3.界遺と安定
「次のニュースです。『また神隠しか?』昨日、大儀山へ課外活動に向かった学生の一人が現在も帰宅しておらず、
学生の家族から警察に行方不明届けが提出されました。今月に入ってから大儀山では調査隊の20代男性や
山菜取りに出かけていた40代の女性など8名が行方不明になっており、警察は何らかの関連があるものと見て捜査を続けています。」
テレビは今日も『神隠し』の報道をしている。
私、理夜川華利耶の幼馴染である律夫もまた、行方不明だ。
いや、公式には事故死したことになっているのだけど、不可解な点が多すぎる。
まず、彼の死体が残っていない点。
トラックに轢かれたのであればそう遠くない地点に死体が残るはずなのに、律夫の死体は未だに発見されていない。
そして律夫を轢いたとされるトラックも不自然だ。
若手の警察官がトラックのナンバープレートの情報を確認したそうだが、
その情報によればナンバーはトラックどころか軽自動車のものだったらしい。
しかもその軽自動車は飛郷地区のある大縁州とは数百キロも離れている再盛州に住む人が持ち主だという。
あそこは今の時期は再盛祭をやっていて州自体が巨大な壁によって隔離状態にある。
そこから飛郷地区まで移動して再度再盛州に戻るのは不可能だと警察は判断している。
更に言えば、通報者の証言。
「轢かれた」ではなく、「消えた」と通報が入っている。
なぜ、「消えた」と分かったのだろう。
…そんなことを考えながら通学路を歩いていると、いつの間にか車道のど真ん中に出てしまっていた。
これは危ない。急いで歩道に戻ろう。
そう思ったとき、轟音が耳を貫いた。
それは、巨大なトラックのエンジン音だった。
目の前には今まさに全速力でこちらへ突っ込んでくるトラックが見える。
「…っ!」
追突の2秒前、私は全力で跳躍する。
そしてトラックのコンテナに飛び乗った私はすぐさま運転席の真上めがけて跳躍し、反重力魔法を一時的に解除する。
いくらソレが平行世界の技術を結集した代物であろうと、あの形状では強度に限界がある。
反重力魔法を適用していない私の質量は約1.7トン。
あの程度の天井、加速度を付け加えれば容易に突き破れる…!
ズドン、と重い音と同時に衝撃波が発生する。
そういえば着地が運転席になるんだったなあと思ったが、相手はどうせ安定者だろうからこれくらいのダメージで死ぬことは無いだろうということでそれ以上は考えないことにした。
真下にはあまりの質量で潰れかかっている安定者と思しき人物。
とりあえず反重力魔法を再適用して助手席にどいてやる。
助手席から窓を見ると、風景が静止している。トラックは停止したようだった。
「…なんのつもり?」
先ほどまで私の下で潰れかかっていた人物にそう問いかける。
「…い、いやー…あはは…」
潰れかかっていた人物は何らかの紋章が描かれた覆面を被っていた。
服装は身体のラインが分かりづらいローブで、その人相の推測を困難にしている。
言うなれば何かの宗教のような、そんな感じ。
だが、今の声。
宗教的な外見とは裏腹に、妙に可愛らしい声で曖昧な返答をされた。
…まあ、今はそんなことはいいか。
「大方、安定者なんだろうけど、なんで私を狙ってきたの?」
「…あー、そこまでバレてたかー…まあ、あんな人間離れした跳躍力で飛んできて超質量で天井突き破って来た時に大体予想はしてたけど」
「答える気は無いの?」
「あははー、ちゃんと答えるからそんなに怒らないでよー!」
…なんなんだ、こいつは…
しばらくこの安定者に話を聞いていた。
そして話を聞き終わった後、私はその安定者にこう言ったのだ。
「その「世界」の基幹の平行世界に私を連れて行って。早く!」
「えー…そんなこと言われても、あなたみたいな存在は重量オーバーだよー!」
「いいから!」
「うー、そんな無茶なー…でも私は平和主義だからその強要に近いお願いを聞くしかないのであったー…」
ふざけた口調ではあるが、今はこいつに頼るしかない。
「でもでもー、重量オーバーって言うのは本当の話だよー?エネルギー的な話だけどね…今からあなた用に転送装置を調整するからあと二ヶ月はかかるのー」
「…二ヶ月も…!?」
しばらく、足止めだ。