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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
序章 異世界生活の基礎固め
6/57

魔力とか言われても

 結局、彼らの服はと言えば。

「変化するときに意識していた服装になる?」

「そういうこと。一応、服も彼らの一部ではあるからね」

 ほうほう、なかなか便利だね。あれでも逆に、着替えようと思ったらいちいち変化しないといけないのか……。

「あ、普通に着替えることもできるよ?」

「はい?」

 今、身体の一部って……

「身体の、とは言ってないよ。見た方が早いか。2人とも、ちょっと脱いでごらん」

 待てぃ。

「その言い方ちょっとどころでなくいかがわしい……!」

「いかがわしいって……。ああ、そっか。君、意識としては90歳近いんだっけ」

「……言葉おかしいですかね」

 だとしたら気をつけないと。

「いや、おかしくはないよ。もうかなり今の肉体に引っ張られてるしね。口調とか体の動かし方とか変わってきてるの、自分でも気付いているでしょ?」

「あ、はい。まぁなんとなく?」

 真っ白な世界に放り込まれた時から思うと、ずいぶんと若返った感がある。

「織葉さん」

あるじ

 2人が私を呼んだ。

 振り返ると、2人が着ていた服のベストとジャケットを脱いでいる。

 あ、よかった。上着だけだ。

「僕らは別に全部脱いでも構わないんだけど」

「そうすると主が困るであろうと」

 ……よくできた子たちだこと。

「あ、そうだルチル」

「何だろうか」

 この口調でなぜ執事なんてイメージが付いたんだよわたし。

「主って呼ぶの、やめてくれないかな。最初みたいに名前で呼んでほしい」

 そう言うと、むむ、と眉間に皺が寄った。

「そう言われても、主は主であるし……」

 何やら苦悩するルチルに、あっけらかんと助け舟を出したのは雪花。

「ルチルさん最初『織葉殿』って呼んでたでしょ? それでいいんじゃないの?」

「そうだね。本当は『殿』なんて呼ばれるような人間でもないと思うけど、それまで否定するとルチルのことも否定することになっちゃうし」

 そんなやり取りをするわたし達を、くすくす笑いながらトライン様が見つめている。


 先ほど姿を消したトライン様だけれど、質問途中……というか回答がまだだったことを思い出したので、もう一度来ていただいた。

 ちなみに名前を呼んだのに応えがなかったものだから『この世界中、名前呼びながら歩こうかな』などと考えたら大慌てで戻ってこられたという一幕があった。

 なんでも、さっきみたいな祝福の与え方をしたのは初めてだったとかで、恥ずかしくなったらしい。……そんなもん知らん。

 普通ならそんな脅しを実行するとは思わないけど、相手はわたし。

 行動が読めないこともあって、慌てたんだそうだ。

 トライン様の中のわたしの人物像ってどうなってるんだ。


 閑話休題それはそれとして


「君たちはいい関係を築けそうだね」

「それならいいんですけど」

「僕は元々織葉さんのものだし」

「雪花、その言い方は誤解を招く」

 全くの間違いというわけではないかもしれんが。

「さて、質問はこれでお終いかな?」

「あ、いえ。基本的なことなんですけど」

「どうぞ」

「この近くで買い物できるような所はあるんですか? あったとして、いきなり現れたわたし達が不審がられることはありませんか? あと、わたしはまだここのお金を持ってないんですが、例えば狩った獲物の皮を鞣したものなんかを買い取ってもらうとかできるんですか?」

「……本当に基本的な生活に根差した質問だねぇ」

「できないと困りますし」

「そうだね。これは失念してた私が悪い」

 まあ神様だもの。人の暮らしのことなんて失念もするよね。

「ごめんって。でね、家を出てすぐ左手に川があるんだけど、それ沿いに2日くらい歩いたらホルトっていう街があるんだ。都市というほどじゃないけど、それなりに大きくて冒険者や旅商人なんかの出入りも結構ある街だから、見慣れない人が居ても警戒され難いと思うよ」

 おお、冒険者。

 日本じゃ小説でおなじみの存在だけど、この世界には本物がいるんだねぇ。

「魔物が居るからね。そうそう、動物だけじゃなくて魔物でも皮や角、牙なんかに値段が付くものがあるから、種類や部位を覚えておくといいよ。そういうものの売買を専門にしている店もあるくらいだから、君が言う通り、鞣した皮なんかは十分収入源になりえる。ただねぇ……」

 トライン様は、そこでなぜか言葉を切った。

 雪花とルチルと3人、真顔になる。

「どうしました?」

 イケメンの真顔って迫力ありすぎるんだが。それ×3とか圧が凄いことになってるんだが。

「うーん。君が行くのは、ちょっとどころでない問題があるなと思って……」

 なぜに?

「……織葉殿、今の容姿をお忘れか?」

 え、いやそんなことは……嘘ですすみません忘れてました。

 でも、そんなに問題になる?

「君に男心を理解しろっていう方が無理かなぁ」

「織葉さん、そっち方面鈍いし……痛いよぅ」

 雪花、それはどういう意味かなぁ?

 腿を抓りあげてにっこり笑うと、涙目でルチルを盾にした。

 ふん。

「困ったもんだねぇ……」

 だってほら、実際に手に取って見ながら買いたい物とかあるじゃないさ。

 例えば布。

 色はいっそ染めればいいから生成りでもいいけど、手触りとか厚みとか質感は手に取って見たい。

 というかお買い物って、ふらふらうろうろ見て回るのが楽しいんじゃないか。

 まあでも、仕方ない。

「しばらくはティンとルチルにお使いしてもらうしかないね」

 そのうちどうにかしたいけど、差し迫ってはお願いするしかないだろうな。

 早急に対策を練りたいもんだ。

 ……何はともあれ、最初にすべきは狩りだな。

 食料と売り物確保だ。

「……この世界って、銃弾あるんですよね?」

「どれ?」

 わたしは愛用していた銃を見せる。

 弾が無かったら、女神様がこれ持たせてくれた意味がないぞ。

「本当に猟銃なんだね。ないとは言わないけど、この世界じゃ猟銃ライフルより短銃ピストルの方が一般的かな。しかも実弾よりセットされた魔石に魔力を注いで使うタイプ。……これの弾は残ってるの?」

「あと一箱ですね」

「複製は試してみた?」

 !!!

「……忘れてたね?」

「や、だって複製なんて、今までその概念持ってないんですもん。仕方ないじゃないですか」

 少し呆れたような視線を受けつつ言い訳を口にする。

 と、ついでに思い出したことがあるんだが、これ言ったら本気で呆れられそうだ。

「……えっと、それでですね。複製ってどうやったらいいのかご存知ですか?」

「え?」

 予想に反し、きょとん、と目が丸くなった。

「…………女神様に聞くの忘れてたんです」

 そう言うと、トライン様の口が半開きになった。

 そのまま何か言いたげにぱくぱくと動いたけれど、結局何も言わずに片手で顔を覆ってしまった。肩が震えているところを見るに、笑いをこらえているらしい。

「笑うなら、正直に笑った方が健康にいいですよ」

「……神の健康を心配するなんて君くらいだよ」

 まあそうかもしれないが。

 だってほら、神様がお酒に酔っぱらって云々ってお話が世界各国にあるじゃないか。酔っ払って意識がないところを殺されたとかあれやこれやされちゃったとか。

 それに、女神様。

 和葉のことで力を削られてしまったから、通常時は子どもの姿でいなければいけないって言ってた。人間の虚弱体質とかとはまた違うだろうけど、あれもまた体調不良だと言えるんじゃなかろうか。

 そうじゃなくても、声を出して笑うのは心身共にとてもいい作用があるといわれている。

「なるほど。じゃ、君の前では我慢しないようにしよう」

 そう言うトライン様は、いきなりいい笑顔だ。

「だからっていきなり手放しで解放されても困るんですが」

「えー……。まぁいいや。複製のやり方だったね」

 話、逸らしたな。

 元に戻るんだからいいけどさ。

「じゃあね、まず、複製したいもの目の前に置いて、その形とか質感とかきちんとイメージしてね。このイメージが具体的であればあるほど精巧になっていくよ」

 そう言われて、わたしは猟銃の弾を手に取る。

 結構大きいんだよね。

 わたしは基本的にはイノシシやシカがメインだったけど、時には熊も相手にしなきゃいけなかった。

 熊専用のもの程ではないものの、それなりに重さがあって、その分威力も高い。

 地球での狩りを思い出していると、ふいに、掌が熱くなった。

 そして、ことん、と音を立てて机に転がる銃弾。

「「え?」」

 わたしとトライン様の声が綺麗に重なる。

 わー、意外と簡単……というかなんで?

 わたしが驚くのは当然として、なんでトライン様が驚いてるの。

「うわ、まだ何にも言ってないのに」

「えっと?」

「すごいね。イアルが気に入るはずだ」

「はい?」

「イアルはね、ああ見えて人を見る目はものすごく厳しいんだ。なのに、君にはベタ惚れと言ってもいいくらいの執着を見せた。正直ちょっと不思議だったんだけどね……」

 合点がいった、と一人で納得してますが。それ説明になってませんからね。キリキリ説明してください。

「まぁ先にやり方の説明済ませちゃおうか。物のイメージが完成したら、次にそれが2つに分かれるようにイメージする。成功すると、増えた分が今みたいに出現するんだ。失敗しても、複製の元になったものは消えないから大丈夫だよ」

「制限があるって聞きましたけど、それは?」

「複製できない物があるってことを言ったのかな。できないのは、まず生き物。それから金銭、宝石等資産になり得る物。……ぱっと思いつくのはそれくらいかな。他にもあるかもしれないけど、複製できない物だったらイメージを練ることができないから、すぐわかると思う」

「イメージを練る?」

 目の前にあってもダメなんだろうか。

「あのね、複製しようとして意識を集中した途端に、輪郭とかそういったものが全部ぼやけちゃうんだ。やった方がわかりやすいかな。……コレ、さっきみたいにしてごらん?」

 そう言って、トライン様は耳飾りの1つを外して、私の手のひらに置いた。

 わ、中で光がゆらゆら動いてる。オパールみたいですごく綺麗。

 ああ、でも本当だ。

 見てるだけなら細かいところまで見えるのに、複製を意識した瞬間に色くらいしか認識できなくなるし、じっくり見てたはずなのに形すら思い出せない。

「ものすごくよくわかりました」

「でしょ? 百聞は一見に如かず、って言うんだっけ」

「そうですね。本当にその通りです」

 そう言いながら、わたしの目はトライン様に吸い寄せられていた。

 耳飾りを着け直す、その仕草があまりにも色っぽくて綺麗で……男性にもそういう表現ができるものなんだ。

「どうしたの?」

 その声に、はっと我に返る。

 わたし、今何考えてた……?!

「や、不思議だなと思って……」

 うん、これも嘘じゃない。

「そうでしょ。だから、すぐにわかるはずだよ。でね、イアルなんだけど」

「あ、はい」

「君さ、『余計な能力(チート)なんかいらない』って言ったらしいね」

「は? あー、ええまあ」

 なぜそこ?

「さっきも言ったけれど、身の丈に合ったものだけを選び取る姿勢も、自分の手で切り開こうとする意志も、私達のようなものからすれば、とても好ましいものなんだ。何でも手に入るはずの所で君は、この世界で生きていく為に最低限必要なもの以外を欲しがらなかった。まあ複製はともかく、それだって現存する物でないと作り出せないんだから、万能とは言えない」

「……はぁ」

 わたしにとって、それは至極当然の話だった。

 何もかもが不足している世の中に生まれ育ったわたしは、『無いなら作る、それができないなら不相応なもの』という認識で生きてきた。

 父は戦争から帰ってこなくて、母も心労のせいか床に伏しがちになって、わたしとすぐ下の弟が一家を支えていたのだから。

 それに加えて、近年子ども達に借りた小説や漫画の主人公たちは、強大な能力を授かっても、その力に振り回されたり制御にものすごく苦労したり、はたまた望まない権力に巻き込まれたり。逆になんでも望み通りになるような人生を送ったり。

 だからあの時のわたしは、そんな苦労だらけの人生はもうごめんだし、かといって望んだものが簡単に手に入るような人生も楽しくないと思ったのだ。

「その存在が既に諸々超越してる場合はどうしようもないけどね」

「は?」

「私の目には、とても純度の高い魔力が君を覆っているのが見える。それにさっきは私がまだ何も言わないうちに複製を完成させたし、イアルの家では初めて目にするはずの魔道具を一瞬で使いこなしたそうだね。高い制御能力が備わっている証拠だよ。だけどそれはおそらく、君が生まれつき持っていたものを君自身が磨き上げたものだ。私もイアルも、そんなものを与えた覚えはない」

 そう言われましてもね。

 あの世界に魔力なんて無かったんだから、使い方を知っているはずがない。

 物語のように「ステータス」と言えば能力が見える、ってこともないんだから、わかるわけもない。

「細かい数値がわかるわけじゃないけどね、強い弱いを感じることは可能だよ。それに、視覚情報は嘘を吐かない。私から見ると、君の体はとても綺麗な光に覆われているんだ」

 穏やかな目でわたしを見るトライン様。

 その視線を受けて、わたしは自分の手を見下ろした。

 見慣れた肉刺まめや傷跡だらけのしわしわな手とは似ても似つかない、白くて綺麗な手。だけど、そこに何かが見えるわけじゃない。

「自分では何も見えないのに」

「仮にも神なんだから、私達だけにできることが少しくらいはないとね。まあ、稀にそういうのを見たり感じたりできる者も居るんだけど。人間ヒューマンに限らずね」

「ヒューマン?」

 わざわざそう言うということは、他の種族が居るということよね。

 ベタなところでエルフとかドワーフとか?

「ハーフリングや獣人も居るね。だけど残念なことに、そういう目を持つものが全て善なるものとは限らない」

「……まあ、そう、でしょうね」

「だから余計に、君が外に出るときには注意が必要になる。この家にいる限りは、私とイアルの力で覆い隠しておけるけど、君はおとなしく守られているだけじゃ満足しないでしょ?」

 そりゃそうだ。

 引き篭もるんだったら何も異世界くんだりまでやって来て人生やり直したりしない。

「君のように大地に足を着けて生きる者を、私達は本当に愛しているんだよ」

 慈しむ眼差しで、詠うように『愛している』と言われて、心臓が跳ねた。

 ……違う。落ち着け。神様の愛は『博愛』だ。どきりとするのは、そう、そんな言葉を言われ慣れてないからだ。

 わたしは考え込む振りで目を伏せた。

 ──3人が見つめていることには気付かずに。





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