2-2 竜王の悩み事
「で、マグナが弱ってきたっていうのは?」
私たちの言うマグナ――炎を司る業火の竜王ヴリトラは、その職能に似合う活発で勝気な少女だったはずだ。
それぞれの竜王は各々が司る要素を世界のあらゆる事象から汲み取ることによってその存在を維持している。
例えば実を司るディアンは世界の実り、ガルムの場合は冷気……と言っても単には分かりづらいが、単純な物質主義ではなく精神主義的な様々な現象や魔力の歪みや絡み合いも彼女らの存在と領分を維持する要素となっている。言うなれば彼女らはこの星に存在する万物の管理者のようなものだ。
その内一人だけが弱っているというのはどうにも腑に落ちない。彼女らの存在が揺らぐような事態があるならば誰か一人だけ弱るというようなことはないだろうからだ。
「……何だろうな 元気がないな」
ガルムの答えはぼんやりとしたものだった。
だがその口ぶりから察するにレヴィが陥っている危機とはまた違う方面で彼女も何やら苦難に見舞われているのかもしれない。
「マグナのところにも一度顔を出しておいた方がいいかなぁ……」
言うとガルムは小さく頷いた。
「様子を見てきてあげて」
業火と氷結……マグナとガルムはほとんど対のような特性を持つが、両者は仲が悪いわけではない。むしろ対でありながら仲はいい方だ。
とりあえずは魔物をと思っていたところに竜王たちが抱える悩みも知ってしまった。
魔物のことは倒してしまえば済む話だが、竜王各々にまつわる悩み事はどうにも一筋縄ではいかない気がする。
「ありがとね じゃあちょっとそっちにも顔を出してこようと思う」
彼女も何やら気を揉んでいるようなので用もほどほどにかまくらを発とうとするが
「…………アイリも、正気を失わないようにね」
ガルムは最後にそうポツリとこぼした。
「私は大丈夫 ずっと正気だし、正気じゃないとしたらずっとそうだよ」
「……」
言い返すと彼女は無言でやれやれとでも言いたげな呆れ顔だけを返してきた。
………
「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
そうぶすっと漏らすのは、カヌスの道中を送り迎えてくれた氷狼のベスだ。
竜王の眷属となる者は通常の生物と比べ強健かつ長寿になる。とはいえ氷狼では一般的な寿命は長くても三〇〇年が限度だろう。
だが眷属の中でも一定の格式を得たと主に認められた者は特性を与えられる。その種類や効能は個体差があるが、ガルムの眷属である氷狼の場合は“廻襲”――群れを統率する優秀な個体が死の間際に転生することで擬似的な不死を獲得するのがその一つだ。
このベスは一〇〇〇年前にここで出会ったときにはまだ細く尖った乳歯を生やすばかりのおてんば娘だったが、今でも息災ということは廻襲まで獲得して群れを統率するような立派な氷狼となったのだ。
「やっと会えたと思ったのに……」
「そう思うなら、出会い頭にもっと喜んでくれたら良かったのに」
「……むぅん」
氷狼は淡白な反応を示す者が多い。が、言ってしまえば彼らは皆シャイなのだ。
「ベスは“氷狼王”には成れたのですか?」
ベルが問うと、彼女はその表情をさらにムスっとさせた。
“氷狼王”とは、数居る氷狼の中から生まれる数少ない格式を持つ群れの長たちをさらに上位で束ねる希少種であり、数こそ少ないが竜種に匹敵する力を持つ強力な種である。
竜王の眷属として生きる氷狼の種としての頂点であり極致にあるのが氷狼王であり、特に廻襲を獲得した者が展望する生涯の目標でもある。
だが氷狼王が持つ額に生やす一角の立派な角が生えていないことから、ベスはまだそこには至っていないようだ。
「……いつか氷狼王になって、ベルにギャフンと言わせてやる」
「ふふ 楽しみにしていますよ」
ベスは自身の主であるガルムから人族(元ではあるが)でありながら加護を授かったベルを目の敵にしている節がある。……名前が一文字違いなこともそれに拍車をかけているのかもしれない。
「でも立派になったよねぇ ……毛皮 もっふもふ 気持ちいい……」
褒めるなり、ベスはカヌスの地を駆けながら後ろでバタバタと尻尾を振り回す。
「いつでも寝に来てくれていいよ……」
心なしか嬉しそうなベスだが
「寒いから嫌ですよねぇ」
ベルが茶々を入れる。
「ベルうるさい」
「あはは」
と、そんな朗らかな一幕を経て、海岸沿いまで来て尻尾をくるんと丸めながら名残惜しそうにこちらを見続けるベスとお別れをし、つい数日前まで居た大陸とは反対側の東洋域の大陸へと私たちは飛び立った。




