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ダックス=アンダースキーは、やる時はやる男だと自負していた。
金髪で短いスポーツ少年のような風貌をし、職務中でも構わず常に風船ガムを膨らましているような男であるが、人一倍熱意と愛情はあり、研究員の間では誰一人彼を責めない。
このような弛みきった職場で、唯一ダックスを叱りつける男は、部長のレインドだけだった。眼鏡をかけた中年の、風貌からしていかにも科学者ぶっている男が、ダックスにとっては苦手な人物だった。きっと、学生の頃は、バスケットボールに汗を流す少年達を横目で見ながら、デオキシリボ核酸に命を注いできたに違いない。だから40になった今も尚独身なのである。
ダックスにとって、研究などどうでも良かった。人よりも閃きと、行動力があったおかげで、この動物科学実験研究所の研究員になる事が出来た。どこにでも言える事だが、こういった職は常々、ずば抜けた天才と馬鹿が必要である。そして、レインドはそのどちらでもなく、ダックスは後者だった。
ダックスがこの世で最も愛しているのは、猿だった。
「……つまり、現代において萎縮しつつある人類の脳が猿を送ることによって――。聞いているのかね。アンダースキー君」
淵なしの眼鏡を指で持ち上げると、レインドの目は光った。ダックスは間の抜けた声で「はい?」と答えた。
「やはり、聞いていなかったようだね」
レインドはため息をついたが、当のダックスは呑気に研究室の床に座り込んで猿と楽しげに赤のプラスチックボールで遊んでいる。
「楽しそうだな、アンダースキー」
嫌味のつもりで見下しながら言ったが、ダックスは喜々として顔を上げた。
「見てくださいよ。ほら、ジョークって凄いでしょう。人間みたいにキャッチボール出来るんですよ」
「素晴らしい発見だな。まるで、サーカスの猿だ」
レインドは嫌味ったらしく鷲鼻の先を上げて見下したが、ダックスはヘラヘラと笑った。その顔が余計に、レインドを苛立たせる。
「研究所の猿を懐かせるのはやめたまえ。それから、実験体は番号で呼ぶのが基本だ。お前は本当に研究者としての自覚はあるのか?ダックス=アンダースキー」
「ジョークはジョークなんです。ほかの猿とはまるで違う。それにジョークは実験体なんかじゃない。僕の相棒なんですよ、彼は」
レインドはちらりと、ダックスの相棒を見た。そこにいる猿は極々一般的に実験として使われるカニクイザルである。甘やかされて育ったような、愛嬌のある顔なのは彼が動物園出身だからであり、人馴れしているのがひと目でわかる仕草は、子供の頃からダックスに飼われていた為だ。どうやら、ダックスにとってはほかの猿と、この猿は違うようだが、レインドにはまるきり違いなど分からなかった。猿は猿だ。
「なら研究室にペットを持ち込むな。我々には違いが分からんのだからな」
レインドは目を見開いて忠告した。胸ポケットに刺していたペンの頭を、軽く檻の中の猿へと指し示す。そこにはNo.18と書かれた札を首輪にぶら下げている猿がいた。No.18は非常に気性が強い猿で、一度研究員の一人に本気で噛み付き、流血騒ぎを起こした。
「その猿とは間違えませんよ。いくら何でも。ジョークは人間が好きだし、僕達を友達だと思っている」
No.18は檻の中でキキッと怒っているように騒ぎ出す。はぁ、と一つ、レインドがため息をついた。科学者という立場であるにも関わらず、やれ動物と友情なぞと本気で語る目の前の男に。