終章
「お兄ちゃん、お話があります」
なんだ? 深刻そうな話なのだろう、真面目な調子で茜が話しかけてきた。
「なんだ? 深刻そうに……」
「お兄ちゃんに聞きたいことがあります」
どうやら本当に大事な話らしい」
「お兄ちゃん……私、今日学校で……好きだって言われました」
「えっ!?!?!?」
何を言っているのか分からない……わかりたくない。
「なんでそんな話……」
「わかるでしょ、お兄ちゃんには……」
何を言ってるんだ……? 分からない……わからな……
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんが……」
「ちょっと待てよ! なんでそんな話俺に……」
「お兄ちゃんが私のことを好きだからです」
当たり前のことを言うように茜は言う。
「好きって……」
「愛してるって言えば満足なの? どっちでも意味は一緒でしょ! ただ一つ言えるのは、私もお兄ちゃんのことが好きです。あとはお兄ちゃんに任せます」
「なんで」
喉がからからして声がうまく出せない。
心もうまく返事を返せる程動いていない。
脳と心が麻痺しているのに反応だけは求められる、やめてくれ。
「お兄ちゃん……私は言いましたよ、自分の声で。お兄ちゃんは言える? 私は覚悟してるよ、お兄ちゃんがどう返事をしてくれるかは分からないけどお兄ちゃんが決めたことならいいよ」
どう答えるべきかは、分かってる。でもそれでいいのか? 俺は後悔しても良い、でも茜を巻き込むんだぞ。
茜に「一日待ってくれ」と言って部屋に帰ってきた。
本当に今は頭が混乱していてこれが限界だった。
「わかるでしょ」この言葉が頭の中でぐるぐる回る、止まらない。
ああ、そうだよ。俺は茜が好きだ。それは否定しない、でも「愛して」いるか? 自分でもその気持ちははっきりわかるわけじゃない、でも、茜のために今あるものを投げ出しても良いとは思ってる。
世間的にはそれを「愛」と呼ぶのかもしれない。でも、これは俺の問題ではないんだ。
きっと茜に告白を「受ければ」と言えば誰も傷つかずに済むのだろう。きっとそれがベストで一番楽な解決方法だ。
でも「楽」に逃げていいのだろうか? 俺は楽でなくても良い。でも、茜は……
その晩は一睡もできなかった。
でも期限は逃げてはくれない。今が9時、なんにせよ17時間後までには何かの答えを求められるのは分かっている。
時間が刻一刻と過ぎていく。
もう少し、1分でも良いから一日が伸びてほしかった。
リビングに入ると茜が待っていた。答えを聞きたいのだろう。
茜の目の周りが少し赤くなっているのに気づいた。
今傷つくとしても、後一年後にはあれで良かったと思えるのかもしれない。一年後によかったと思っていても十年後に後悔するかもしれない、20年後……
いや、大事なのは今だろう。たとえ傷つくとしても何十年後かに傷つくかもしれないなんて誰も分からない、だったらせめて「今」だけでも満足行く答えをしよう。
「茜、答えて良いか?」
「お兄ちゃんの答えなんだよね? いい……ごめん、お昼まで待ってくれないかな? やっぱり怖いんだ、はっきり答えられるのが……」
「ああ、待つよ」
心底安心しているのが分かった。俺が答えれば茜は一晩泣く必要はなかったんだろう……俺は何をやってるんだろう……
正午まで俺は頭の中をかき混ぜながら待っていた。
カチャ
ドアが控えめに開かれる。もちろん茜だ、いつもならばたんと閉めるドアを名残惜しそうにゆっくりと閉めている。
「いいか?」
「うん、ゴメンね、心配かけて」
「いいぞ、じゃあ……俺の答えは」
茜の握られた手が震えている。
怖かったんだろう、俺だってはっきり口にするのは怖い。
でも、それでも言わなくちゃいけないんだろうな……
「茜……好きだ。告白は断ってくれ」
「え!?!?!?! お兄ちゃん!?!? なんて!?」
「お前が好きだよ、愛してる。世間的には許されないのかもしれない。でも俺は自分に正直でいたい。お前は嫌か?」
目尻に涙をためて茜が答える。
「嫌なわけないでしょ……でも……お兄ちゃんはきっと告白を受けろって言うと思ってた……」
「考えたんだ、一晩」
「うん」
「思ったんだけどさ、人なんて何を選んでもそれなりに後悔すると思うんだ。だったらせめて今の気持ちだけには正直でいたいと思う。だから言う、茜、好きだ」
「ありがと……ありがとう……私、お兄ちゃんのそばにいていいんだよね?」
「そうだな、ずっと居てくれ」
「ありがと……お兄ちゃん、私も好きだよ」
そういって握られた手は暖かく俺の手を包んだ。
「あいしてる」
それを言ったのがどちらだったのかはまた別のお話……
これにて完結




