2-1 カヌス島の竜王
第二章始まります。
よろしくお願いします!
アイリとベルは世界の北端から二番目に位置する北洋域の極寒の絶島 カヌス島に降り立った。
アルボスティアを発って四日。
道中やはりたびたび魔物を見つけては掃討してきたが、カヌスではガルムが縄張りとしている限りは強敵と相対する心配もないと踏み、リハビリがてらの飛行魔法でさっさと海を超えてしまった。
飛びながら列島を挟んで向こう側の中央大洋を見やったが、一見するとその様子は一〇〇〇年前と特に変わったようには思えなかった。
シャリ と、北洋域ならではの柔らかい雪の踏み心地を感じながら、普通の生物では立ち入る気も失せるような寒気を纏殻で遮断しつつ、島の奥にある氷菓の大樹を目指して歩き出した。
カヌスでの移動は基本的には徒歩になる。
容赦なく吹き付ける吹雪と寒気から身を守るために纏殻を展開するが、この島で降る雪は触れた魔力を喰らって溶け、地面に吸われてこの島の栄養となる。つまり、歩いているだけで魔力を喰われその分消耗する地獄のような島だ。
かと言って飛行魔法で移動しようにも高く飛べば飛ぶほど強くなる風と濃くなる雪のカーテンの猛威を受け、通常とは比べ物にならないほどに消耗してしまう。
そのため余所者が立ち入ることはないし、無謀にも立ち入ったところですぐに島に喰われてしまう。
この島で生き延びることができるのはよほど魔力量に自信がありかつ精密な纏殻を展開し続けることができる者か、この島の環境に適応したごく僅かな固有種か、或いはこの島の主の加護を享けた者だけだ。
と、歩き出して間もなく
「……」
私とベルの目の前に大熊ほどもある巨体に氷山のような重厚な毛皮を纏った狼が現れた。
この島にのみ棲息する固有種であり、竜王の眷属である氷狼族だ。
「……久しぶり」
「ありがとう、迎えに来てくれたんだね」
言うが一匹の氷狼は答えることなくこちらに背を向けると、腰を落としてこちらに乗りやすい格好をとる。……パタパタと尻尾を揺らしながら。
ここの者たちは淡白な反応をする者が多いが、その心遣いはこの島の気候ほど冷たく寒いものではない。
二人でその背に跨ると氷狼は颯爽と駆け、しんしんと降りしきる雪の中で軽快な足音だけが響いた。
氷狼の重厚な毛皮とそれが纏う魔力に包まれている間は纏殻を展開していなくとも島に魔力を吸われることはない。つまりこれがこの島に立ち入る者が享けられる単純にして最上のおもてなしである。
………
「……久しぶり、アイリ ……ベルも、この間は留守にしていて悪かった」
氷狼の背に乗って一時間弱。
カヌス島の奥地、この島で唯一育つ氷菓樹の中で最も大きな一本の前にあるこじんまりとした鎌倉の中で鼻まで覆う毛皮のマフラーをもごもごと動かしながら、冷徹な目つきの少女が言う。
「ガルム 久しぶりになるね 元気そうで良かった」
「ご無沙汰しています」
少女――氷の竜王フェンリルことガルムはその表情は半分以上隠れているが、眉を柔らかに曲げてスカーフの下で仄かに微笑んだのが分かる。
「どうした こんな辺境まで」
ガルムは抱えた片膝に顔をもたげながらこちらに問う。
「つい一週間ほど前に転生したばっかりで今のことが全然分からなくてさ 今、世界ってどうなってるのかなって あと皆は元気かなって」
聞いたガルムは一瞬ピクリと眉を揺らしたが、すぐに視線を白い天上に向け、思案に耽る。
「世界は……こういう性分だからよく分からないな ……ただ色々大変なこともある」
「大変なこと?」
「……」
今度はハッキリと眉を顰めながらしばしの間言いよどむ。
「…………アスカがメイを目の敵にしている」
「……何で?」
アスカもメイもそれぞれが星の軸端に拠点を持つ竜王だ。一蓮托生の役を担うあの二人が何かいがみ合う理由が?
いや、そもそも各々仲が良いはずの竜王同士で何を争うことがあるのだろうか?
「……しばらく前に……急にアスカがおかしくなった 眷属を引き連れてメイに……僕はメイの側についている どうにかしたいけどアスカと天使族たちは聞く耳を持たない」
「そっか……そうなんだ」
あの二人が揉めるようなことがあるとすれば二人がそれぞれ担っている役についてだろうが、にしてもガルムの口ぶりではアスカが一方的にメイを責め立てているような印象を受ける。公正公明なはずのアスカがそこまでご立腹になるようなことをあのメイがするだろうか。
「今は竜王同士の間に派閥があるのですか?」
と、ベルが問いかける。
「派閥は……ない 他の皆もそれぞれ個々で領分がある …………変わったことといえば、ここ数百年でマグナは弱ってきた レヴィも神殿を奪われた もしかすると僕らの領域を侵そうとする誰かがいるのかもしれない」
「……」
世界の理を司る竜王の領域を侵すような者。それがもし世界に魔物を再び蔓延らせた邪悪な思想を持つ者の一派と同じだとしたら。
竜王にしてもただやられはしないだろうが、ガルムの言の通りあればアルボスティアの件の黒幕は既に竜王の一人であるレヴィからその領域を奪い取ったということになる。これほどの異常事態は一〇〇〇年前の戦乱の世でも聞いたことがない。
「とにかく……僕はメイを守る 相手がアスカでも容赦はしない」
「……分かった 私たちも少し探ってみるよ」
コクリと無言で頷いたガルムは、こちらを百まで信頼はしていなかろうが、それでもどこか期待を感じさせる目つきでこちらを見つめていた。
次回分は15日更新予定です。




