感冒
今日は暑いなあ、なんか怠いので休みたい。普段はこんなことないのに……
「おはよー、お兄ちゃん!」
「おはよう……」
茜は俺が答えるとずいと顔を近づけて……顔が近づいてくるんだけど?!?! これって……
ドキドキしている俺に顔を寄せて、おでこをくっつけた。
「熱いよ! お兄ちゃん風邪引いてるっって!」
風邪? そういえばそんな気も……
「風邪……なのか? とりあえずちょっと離れてくれ、水を飲んでくる」
「ダメ! 私がくんでくるからお兄ちゃんは寝てるの! 今日は一日面倒見てあげるから今日の予定は全部キャンセルして!」
「1日ってお前も学校あるだろう。寝てりゃ治るよ」
「ダメなの! お兄ちゃんは今日一日私の言うこと聞いて! 学校は適当な理由つけて休むからいいの!」
「いや学校に入った方が……」
「お兄ちゃんの方が大事、大丈夫、予習はしてるから、一日くらい休んでもついていけるの」
いつもの冗談めかした感じではなく大真面目に言っているようだ。こうなると聞かないのはよくわかっている。
「わかったよ。今日一日だけだぞ。あしたはちゃんと学校に行けよ」
「お兄ちゃんは自分の心配だけしておいて。私のことを気にしないで」
今日は言うことを聞くしかないか……明日には治さないと茜が明日も休むって言いかねないな。
ぎゅ〜
俺の腹が鳴った、そういえば朝ごはん食べないとな。
「お兄ちゃん、お腹減ったの? おかゆでいいかな? 食べられそう?」
「いや、普通の朝飯でいいぞ」
「ダメ! 私が作ってた方は気にしなくていいからお兄ちゃんの食べられそうなものを教えて」
「じゃあ、おかゆで」
「わかった! 作ってくるね! ちゃんと寝ててね」
「わかったってば」
茜はドアを閉めて階段を降りていった。あれでも本気で心配してくれているのだろう。だから今日は素直にお世話になっておこう。治ったら何か頼みを聞いてやろう。
コンコン
部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃん、氷枕とおかゆを持ってきたよ」
いつもはノックなしで飛び込んでくるのに今日は遠慮がちだ、あんまり心配をさせたくないんだが。
「入っていいぞ、ありがとな」
ドアがゆっくりと開く、そこにいた茜の顔はいつもの笑顔ではなくちょっと心配そうに顔が引きつっていた。
「熱があるみたいだから頭冷やそうね」
俺の頭を持ち上げ、その下にタオルで巻いた氷枕を差し込む。
ひんやりとした冷気が俺の後頭部から染み入ってくる。本当に心地よかった。
「ありがとな、おかゆたべるか」
「はい、あーんして」
え!? これはあれか!? 食べさせてあげるっていう……
「そこまではいいよ、ちょっと恥ずかしいから」
「ダメ! 今日は一日私のいうこと聞いて。だいたい誰も見てないでしょ」
「そうだけど……」
強情に絶対に譲る気はないようだ。
あーん
口を開けるとレンゲが俺の口に運ばれる。アニメやギャルゲでは憧れてたけど実際は凄い恥ずかしい。幼児退行したような気分だ。
口の中に暖かいおかゆが流れてくる。いい塩加減でちょっと入ったおかかと醤油が美味しい。
「美味しいよ」
「よかった! おかゆって滅多に作らないからちょっと自信なくって……本当に美味しい?」
「ああ、お世辞でもなんでもなく美味いよ」
「ありがとね」
「お礼を言うのは俺だろう? 本当にありがとな」
茜が一緒にいてくれてよかったと思う。甘えるのは良くないのだろうが、今日くらいは甘えよう。
「ごちそうさま」
「おそまつさまです」
満腹になると眠気が来た。
「眠いの? いいよ、寝てて。あとは私に任せてよ!」
「ああ……じゃあ……」
そこで意識が沈んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「あれ、もう夕方……」
「お兄ちゃん、目が覚めましたか? 風邪はどうですか?」
「だいぶ良くなったよ。明日には治るだろうな」
「良かった、本当に良かった」
体を起こすと額からタオルが落ちた。触ってみるとひんやりしている。
ベッドの横に水の入った洗面器が置いてあった。
「え? もしかしてずっと横でタオル冷やしてたの?」
「そうだよ、お兄ちゃん全然起きないから心配になってたんだよ」
やばい、泣きそうだ。
「ありがとな、そんなに頑張らなくても良かったんだぞ。俺なんかのために……」
「お兄ちゃんのためじゃないと頑張れないよ」
いつもの笑顔で茜がそう言う。当たり前のように見て来た顔を見てこれほど嬉しかったことはない。この笑顔を守りたい、そう思った。
「ありがとな、お礼は絶対するから」
「ホントだね! 絶対だよ!」
「ああ、約束する」
「晩ご飯はお母さんに任せてるからもう大丈夫だね!」
「そうか、それにしても汗をかいたな。シャワー浴びてくる」
「ダメだよ、風邪なんだから。悪くなったらどうするの」
「でも服が湿って気持ち悪いし……」
「じゃあ私が拭いてあげる」
そのあと茜の「私がやるから」を説得し、なんとかシャワーを浴びることに成功した。
「お兄ちゃん、お布団持って来たので私が隣で寝ますね。本当に隣で寝るだけです」
きっと言葉の通りなのだろう、いつものからかうような顔ではなく大真面目だ。
「わかったよ、今日だけだぞ」
「うん!!」
こうして俺たちは同じ部屋で寝た。
なんだか頭が熱かったのはきっと風邪のせいだろう。