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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
序章 異世界生活の基礎固め
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サギってこういうことだよね

『魅魔に見つかると、間違いなくいろんな意味で有効利用されるだろう』

 脅しとも聞こえる事実宣告から、一夜明け。

 わたしは雪花を連れて、森に分け入っていた。

 ルチルには教えてもらった街へ偵察に行ってもらっている。

 まだ影も見えない敵に怯えて立ち竦むのは、性に合わない。

 そんな不毛な時間を過ごすくらいなら、目の前の課題を1つでもこなさないと。

 Time is money、時は金なり、だ。


 視覚共有はどうにも制御できる自信がなかったので、今回は何もなしで単身行ってもらった。

 昼に到着してしまったら、近くで出入りする人の流れを見ておいてくれるらしい。変化は彼らの意思でできるので問題はない。

 トランシーバーとかビデオカメラみたいなものがあったら楽なんだろうけど、猫じゃ持てないし。

 人に変化してたとしても、そんなものたぶんこの世界にはないから、悪目立ちするだろうしね。


 そう。

 この世界、教えてもらった話を総合する限り、全体的なイメージは中世~近世ヨーロッパっぽい。これまたよくある話だね。

 ただし魔道具が発達したからか、上下水道完全整備済みだし、暖炉はあるけど薪の竈ではない。

 少なくともこの家はそうだし、この世界の標準的な物って言ってたから、その認識で間違いないだろう。

 だからと言って、服装までそんな感じかと言われれば、そこはわからないわけだ。

 わたしはといえば、真っ白な世界で気付いた時には貫頭衣みたいなチュニックにズボン、女神様の所で着替えさせら……もとい、着替えさせていただいたのは、白のプルオーバーにアッシュベージュのフレアスカートという、向こうのごく一般的な服だった。……着慣れない格好スカートだったせいで、かかなくていい恥もかいたけど。

 それはともかくそのままこっちに来ちゃったから、この服装がこちらでも通用する物なのかがわからない。

 通用するものだったとして、それがどういう生活レベルの服装なのかもわからないので、迂闊に動けない。

 なにしろトライン様の服装はあてにならない。冒険者とかいる世界では、間違ってもあのローブっぽいお召し物がスタンダードじゃあないと思うんだ。神官さんならわかるけど。

 ん、シディルさん?

 トライン様の衣装から装飾を全部取り除いて布の量を減らした感じ。

 だから一般人がどんな服装なのかわからないんだよね。

 一応、わたしの服はおかしくはないらしいけど、雪花とルチルのは一般的ではないと言われた。

 その辺りも偵察項目に含めて、ルチルを待つ間、こちらはこちらでできることをやろうという話なのだ。

 え、森に分け入るのにスカートはまずくないかって?

 それがですね……。

 いやー、複製ってすごいよね!

 いくら自分で縫った服だからって、質感までそっくり複製できるんだから。

 ご都合主義万歳!

 そんなわけで現在のわたしは、シャツとベストにデニムという、非常に着慣れた格好をしている。


 突然、雪花がぴたりと足を止めた。

 ふんふんと空気の臭いをかいで、あたりを見回す。

「織葉さん、こっちから獣の臭いが流れてくる。嗅いだことないやつだから、何かはわかんない」

「OK」

 クロスベルトで猟銃を背負うと、手近にあった木に登った。

 雪花はそのままその木の根元付近であたりを警戒している。

 わたしも、撃鉄を起こして待ち構える。

「来る」

「来るよ」

 わたしと雪花の声が重なった。

 ……でっか!

 一瞬、呆気にとられる。

 飛び出してきたのは、軽自動車くらいの大きさがあるイノシシ……みたいな生き物。

 イノシシなら雪花はその臭いを知ってるだけに、似てるだけで別の生き物なんだろう。でっかい牙はともかく、額にツノなんてないし。

 その雪花は慣れたもので、銃の射線に入らないようにしながらも獲物の意識がわたしに向かないように巧みにあしらってる。

 く、と引き金に指がかかる。

 慣れた感触に、心が落ち着く。

 タンッ、と乾いた破裂音が響き、銃弾は狙い過たず眉間を撃ち抜いた。

 若返ったからどうかと思っていたんだけど、腕は死んだ頃のままのようで、一安心。

 普通の生き物なら、ここを撃ち抜けば生きてはいられないし、毛皮や肉が傷む心配もない。

 これが魔物の場合はさて同じでいいのか定かではないのだけど、少なくとも毛皮は傷つかない。


 どうやら動物と同様に倒せるものだったようで、でかいイノシシもどきはしばらくして動かなくなった。

「織葉さん、流石だね」

 木から滑り降りた私に、雪花がすり寄って来る。

「雪花の誘導が上手いから落ち着いて撃てるんだよ」

 頼りになる相棒の首筋をわしゃわしゃと撫でて褒めたくり、ついでにもふもふを堪能する。

 いつもならここでオヤツのひとつもやってたんだけど、今はないので、また次回。

 というかこの雪花にオヤツっていいんだろうか。

 まあいいや。


 そんな呑気に構えていられたのはそこまでで、銃声で他の生き物が寄ってこないか警戒するのは当然のこと、それよりももっと大きく切実な問題に直面し、頭を抱えることになった。

 何かと言えば

「これ、どうやって運ぼう……」

「そうだねぇ……。おっきいもんねぇ……」

 である。

 出来ればここで解体するのは避けたい。銃声なぞ比にならない、血の臭いが他の動物を引き寄せてしまう。諸々の処理もあるので、出来れば川に行きたい。

「うーーん」

 しまったなぁ。

 スキルじゃないけど、もう一個だけ貰っとけばよかった。今になってものすごく欲しい。『インベントリ』とか『亜空間収納』とかいう機能付きの鞄。

 あれって大きさとか質量とか一切無視して格納できるじゃないか。物語によっては容量無制限とか保温保冷機能とか時間の流れが止まるとかいうのまであって、これ実際にあったら便利だな、と思った覚えがある。

 だってさ、どこに行くのもポーチひとつで済むんだよ?

 こういう猟に出る時は大抵の物はベストに格納してたけど、ベルトポーチに入れといて問題ない物なら身軽になる分その方が良いし、滅多に行かなかったとはいえ、旅行の時に荷物が無い、ひいては盗難にもあわないと思えば……!

 あー、なんだって忘れてたかねぇ。

 前足をぷらぷらさせていた雪花が、ふいにわたしを見上げた。

「ねー織葉さん、リヤカーみたいな車輪の付いた荷台みたいなのって、作れる?」

「……作れる、と思う」

 よくお世話になったから、構造までよく知ってる。

 だけど……

「こんなでかいもの乗せるようなサイズの、誰が引くんだい」

「もちろん僕」

「……へ?」

「たぶんいけると思うんだ」

「ちょっと待って、先に実験。あんたがそれ持ち上げられたら、荷台創って運ぼう。どのみち乗せるには動かさないといけないんだから」

「うん!」


 ……結論から言えば、出来た。

 もう、どれほどびっくりしたか。

 確かに大型犬である雪花は人化してもでかい。だからと言って、1人で軽自動車サイズのイノシシもどき持ち上げられるなんて思わないじゃないか。

 ついでにわたしが頂いたこの『複製スキル』がどれだけサギな代物だったのかも、理解した。

 だってまさか、道まで作れるなんて。


 いくら荷台に乗せたと言っても、もとよりサイズがサイズだ。獣道を進むのに四苦八苦してる時に、何の気なしに思ったんだ。

 色々あって、たぶんわたしも疲れてたんだろうね。

 せめて麓からうちまで来る程度に幅のある道だったらなー。あの道通って、麓まで獲物運んだり逆に買ったもの運んだりしたよねぇ。宅配もしてもらったし……

 等々考えちゃったわけだよ。

 そしたらさ。

 目の前の道が、いつの間にやらそれなりに均されて幅が広くなってるんだよ。ものすごく見覚えのある道になってるんだよ。

 いやもう焦ったのなんの。荷台押すのも忘れて思わず頭を抱えたね。

 最終的には複製の上書きでなんとかしたんだけど、これは気を付けないといけないな、と心に留めた。








お読みいただきありがとうございます。




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