女王陛下の優雅な一日
女王の朝は入浴から始まる。
まず花弁か香油を入れた湯舟に三十分浸かる。香りは気分で変える。
今日はジャスミンだ。
「今日もいい香りね」
「陛下、王都で誘拐事件が頻発しております。昨夜も二件ありました。騎士団派遣の要請がきております」
女性官吏が、衝立の向うから声を掛けてくる。
「第一警ら隊を捜査に向かわせなさい。第六騎士団を巡回の応援要員に」
部下を伝令に走らせながら、官吏は書類をめくる。「次に来月の外遊についてですが……」
答えながら蒸し風呂へうつる。
これに入ると五歳は若返るような気がする。まだ29歳だが。「次に城内の……」
少量の蜂蜜とミントを浮かべたレモン水で水分を補給する。ぷはぁ! 今日は六歳いったんじゃないの!?
「それは無理です」
「心の声にまで応えなくていいわ」
ウチの侍女は大変有能なのだ。
その後の水風呂がまたスッキリして気持ちいい。
戻るとお湯が入れ替えられていて、今度は薬草が浮いている。「外務大臣が面会を求めており…」
「アレは面倒くさいから却下」
「余計面倒な事になるかと」
女王と言えど、全ての意見が通る訳ではない。
「じゃあ朝食後に」
面倒なことは早目に済ませるに限る。
薬草風呂は短時間で終え、次はマッサージだ。
ピカピカに磨き上げられたら、柔らかなガウンを羽織り、新鮮な野菜や果物を絞ったジュースを一杯。「港の使用料を……」
一息ついたら着替えだ。「こちらの書類をご覧ください」
「読み上げて」
煌びやかな衣装を前に、侍女達へあれやこれやと注文を付ける。
今日は爽やかな良い天気なので、萌黄色のドレスにしようかしら。
「こっちのドレスはどうかしら」
「今日の陛下に良くお似合いです!」
「ではこちらのイエローダイヤのネックレスなんてどうでしょう」
「あら、いいわね」
気分にピッタリの組み合わせに、テンションが上がる。「……以上の点から導入の」
「却下。数字がおかしい。精査して」
たっぷりと時間をかけて選んだあとは朝食をいただく。
「それでは失礼致します」
礼をして官吏が退出する。
少量でも、美味しいものを数多く並べさせる。
食事の時間をゆっくりと取りたいので、この間に謁見も済ませる。自分が一番偉いのだ。そんな無理も通す。
紗幕の向うの声を聞きながら、透き通ったスープを口に運ぶ。ため息が溢れる。ああ、五臓六腑に染み渡る。
今度は商人の陳情か。
「このキッシュは美味しいわね。明日の朝も出すように」
執務室で玉璽を押しながら大臣の話を聞く。
面倒なことは一度に済ますに限る。
ペッタン、ペッタン「何故あの鉱山が……」ペッタン、ペッタン「今の税収では……」ペッタン、ペッタン「そもそも騎士団の領分は……」ペッタン、ペッタン、ペッタン………。
長かった。失脚しないかなアイツ。
気分転換に侍女達と遊ぼう。
独身の女王宛に届く見合いの絵姿を見ながら、あちらの王子を描いた絵師は修正技術が素晴らしい、こちらの方は噂によるとズラらしいなど、キャッキャと話に花を咲かせる。
取次ぎを経て、宰相が入室してくる。
「陛下、隣国から次回の議題について……」
その間も侍女達と新たな議題『散らかしたハゲは片付ける事ができるか』について、熱く議論を交わす。
全部スッパリ剃り上げるという結論に至らないよう、皆で注意しながら別の方策を探る。
「宰相に任せるわ」
優秀な侍女達と満足のゆくディスカッションが出来た。
そうして朝を過ごすと、あっという間に昼になる。
また同じように官吏に答えながら着替えをして、あっさりとした昼食をとる。午後はお茶の時間もあるので軽くていい。
精査が必要なものをはじきながら、また玉璽をペッタンするついでに宰相の話を聞く。彼の話は分かり易いのでサクサク進む。
でもそろそろ飽きてきたな。
「そういえば陛下。男やもめで過ごしてきた公爵が、市井の若い娘に入れあげたようでして」
「詳しく」
ウチの宰相は本当に出来る男だ。
友人の公爵夫人が遊びに来てくれたので、お茶に誘う。
「今日は天気が良いので、ガゼボにしましょう」
「まあ素敵」
お互いの近況を話しながら移動すると、既にお茶の準備ご出来ている。
花や、噴水に来る鳥などを愛でながら、気のおけない友人と美味しいお茶を楽しむ。至福。
少し離れたところでバタバタしだした。
「刺客が……他には……調べ……」
「本当に陛下の護衛は優秀ねぇ」
「そうなの。お陰でゆっくりお茶ができるわ」
すると公爵夫人が、ポンと一つ手を叩いて
「そうそう、優秀といえばね。私の姪が、優秀だけど身分も低くて、女癖の悪い騎士に入れ込んでね。どうやって引離そうかと思っていたら……」
訓練をサボって、姪と街でお忍びデートをしたらしい。
そぞろ歩いていたら、通りがかった小さな女の子がアッと声を上げた。
「ビョーキのお兄ちゃんだ」
明らかに騎士の男をみて発せられた言葉に困惑するも、男は屈んで優しげに声をかけた。
「お嬢さん。僕はこの通り元気だよ。心配してくれたのかな?ありがとう」
「えー。だってお母さん、いってたもん」
女の子は不満げだ。
男は焦る。何処かで引っ掛けた女性か!? 隣の女性も不審そうにしている。
「き、君のお母さんとは知り合いじゃないと思うけどなあ」
「よく泊まってるじゃない。」
「?!」
「お母さんが『ウチはそういう宿屋じゃない』っておこってるよ」
お母さんおこるとこわいんだよ〜と言って更に続ける。
「ぜったいビョーキだって。くれる?もらう??ビョーキほしいの?かわってるぅ」
これを夫人は出入りの商人から聞いたらしい。
姪の熱も無事冷めたそうだ。
いとけない子供の話には、本当に心が癒される。
暫くは宿屋に害が無いよう、警戒させよう。
「ところで、その騎士は何が優秀だったの?」
「やあだ、ナニが優秀だったに決まってるじゃない」
アハハハハハ。
試して無いよね。
「あらぁ、でも、男ばかりの騎士団で腕を磨いたという事になっちゃうわねえ」
「バカね。騎士だもの、剣よ!剣を磨いたのよ」
「まあ!ではピッタリな鞘を見つけるのね⁈」
「そうね! 見つけちゃうわね! でも試し斬りは駄目よね」
話に腐り始めた花を咲かせた後、何故か謎のダメージが残った。
「特に興味も無いのに、無理しちゃったわね……」
「そうねえ」
しかし楽しく夫人とのお茶会を終え、晩餐会に向けて身支度を開始する。
再び女性官吏の話をBGMに軽く入浴。ほぐれたところを薔薇の香油で入念にマッサージ。
「明日の閣僚会議で……」
「会議で決定した内容を持って来なさい」
女王の権力は素晴らしい。
美しく装って、晩餐会に出席。
これでもかというくらいに褒めそやさせ、好きなものを好きなだけ飲み食いする。
飽きたら、サッサと退席。
まだ寝るには早いので、少しだけお楽しみタイム。
「生贄はいる?」
「丁度いいのがおります」
「私はやってないと言っているだろう!」
鉄格子の向こうで男が叫んでいる。薄明かりの中、進み出るとこちらに気付いた。
「おい、そこの奴。ここから出すんだ!」
男から見える位置に従者にイーゼルを立てさせ、そこに一枚の絵を置く。そしてほんのりと照明をあてる。
「ああっ、それは私のお気に入りの絵じゃないか! 何処から持ってきたっ」
それを徐ろに殴る。ボコンッ
「アーッ!? 何をするんだ! 止めろ! 苦労して手に入れたんだぞ」
力が足りず穴も開かない。下に置いて、足で思い切り踏んでみる。
「馬鹿者、止めろ、止めてくれ」
後ろはうるさく絵は手強かったが、何とか元が分からないくらいになった。
「途中で自分がやったと認めていましたよ」
「あらそうなの? じゃあ今度は絵を救うために嘘を付いたのではないか確かめましょう」
更に絵を一枚と壺を追加して、念を入れた。
勿論本物を使ったのではない。
美術を学ぶ学生にバイト代を出して作らせたものだ。本物に近いものは極少ないが、手を入れれば似るものも中にはある。そういったものに手を加えるのが趣味なのだ。
いつも時間がある訳ではないので、専門家も雇っている。
こうして権力の乱用もしてしまうが、あまりやり過ぎると権力自体が無くなるかもしれないので、注意が必要だ。気をつけねば。
ゆったりした夜着に着替え、髪を解いてもらい、侍女に入れさせたハーブティーを飲みながら、今日一日の出来事をつらつらと振り返る。
「ん? ……あ。あの大臣、変じゃない? 出したばかりの騎士団への命令を、管轄違いのアイツがなんで知ってたの?」
一人の侍女がバタバタ走り去る。宰相の所にでも行ったのだろう。
残った侍女に、報告は明日にするよう伝えてベッドに入る。
危なかった。気付いて良かった。いつも余計な事ばかり言うから、聞き逃すところだった。間違いでも、これを機に失脚させよう。
では、お休みなさい。
この国の女王さまは、寝食の時間も惜しみ、国の為に尽くしてくれていると、民にとても愛されている。
なんで!?