1-6 人族のルール1
◆前回のあらすじ
何かゴブリンが襲われてる!助(ボゴォン
「何の小競り合いかな? これは」
割って入った端の両者はそれぞれ目の前の出来事に面食らったように目を丸くして固まっている。
「こんな森の中でそんな不安定な炎魔法使うもんじゃないよ 火事になる 」
人族の放った魔法はほんの初級の、それも威力を“薄く引き伸ばした”ファイアボールだ。
戦争の世に活きたこの装束を傷付けるどころか熱を通すこともほんの煤をつけることも叶わない。それでも久々に無防備に攻撃を受けたのでつい当たった箇所を手で払う。
ファイアボールの直撃を受けた私はというと、それはもうピンピンしていた。
そんなあっけらかんとした様子を見て、人族の方は顔を青ざめさせた。
「な……ウルハのファイアボールを生身で受けて無傷!?」
特に剣士風の幼げな少年はそれまでゴブリンに向けていた殺気を私の方に向け、剣を握る手には先より増して力が篭っている。
「喧嘩にしては嫌に実戦的なロケーションだけど……何? これは」
見たところしっかりと武装した人族の一行に対し、ゴブリンの方は着の身着のまま逃げていたようだ。
状況だけ見れば人間の方が一方的にゴブリンを襲っているような感じだが、幼いとはいえよもや人族が無用な殺生をするとは思えない。思いたくない。
膠着状態のまま動かずどうしたものかと思っていると、先の剣士が声を上げる。
「お前……人間じゃないのか!? ソレは俺たちの獲物だ! 横取りはマナー違反だぞ!」
「ソレ……獲物……マナー?」
意味が分からず数旬遅れて到着したベルの方を見やるも、無言で首を横に振るだけだ。
「えっと……君たちはゴブリンを……なんだ、狩ろうとしてるのかな?」
少年は威勢よく「そうだ!」と答えた。
「……ゴブリン、君は人族に何かしたの?」
問うが、一方のゴブリンは怯えきっているのかへたりと座り込んで、足を震わせながらフルフルと首を横に振るので精一杯のようだ。
「ゴブリンは君たちに何もしていないみたいだけど?」
「何言ってるんだお前! “マモノ”だから狩るんだろうが!」
どうもこの剣士風の少年は自分が獲物と思っていた相手を私に横取りされるのではと考え頭に血が上っているようだ。冷静に話ができそうなテンションではない。
しかし聞き流せない単語が聞こえた。
「ゴブリンは“魔物”ではないけど」
「ゴブリンは“マモノ”だろ!」
次はこちらが面食らってしまった。
ゴブリンはれっきとした一“亜人種”であって魔物呼ばわりするような有害な種族ではない。
前世の時代でも邪悪が具現化した異形を指す“魔物”が出現するよりも前から、ゴブリンは弱小ながらも知性を持つ亜人の一種として一文明を築いていた。
何より“魔物”という言葉は命ある種と邪悪を区別するための忌み名であって、勤勉な森の働き者であるゴブリンを呼ぶ名としてふさわしいものではない。
「“魔物”っていうのは…」
恐らくこの人間一行も見た目相応に幼くて物を知らないのだろう。
何と説明すべきかと思っていると……
「……! おい! 囲まれてるぞ!」
人間一行のもう一人、戦士風の少年が後ろの少女二人を庇うように構える。
どうやら先ほどからこちらに向かってきていた残りの魔物の気配にようやく気付いたようだが……囲まれた段階で気付いて警戒するようでは、この一行はこんな森の中を散策するのに索敵要員に難があるように思える。
そして少年たちの後方から道すがら何匹も蹴散らしてきたのと同様の魔物が数匹ズルズルと姿を現した。
「“黒色”…!!」
魔導師風の少女がその漆黒の姿を見て身を強張らせる。
「“黒色”がこんなに…!くそっ!」
人間一行は魔物を見るやいなや、先ほどまでのゴブリンに対する威勢の良さとは打って変わって表情から怯えと焦りが滲み出ている。
なるほどベルが言っていた、人族にとって魔物が脅威であるという情報は確かのようだ。
「アイリ、私が……」
「いや、いい 私がやる」
ベルを後ろに控えさせすっかり“魔物”の方に意識を向けた人間一行をすり抜けて前に立つと、それまで私に敵意を向けていた剣士風の少年が怒号を飛ばす。
「おいお前! 何してんだ早く逃げろ! “黒色”だぞ! 俺たちが敵う相手じゃない!」
「そんな大した相手じゃないよ ……あと君たちが言ってた“魔物”っていうのは、こういう奴らのことを言うんだよ」
一歩前に出た私に魔物たちの視線が一気に集中すると、魔物たちは一気に攻撃態勢に入る。
しかし知性のない魔物は所詮獣種よりも鋭敏さで劣るでくの棒だ。先制されたとて警戒するに足らない。
「それからファイアボールは炸裂系の魔法だから、重要なのは発射する炎の大きさじゃない 魔力を練って、相手に直撃した時に強烈に弾けるように小さく押し込める 殻は薄く硬く、飛び火しないように正確に……」
言いながら、かざした掌から無数の火球を発現し一球ずつ魔物の方へと飛ばす。
直径一メートルにも満たない大きさのファイアボールはそれぞれ数倍は巨大な魔物の胸部に直撃すると、
ドゴォン!!!
腹に響く衝撃音を立てて、魔物の体ごと粉微塵に爆発した。
しかしその派手な炸裂の中でも弾けた火花は飛び散る前に立ち消え、森の木々を燃やすことはない。放った魔法の後始末までが術者のテクニックだ。
「……こんな風に、ね」
実演で教鞭をとったつもりだったが、振り向くと人間一行もゴブリンもそれまで魔物に向けていたよりも遥かに怯えた様子で、目を見開いて私の方を見ているのだった。
次回分は明日更新予定です。




