2.知識と力量
気がつけば、俺は芝生の上にいた。
「…ここ、は…?っ…!」
頭が、痛い。
まるで、俺の頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだ。
…ん?
いや、違う。
多分、実際にそうなっているんだ。
俺の頭の中に俺のものでは無い思考が無遠慮に入ってくる。
世界…安定…分岐…人柱…
無秩序に入ってくる知識の塊が、俺の頭の中身をかき混ぜているんだ。
どれくらい経っただろうか。
俺は大量の知識の流入に耐え続けた。
その時間は無限にも思えたが、現実の時間に直せば案外一瞬だったのかもしれない。
どちらにせよ、俺の体感としては地獄のような時間が無限に続いていたのだ。それだけは間違いない。
なぜ過去形なのかと言えば、今ようやく知識の流入が停止したからだ。
ようやく、この大量の知識を頭の中で整理する時間が与えられた。
まだ頭の痛みは治まっていないが、俺の中にはいくつかの疑問が生まれていたのですぐに知識の整理を開始した。
なぜ、こんな大量の知識を与える必要があったのか。
知識の流入が始まる前、少しだけだが回りの風景が見えた。
遠くには農道のような道がずっと続いており、近辺には風車が見えた。
俺が今座っている芝生といい、こんな場所は見たことが無い。
それに、先ほどの知識の流入現象。
冷静に考えれば、なぜすぐにあれが「知識が頭に入ってきている」と分かったのだろう。
今までにこんな現象、一度も遭遇したことは無いというのに。
それらの疑問には、俺の中に流入してきた知識が全て答えてくれた。
「安定…者?」
まず、この世界のこと。
どうやら、ここは「平行世界」と呼ばれる、俺の元々の知識と照らし合わせれば「異世界」と言える世界のようだ。
そういえば、俺がこの場所に送り込まれる直前、トラックに撥ねられたんだっけか。
これが噂の「異世界転生」ってやつか、となんとなくで理解する。
俺がここにいる理由までは「知識」は答えてくれなかったが、俺が今置かれている状況は教えてくれた。
なぜ俺にこんな「知識」が無理やりに詰め込まれたのか、その理由も。
どうやら、俺はこの世界を管理する立場になったようだった。
その名は「平行世界安定者」。長いから単に「安定者」と呼ぶ場合が多いようだ。
要するに、「管理人にはそれ相応の知識が無ければ勤まらない」ということだ。
ここまで至れり尽くせりの説明をされた理由がようやく判明したわけだ。
さて。
この「平行世界」だが、どうやらこの世界一つだけではないようだ。
例えるなら、竹。
竹の節と節の間の空洞がこの世界と考えてもらうと分かりやすいかもしれない。
ところで、竹の節は上下の2つだけではない。
沢山の節があり、天高く成長する。
平行世界も同じだ。節と節の間のことは「座標」と呼ぶらしく、上から〈1〉、〈2〉…と数える。
そしてここの座標は〈1083862〉、要するにこの世界の上に世界が100万以上乗っかっているのだ。
そしてここからが重要なのだが、この「座標」には、座標ごとに安定者が一人ずつ存在しているらしいということ。
そして、知識の整理が終わったばかりの俺の前に、その「安定者」らしき人物がいることだ。
「な…何の用だ?」
恐る恐る、目の前の別の安定者らしき人物にそう声をかける。
なぜ安定者と思うか、と聞かれれば上手く答えられない。
ただ、なんとなく感じるのだ。
「…俺は〈731296〉のジリューズ・アストレル。この〈1083862〉に、宣戦布告を行う!」
宣戦布告、そう口にしたジリューズというスキンヘッドの大男は、すぐにその拳を俺に向かって振り下ろして来た。
「っわああああああああ!?」
叫びながら、座ったまま(知識の整理をしている最中の体制のまま動けていなかったのだ)転がってそれを回避する。
先ほどまで俺のいた場所は、見事なまでに陥没していた。
「あ…危ないだろ!」
俺はパニックになり、そんなもっともなことを叫ぶ。
すると、大男は意外な行動に出た。
懐に携えていた剣を抜いた。そこまでであれば次はそれで攻撃してくるつもりなのでは、と予想できた。
しかし、次の瞬間大男はその剣を俺に手渡してきた。
「持て、死にたくなかったらな」
訳の分からないまま俺はその剣を手にする。しかし俺は少し前までただの大学生だったのだ、剣を渡されたところでまともに扱えるはずがな…
「オラァッ!」
大男は俺の思考が完了する前に拳を出してきた。
「ひっ…!」
咄嗟に、渡された剣を使って防御する。
次の瞬間、ガキィン!と音を立てて、大男の拳が弾かれた。
「え…?」
思考が追いつかなかった。
地面が凹むほどの威力を誇る大男の拳を、どこにでもいる素人の俺が剣で弾き飛ばせるわけが無い。
…この剣が特別なのか?
思考するほどの暇は無い。そう思った俺は、一か八か反撃に出ることにした。
大男は先ほど弾き飛ばしてから転倒し、未だに立ち上がれてはいない。
攻めるなら、今しかない。
「うおおおおおおおおお!」
剣を構えながら全力で大男に向かって突進する。
なぜか、自分の全力より遥かに速く走っているような気がするが、今はそんなことはどうでもいい。
大男が立ち上がる前に、この剣をヤツの喉元へ突き当てる…!
「…っ!」
「…俺の、勝ちだ…!」
「…はは、そのようだな…」
すっかり大人しくなった大男に問いかける。
「なぜ俺に襲い掛かってきた?お前の目的はなんなんだ?」
「…その質問に答える前に、宣戦布告を解除する手続きをしてもらいたい」
「どういう…ことだ?」
「まず、端末を表示するんだ」
「端末を表示…?」
言っている意味はいまいちよく分からない。が、「端末」という単語には覚えがあった。
流入してきた「知識」に、「端末」の扱い方に関するものがあったはずだ。
「…えっと、念じるんだっけか」
それと、動作が伴うとよりスムーズに表示ができるとも。
試しに、右手の二本の指を出して、下から上へ引き上げるような動作をしてみる。
この動作は俺たちのインプラント型コンピューターを起動するための動作の一つだ。
そして、続けてもう一つの動作。
そのまま二本の指を左に向け、右へスライドさせる。
「お…」
すると、その動作に合わせて空中に画面のようなものが表示された。
「…まるでゲームみたいだな…」
同じ動作で起動させるインプラント型コンピューターは、接続できる画面が無いと利用はできない。
だがこの「端末」は、空中に表示される形式らしく画面に相当するパーツは必要ないようだった。
「…その端末に表示されている「戦闘状況」ってボタンを押すんだ」
「は、はぁ…」
何故か妙に親切になった大男が俺に向かって指示を出す。
言われたとおり「戦闘状況」のボタンを押すと、画面に二つの枠が表示される。
片方は俺の名前と「1083862」とこの座標の数値が書かれた枠、
そして大男の名前である「ジリューズ・アストレル」と「731296」という数値、
そして「戦闘継続意思なし」という文字が書かれた枠だ。
「俺の名前の書いてある枠の下に「強制送還」って書かれたボタンがあるだろう、それを押すんだ」
言われたとおり、ボタンを押す。
すると男の周囲に光があふれ出す。
「っ…!」
眩しくて、思わず目を閉じてしまう。
そして光が一瞬強くなったかと思えば、直後に光は消えた。
目を開けてみると、そこにはもう大男の姿は無かった。