2-0 因果を背負って
第二章始まりました。
忙しく十分な書き溜めができていないため、定期更新はしばらくお待ちください。
人生というのは本当に思うようには進めないものだ。
生きていれば人は皆、その大小や多少に差はあれど人生の節目節目で後悔と向き合うことになる。
その点僕の人生は悔いの多いものだったのではないかと思う。
あの案件を引き受けなかったら……
この会社に就職しなければ……
あのとき彼女にこう言ってたら……
大学であのゼミに入らなければ……
高校生活を部活に費やしすぎなければ……
ダメだ。挙げ始めるとキリがない。
そんな後悔がいつも僕の足を引っ張った。それは年を負うごとに多く重くなっていった。
だから僕にとっての密かな楽しみと云うのが、自分とは全く縁のないようなハッピーエンドの用意された物語に耽るというものだ。
特にハマったのは数年前から流行りだした所謂“転生モノ”。不遇だったり不幸だったりから一転新しい人生を始める。そして多くの場合ニューゲームを始めた者は秀でた力を存分に振るって無双する。
さぞ爽快だろうな。そんな自分とは無縁の爽快を夢見て僕もあれらの作品を楽しんだものだ。
だが自分がいざそんな環境に置かれてみればどうか。以前にも増して重く後悔を引きずりながら淡々と剣を振るう自分がそこにはあった。
………
「ようこそ地球へおいでくださいました、勇者様」
「はぁ」
別に死のうなどとは思っていなかった。
ただ社会の一歯車として物言わず軋み続ける人生にはほとほと疲れたと思いながら歩いていて、うっかり信号をよく見ずに生死を分かつ一歩を踏み出してしまったと気付いたのは煌々と光を発する鉄の塊が柔い自分の身体に触れるか触れないかのときだったというだけだ。
まぁ死んだんだろうな。直感でそう思った。
だがそんな後悔する間もないような刹那とよく分からない浮遊感を経て目を開けたそこにあったのは、それまで高層ビルとうざったらしいほど雑多な広告がアスファルトの無感情な灰色に映える日本の都会とは打って変わっての西洋風に煌びやかな大広間だった。
そしてその正面に何やら貴族風の気品ある格好の男女と、その周りには大勢の騎士風の人々がこちらを見下ろしていた。
「この星の危機をあなたに救っていただきたいのです」
これは夢か?それともよくある転生モノがまさか僕なんかの身に起こったのか?なんて状況を整理する間も与えず、その女はまくし立てた。
“この星の危機”ねぇ。
ゲームか、或いは王道のRPG風ストーリーであれば人間の勇者として魔王を討てとかいう話になるんだろう。
だが僕はその言葉を心躍らせながら受け取る気分ではなかった。
というのも、時をさらにほんの数瞬前に遡る。
………
『もし、旅の者よ』
「……?」
『お主の魂をしばし預かることになった』
そう何やら真っ白く無機質な空間にぼんやりと浮いた光るものが語りかけてきた。
たった今夜道で車に轢かれたと思ったら、よく分からない空間によく分からない状態で漂っている。
自分がどんな姿をしているか分からない。自分がどうやって何を知覚しているのか分からない。
そんなぼんやりとした浮遊感の中で語りかける何者かの声だけは鮮明に届く。
『役が終わる頃には無事向こうに送り返すが、それまでお主にはある“仕事”を頼みたい』
「仕事……」
『そうじゃ その間こちらでのお主の命は保証しよう』
何やらよく分からないことを言っているが、このときまず思ったのは「死んでもなお“仕事”をさせられるのか」というこれ以上底を下ることはないような絶望だった。
『まぁ、お主も災難だったようじゃがの、そう悲観せずに一つ力を貸してはくれまいか きっとお主が望むものも見つかるじゃろうよ』
望むものねぇ。
自分でも未だ分かりかねているそれをどう見つけろと言うんだろうか。
『そういうわけでの、お主に頼みたいのは……』
………
さて、蓋を開けてみればよく言えば王道だが典型的なアドベンチャー風の主人公的な役回りだった。
まぁそれがゲームであれば正直嫌いではない。だがこなせばこなすほどやはりゲンナリとした。
スパァン
今回の最後の一閃を悠々振り抜いて、ぬるい戦闘が終わった。
「勇者様、お疲れ様でした」
旅の従者の一人である聖女が労いの言葉をかけてくるが、別に疲れてもいないし、その片時も崩さない仮面のような微笑みこそむしろ気味が悪く疲れを生みそうなものだ。
曰く“先代勇者が使っていた”という希少な魔石で精製された剣は、まだこの剣の本分であろう三属性魔法の同時使用まで存分に使いこなせない僕にとっては現状宝の持ち腐れだが、それでもその恐ろしい切れ味だけで十分に第一線で通用するものだ。
撫でるように振るったそれはまるで箸で豆腐を割くかのように生き物の身体を切り裂いていく。
言われるがまま斬っては捨てておいてなんだが、全く命をなんだと思っているんだここの人間たちは。
人間という種族が絶対正義
それ以外の種族は悪しき魔王の眷属
果たしてそうかね?
それは見た目で感じた以上にそんな異種族と接する中で明確な違和感を僕に抱かせた。
だがそんな人類至上主義的な侵攻を言われるがまま遂行する僕も僕だ。
また歯車か。
社畜なんて飽き飽きなんだけどな。なかなか染み付いた性根は抜けない。
社畜か……
勇者なんてもてはやされているが、所詮は僕も人間に飼い殺されている畜生だ。
畜生が“人間が畜生呼ばわりする何者か”を斬っている。こんな不毛なことがあるだろうか。
望むものってなんだろうな。
そう、東京で見るのと違い煌々と星々が輝く空を見上げながら僕は深くため息をついた。




