パスコード
俺は非常に困り果て、妹に助けを求めようとしていた。
コンコン
妹の部屋のドアをノックする。
「ちょっと頼みがあるんだが、入っていいか」
「ひゃっ!? お、お兄ちゃん!? ちょっと待ってね、まだだよ!」
待つこと数分、ドアがゆっくりと開く。
「お兄ちゃんから来るって珍しいね、まあ入ってよ」
「おう」
妹の部屋に入る。とてもすっきりとしている生活感はベッドと机の上がほんの少し乱れているだけでいま住んでいる人はいないと言っても十分通用しそうな部屋だ。
「お兄ちゃん、頼みって何?」
「ちょっとスマホで困っててな、詳しいだろ、茜は。俺はパソコン世代なんでどうもこういうものは……な」
「そっか、私でできることならなんでもするよ! 大船に乗ったつもりでいてよ!」
「ああ、このスマホなんだが」
そう言って俺はスマホを茜に差し出す。
「うん、お兄ちゃんのスマホがどうしたの? 見たとこ壊れてもないようだけど」
「実は、昨日寝るときまでは使えてたんだが、朝起きたらロックがかかっててな」
「昨日かー、多分アップデートがかかって再起動したんだろーね。これ再起動後にはパスコード必須だし」
「そうなのか……実は指紋認証でばかり使ってたから設定したパスコードを覚えてないんだ……なんとかロックを解除できないか?」
「うーん、このスマホメーカーは警察の解除要請も拒否したからね、あんまりそっち方向はできそうにないかな」
「じゃあどうすればいい?」
「一般的には初期化して一から設定し直しで連絡先とかも消えるかな……」
「なんとかデータを消さずにロックを解除できないか」
「ロックを解除はできないけど、バックアップから再設定ならできるよ! 昨日バックアップとってるから昨日のデータが消えるだけで済むよ!」
「マジか!? 是非お願いします!?」
「しょーがないなー、お兄ちゃんは……じゃあ私に大きな貸しって事でいいかな」
「ああ、ありがとう!!! ありがとう!!」
お礼を言うと妹は素早く自分のラップトップに俺のスマホをつなぎ何やら操作している。
「ちょっと待ってね、書き込みまで少しかかるから。その間にお話ししよう!」
こうして茜と数十分話し込んでいた。
「なあ、そろそろ終わったんじゃないか。
「? 私とお兄ちゃんのお話はまだ始まったばかりじゃない?」
「いや、スマホの復元だよ」
「あ、ああそうだったね! スマホ直してって話だったっけ? 話してたら忘れてた」
おいおい大丈夫なのか?
今更になって任せたことへの不安が湧いてきた。
茜は立ち上がってラップトップから伸びたケーブルを外した。
「はい、あとはお兄ちゃんが新しいパスコードを設定するだけだよ」
「ああ、わかった」
パスコードを設定し無事俺のスマホは復活したのだった。
「今度は忘れないようにね」
「肝に銘じるよ。ところで……なんでバックアップが取ってあったんだ?」
茜が目に見えて狼狽した風にいう。
「あ、えーと、そう! アレだよ! そのスマホは自動でバックアップが近くのコンピュータに取られるんだよ! そういう仕組みなの! 決して私がこっそりデータを抜き取っていたんじゃ……ゲホゲホ」
「へー便利なんだな最近のスマホって」
「そうそう便利なんだよ! 日々技術は進歩していってるんだよお兄ちゃん!」
「とにかくありがと。助かったよ」
「うん! いつでも頼ってね! そして私にどんどん借りを作ってゆくゆくは……」
何やら妄想の世界に行ってしまったようなので自分の部屋へ帰る。
ああなるとさっぱり声を聞かないから困ったものだ。
それはともかく、俺もバックアップをしっかり取っておこう。
パスコードは忘れないようメモして保管しろって言われたからちゃんと鍵のある引き出しにしまってっと……
えーと、あんまり意識してなかったけど充電用のケーブルが最近はUSBなんだな。
じゃあパソコンに刺してっと……
ん? なになに……専用のソフトが必要です……か。
電話機のデータに自由にアクセスできないのに時代を感じるなあ、何にせよソフト入れないとバックアップ取れないみたいだし入れるか。
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よしっ! インストール完了、起動してスマホをつないでっと。
ん? 初回接続にはパスコードロックの解除が必要です?
パスコードならさっき設定したばかりだからこれだな。
無事俺はバックアップを取ることに成功し、安心してベッドに入った。
寝入りかけたときにぼんやりと「そういえば茜のやつ、普通に俺のスマホをつないでデータを復元してたな? あれ? じゃああれは初回接続じゃ……」と考えながら意識が消えて行った。




