1-94 聖堂の地下
◆前回のあらすじ
エドは無事バモスを撃破するが……
「“邪贄の坩堝”」
小剣使いの魔人が自身の魔力をその立ち位置に流し込むと、それに呼応してアルボスティアの街全体を覆う巨大な魔法陣が展開する。
「……“召喚魔法”ですか これは嫌な読みが当たりましたね」
召喚魔法は転位魔法と同様、対象となる座標平面上に結界を展開し、その結界内に何らかの物体を移動させる魔法だ。通常それらの魔法を行使する際は何より対象座標の状況に気を遣うものだが、この魔法は街全体を対象とした大規模かつ無差別な展開を前提として組まれている。
つまりこの魔法が使用されるときには街の人々がどうなろうと構わないということだろう。
そしてそんなベルの推測通り、街の至るところに漆黒の魔物、それに巣食われた魔獣、そして数体の大鬼族の魔人が出現し、街中の異たるところから人々の悲鳴が上がり始める。
「ふはは! 残念だったな女! お前がモタモタしていたせいでこの街は滅びる!」
魔人共は勝ち誇ったかのように高々と笑ってみせる。
全く……高が知れる三下だ。成りたての魔人特有の力を得た高揚感による致命的なまでの知能の低さ、見るたびに気色が悪くて反吐が出る。
そして哀れなものだと、ベルは召喚魔法陣に重ねて仕込まれた別の魔法陣を見やりため息が出る。自分たちすら駒であることに気付いていないか、あるいは気付いた上でヤケになっているのか。
ともあれこれで奴らのやり方は分かった。これ以上泳がせる必要もないだろう。
「あなたバカですね、面白いくらいこちらの思い通りにホイホイと手の内を見せてくれて まぁおかげで後から解析する手間が省けました 感謝します」
「吹かす暇があるのか? そうこうしている内にこの街の人族共が続々と……」
言いかけて魔人は、突如あたりを覆った背筋の凍るような冷気に言葉を止める。
ウカウカしていては人々が狩られてしまうだろう。私としては別に現代の人族を救ってやる義理もないと言いたい気分ではあるが、アイリが平和を望んでいる。であれば私はそれに従うまでだ。
「……“竜の息吹”」
………
エドは戦慄した。
突如アルボスティアの街中に魔人や黒い大鬼族が出現したこと。
生まれ育った村が滅んだときのことが走馬灯のように思い出され、身が震える。だが前と同じようにただやられるのを見ているわけにはいかない。この街を守る。そのために力をつけてきた。今こそそれを振るわないでどうするのか。
そう恐怖を押し殺し唇を噛み締めた瞬間だった。
有無を言わさぬ莫大な魔力の奔流がアルボスティアの街を駆けていった。
それが身を切るような鋭い冷気だと知覚したときには、アルボスティアの街中に現れた邪悪な者たちが成す術もなく凍りつき、物言わぬ氷像と化していた。
と、そんな突拍子もない光景に動けずにいると、そこに先まで行動を共にしていたベルが軽やかに降り立つ。
「地上は片が付きました 地下ももぬけの空になったようですから、私たちもアイリの方に加勢しましょうか」
「……」
最早言葉が出なかった。
自分たちの想定の及ばないような高みにいる存在だと漠然と思ってはいたが、目の前の人の形をした上級精霊はこの惨事を、しかも街一つ分の規模を一瞬で片付けてしまったというのか。
「……あんたらが敵じゃなくて良かった」
やっと出た言葉は心底から絞り出すような本心だった。
「敵か敵じゃないかは今後のあなたたち次第だということも覚えておいてくださいね」
ベルは相変わらず淡々とそう告げると、一瞬で静寂が訪れたアルボスティアの街を凛々しく歩いて行った。
………
ゴーシュが破壊した神像の痕には地下に繋がっているであろう階段が覗いていた。
リーナはゴーシュに導かれるままにそこを下っていくと、聖堂と同じくらいの面積の広大な空間が広がっていた。
そしてそこに音もなく鎮座していた面々にリーナは戦慄した。
それはリーナたち一行が養成所や修道院で苦楽を共にし、人族の暮らしを守ろうと志してきた同輩たちだった。
……否、もはやそれらはリーナの知っている者たちではない。リーナは一目見てすぐに察した。ここに居る全員、姿形は同輩そのものだが既に人族であったときの心は動いておらず、ただその身に邪悪を宿し怨嗟に突き動かされるだけとなった魔族だ。
「何で……皆……」
一緒に歩んできたはずの仲間。それが何故……
「こいつらは贄だ ……そしてお前たちもそうなる手はずだった」
「教官……」
心無い怨嗟の傀儡となった子どもたちを侍らせ、ゴーシュは悪びれる様子もなく語り出した。
「近く“魔王”が復活する 人間に仇なす邪悪なる魔王 魔王だけじゃない、人間以外のあらゆる種族に対してすら、人間は弱すぎて相対する術を持たない だからこうして力を得る」
「……守るべき人々の命を糧にしてまでそのような力を得る必要があるんですか」
「そうしなければいずれ人間は滅ぼされる ……アルボスティアはそのために作られた牧場だ」
それはリーナにとって衝撃の告白だった。
自身が暮らしてきた街、守るべきと思っていた人々……それら一切が自分も含めて邪悪な力を得るために消費されるのを待つだけの命だったと。
それに教官が言う“魔王”と呼ばれる存在をリーナは知っている。
人間が勝手に恐れている彼女は人族を滅ぼそうなどと考えてはいない。
人族以外の種族もそうだ。彼らは知能があり、良識があり、文明を持つ。それを知ったリーナには今目の前にいるこの男こそ人族の形はしていれど畜生か何かのように見えてしまう。
「リーナ お前はこちら側につく気はないか?」
ゴーシュは依然虫を見るかのような目でリーナを見据えている。
「……教官、嘘だと言ってください」
「どっちだ」
「教官……!」
だが問いに答えようとしないリーナに、ゴーシュは深くため息を吐く。
「残念だ ……やれ」
ゴーシュの指示を受けた魔人と化した子どもたちが一斉にリーナに雪崩れかかった。
次回分は明日更新予定です。




