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ダックスは他の子と同じことが同じように出来なかった。そうした理由もあって、同級生からはよく、のろま、足でまとい、学校にくるな、などとよく虐められていた。当然のようにダックスは次第に心を閉ざし、無口な少年となっていったのだ。
その性格は外のみならず家の中でもそうだった。幼い頃から両親は離婚し、病弱な母と共に暮らし、ダックスは食事もほとんど一人で食べていた。
その日は母の日だった。学校の授業の時間に、母親の似顔絵を書こうという話になった。
ダックスは一生懸命、母親の似顔絵を書いた。下描きもなくクレヨンで画用紙に描いた似顔絵は上手いとはお世辞にも言えなかったが、ダックスは似顔絵を貰った母の喜ぶ姿を想像していた。帰り道、ダックスは軽い足取りで家へ帰った。
「ただいま!」
陰鬱とした家の中は、電気もついておらず、玄関に飾ってある花は枯れたまま項垂れている。ダックスは乱雑に靴を脱ぐと、一目散にリビングへ向かって走った。リビングの扉を開けたそこには、母が腰掛椅子に座って、ゆっくりと乳母車のように揺れている。暗い部屋の中、母の顔の辺りにだけ光が灯っていた。
ダックスは、構いもせず母の元へ駆け出すと、腕を揺すりながら、母に絵を差し出した。
「ねぇ、今日学校で描いたんだ。ほら。今日母の日だから、これあげる」
母の顔がゆっくりとダックスの方へ向いた。その時の顔を、ダックスは一生忘れないだろう。母の顔は白く、骸骨のように痩せ細って、目は落ち窪んで黒ずみ、死人のような目をしていた。ダックスはぞくりと心臓が飛び出しそうな思いをした。母はゆっくりと口を開いた。
「邪魔をしないでくれるかい?」
母の手に持っていたものは、一台のスマートフォンだった。そこから漏れる画面の中には、小さな母がいた。母は少女となって、お花に囲まれ、楽しそうに笑っていた。当時流行したインターネットのコミュニケーションツールだった。ダックスは自分に気を向けようと、再び母の顔の前に絵を差し出す。
「でも、これ……。描いたんだ。今日、学校で。ママの為に」
すると、今度は鬼の形相になった母が、歯をむき出しながらダックスの胸を思い切り押した。ダックスは床に尻餅をつくと、母は怒りの表情を浮かべたまま見下ろし言った。
「アンタね、これ以上私の邪魔してごらん。キッチンから包丁持ってきてメッタ刺しにしてやるからね」
母はまた腰掛け椅子に座ると、ブツブツと独り言を言いながらまた画面と向き合った。ダックスは思った。もう母はいないんだと。母はあの小さな箱に奪われてしまった。踏み潰されたぐしゃぐしゃの母の似顔絵が床の上で、笑っている。
ダックスは家を出て行く事に決めた。自分一人で生きていかなくてはならない。リュックに食料や着替えを詰め込んで、外へ繰り出した。ポケットの中には貯めていたお金が少しばかり。出来るだけ遠くへ行こう。ダックスはバスに乗って行ける所まで行った。
辿り着いたのは、ニューフィーイングという街で、湿った雨が降っていた。カフェやブティックが並ぶ道を一人歩いていく。お腹が空いて仕方がなかった。ダックスはどこか休める場所を探した。人があまり通らない狭い道を行き、裏道へ出るとレンガの塀があったので、その下で休憩をすることにした。