぁ根本は違うとしても、一〇〇〇年前の大戦のきっかけとなったのも大戦であれだけ多くの命を奪ったのも同じ魔法だ。人々が忌み嫌い禁じたとしても致し方ない。
だが便利なものは便利に使わないともったいない。そうあるべく先人たちは魔法体系を作ったのだから。
「ゴブリン、お仲間一同を一回コロニーの外に呼び出してもらえる?」
「ハ ハイ」
二人のゴブリンが狭い洞窟の入り口に器用に入っていく。
余所者の侵入を拒むのには丁度よさそうだが、洞窟は人工の構造物ではないため一切の補強がされていない。まぁそれ自体は小規模なゴブリンのコロニーではままあることではあるのだが、天候などの不可避な要因でいつ崩れるか分からない。ゴブリンは魔法にも建築技術にも疎い者が多いため気が回らないのだろうが、傍から見ていると危なっかしく思える。
数旬後、三〇人ほどのゴブリンが続々と巣穴から出てきた。
外にいる人族一行に気付いて一瞬顔を強張らせる者もいるが、先ほどの二人が予め事情を説明したのか巣穴に逃げ帰ろうとする者はいない。
そして最後にコロニーの長と思しき体格のいいゴブリン―――ホブゴブリンのオスが顔を出し、こちらを一瞥する。
「……同胞を救ってくれたことにまずは礼を」
跪くと、深々と頭を垂れる。
「ありがとう、強き者よ 我らのコロニーに何の御用で」
ゴブリンは皆武装はしていないが、人族四人と人族と相違ない見た目の二人を前に分かりやすく警戒した様子だ。ホブゴブリンも跪いてはいるがその佇まいに隙は無く、無防備ではない。
「あなたがここの長だね 私はアイリ このコロニーに隠匿結界を張りにきた」
言うとホブゴブリンは一瞬目を丸くするが、すぐに睨みをきかせる。
「……何が目的ですか」
「代わりといってはなんだけど、情報がほしい」
「……見ての通り我々は郊外の小さなコロニーです お役に立てるような情報は恐らく何も……」
ホブゴブリンの謙虚な様子を見て、人族一行は意外そうな顔をする。
「情報の質は問わない」
「……しかし、ここには結界を張れる媒介になるものなどありません」
「“魔石生成”」
地面から露出した岩に魔法陣を展開し、そこに私自身の魔力と森を漂う魔素、そして森を漂う“自然魔力”を流し込む。
世界を漂う魔素のうち森や海、雪山や砂漠などある特定の環境を漂う魔素は、その魔素同士の漂流による接触でその環境に馴染み易い自然魔力を生じさせる。自然魔力は秘匿結界を含む環境を利用する魔法を行使する際に自身の魔力の代わりに用いたり、効果を増幅させるといった恩恵をもたらす。
森の自然魔力は手を付ける者が少なく、エリア内に大量に漂っていることが多い。そのため森で展開する秘匿結界は上質な媒介を作りやすく、より精巧かつ堅牢なものに仕上げやすい。
やがて私の魔力と魔素と自然魔力を吸着した岩は、深緑の輝きを放つ魔石へと変貌を遂げた。
―――――
[魔法]
ディスロケーション(転位)
基礎魔法
位置座標を転位する魔法。
結界魔法の一種であり、転位対象の存在する座標上の結界と
転位先の座標上の結界の内容物をシフトさせることで転位を実現する。
魔法自体は仕組み上省エネで展開できるが、座標設定をしくじると転位が失敗するか
転位先で体が原型を留めない事故を起こすこともあるので、一定の感知スキルが必要とされる。
消費MP:100~ / 回
発動難度:B+
属性補正:なし
次回分は明日更新予定です。




