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超能力なんていりませんよ?
かくて、わたしの未来は決まった。
行先はトロイメライという世界。
『夢想』を意味する名前が気に入って、ほぼそれだけの理由で決めた。2回目の人生なんて所詮夢幻のようなものだから。
そこは、いわゆる『剣と魔法の世界』。
科学の代わりに魔法や魔術が発展し、電気やガスの代わりに魔石というものがあり、生活のあちこちに魔石を用いた魔道具というものが使われているとのこと。
ちなみにその魔道具、使うにも魔力が必要らしく、さすがにそれを使えないとなると困るというか、生活できないこと請け合いなので、ごく一般人程度に使えるようにはしてもらう。
あと何をするにも必要な言語関係、通貨や時間の単位とその数え方。
通貨や時間の感覚は、こちらとほぼ変わらない模様。
銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、白金貨の順で、それぞれ10円、100円、1000円、10,000円、100万円。当然ながら、白金貨なんぞ、普通の生活でお目にかかる機会はない。
時間は24時間であることは変わらないながら、2時間で1刻と刻むらしく、1日は12刻。
わかりやすくて、とても助かる。
願ったのは、それだけ。
大層なチカラもスキルもいらない。
わたしには、今までに培った知識と技術がある。ここに似た世界だというのならば、全く通用しないなんてことはないはず。
だから、普通に暮らしていけるだけの能力があればいい。
手放せないものがあったら、持って行っていいと言われたけど、そこまで思い入れのある物っていうのも、実はあんまりない。
手足といってもいいほどに馴染んだ猟銃2丁と、父の形見の懐中時計。それから、手放せないというわけではないが、肌のように馴染んだシャツとベストとデニムパンツ。つまりは仕事着。
「ホントに無欲ね」
「人並みにはあると思いますよ。でも、別に何かさせられるってんじゃなくて、人生やり直すだけなんだし、分不相応なモノ持ってもなぁ、とか思うわけです。これが『勇者となって魔王を倒せ』とか言われたんだったら、思いつく限りのもの寄越せって言うでしょうけど」
「ふふ。魔王は倒さなくていいけど、魔物は倒さないといけないわよ?」
「それ初耳ですけど」
「言ってなかったかしら」
「聞いてません」
などと話していると、足元でルチルがため息を吐いた。
君付けはやめろと言われたので呼び捨てだ。
「……よくこんな世界を受け入れたものだな。我には無理だ」
「無理なら来なくていいけど?」
「そういう意味ではない。大多数の日本人は、戦闘だの争いだのを避ける傾向にあるではないか。それなのに、いきなり戦闘が日常茶飯事の世界でも行けると考えられる所が受け入れ難いと言っているのだ」
「ああ。だってわたし猟師だったから」
争いごとというか戦闘というか、それが仕事だったもの。
「……そういえばそうであったか」
「雪花、織葉さんと一緒に猟に出るの楽しかったんだって。また行けるね!」
「そだね」
もしかすると、猟じゃなくて、退治って言った方がいいのかもしれないけどね。
「ねぇ織葉。私も不思議なんだけど」
「はい?」
私も女神様にさま付けはやめてもらった。
だってどう考えたってわたしよりずっと上位の存在だ。
いくら向こうに責があるとはいえ、いつまでも敬称つけて呼ばれるなんて落ち着かない。しかもこれから色々授けてもらうんだし。
「戦闘云々の話はともかくとして、剣と魔法の世界なんて、貴女の齢で受け入れられるものなの?」
「なんか微妙にディスられた気がしますが……。まあ、ちびどもの影響ですね」
「そういうつもりはなかったんだけど。子はいなかったわよね?」
「わかってます。ちびどもというのは、近くに住んでる子供たちですよ。わたしの家は、ほどほどに山の中なので、冒険にちょうどいいらしくて。家にいる間は適当に相手してやるからか、妙に懐かれるんですよ。まぁ、成長すれば来なくなるんですが」
入れ替わり立ち替わり、世代交代をしつつ、常に小学校の半ばから中学にかけてくらいの子ども達が遊びに来ていた。
危ないから、猟銃は鍵のかかる部屋に置いていたし、どんなにせがまれても、私が持ってるのを見せるだけで、絶対に触らせはしなかったし、当然、弾を込めたこともない。
それでも本物の銃を見るのは楽しかったのか、やって来るやんちゃ坊主たちは、目をキラッキラさせて眺めていた。
そんな子ども達から貸し出された、いわゆるライトノベルというものや漫画なんかをそれなりに読んでいたのだ。なかなか面白かった。
「なるほど。貴女が妙に呑み込みが早いのは、その影響もあるのかしらね」
「否定はできませんね」
まぁ、この性格も大いに関係してそうだけど。
輪廻の輪を作る関係もあって、向こうの神様と打ち合わせをしなければいけないという女神様は
「お茶でも飲んで寛いでてちょうだいな。操作に慣れておくといいわ」
と言いおいて、消えてしまった。
文字通り、ドロン、と。
そして、どうやら設備をあちら仕様にしてくれたようだ。
だってなんかボタンみたいなのが壁とかに埋め込まれてるし、ご丁寧に『取り扱い説明書』まで置いてあるし。
取説って今作ったんだろうか。
いや確かに助かるけども。
んーと?
まずこのいくつか転がしてあるこれが魔晶石、と。色のついた水晶のカケラみたいで綺麗だな。
青いのが水、赤いのが火、黄色いのは……電気? あれ、電気がないから魔法なんじゃなかったか?
「電気、ではなく雷ではないか」
「かみなり?」
「電気として使用するならば、諸々を常に安定させなければならぬ。そのような高度な制御は無理なのだと思われる」
「なるほど……」
「それって、投げつけて攻撃に使う、とかかな?」
「ああ、スタンガン的な?」
「どう使うのかは、後で聞くなり、あちらで確かめれば良いのでは」
「それもそうか」
設備については、この壁に埋め込まれてる魔晶石に触れると使用できるらしい。
ではでは、まずはお茶など沸かしてみますかね。
お、赤と青の同時起動でお湯が出るのか。
「……ティン、我の記憶に間違いがなければ、これは魔力の制御が必要だと思うのだが」
「ルチルさんごめん、僕わからない」
うん?
「ルチル、なんか問題あるの?」
「問題があるわけではない。魔法を使ったこともなく、ましてや魔道具など、存在すら知らなかったであろうモノを、初手から失敗することなく、普通に使いこなす織葉殿に驚いているだけだ」
「……一応聞くけど、褒めてる?」
「無論だ。他にどう聞こえるというのだ?」
「いや、言葉はともかく表情と声が」
褒めてない。
「我の表情などわからぬだろう」
何しろ黒猫だ。雪花ほどのわかりやすさはない。
だけど、なぜか、わかるんだからしょうがない。
「褒めてるというより、呆れてるに近かったような気がする」
「……外れてはおらんな」
「ほらやっぱり」
けらけらと笑いながらお茶の用意をしていく。
それにしても、このお茶のコレクション、なかなか見事なものがあるんだけど、一周回って何を淹れればいいのかわからない。
「古今東西、世界各国の茶葉を集めてこられる故、増える一方だ」
「なるほど」
「なんの話ー?」
突然後ろに出現した気配に、わたしもルチルもびくっと硬直する。
ルチル、尻尾膨らんでるし。
「お、おかえりなさい女神様。お茶のコレクションが素敵だなって言ってたんです」
「そうでしょう! この空間だと、劣化させないでいることが可能だから、色々なお茶が揃ってるのよ。気に入ったのは複製できちゃうから、増えはしてもあんまり減らないのが悩みの種かしら」
ん?
「複製……?」
「ええ。うーんと、そうねぇ……。色々と制約はあるけど、中身まで完全に写せる3Dコピーだと思ってもらえればいいかしら」
「……女神様」
「あ、欲しい?」
「ハイ」
だってそうでしょう。
お金とか資産になりそうなモノを増やすのはしないけど、例えば布の類。
……食料は、割と何とかなるのだ。味に目を瞑れば。あと、毒でさえなければ。
だけど、布を一から自分で作るのは、かなり無理がある。それを、1反でも手に入れることができれば、そしてそれを複製できれば、基本的な布の心配をしなくていい。
たかが布されど布。
服も布団も、究極のところ、靴だって布でできたりする。
それから弾丸。
あちらの世界に、猟銃があるのかはわからないし、あったとしても、私の銃に合うかはわからない。
生計を立てる一環として、猟を組み込んでいる以上、弾がないとなれば早々に詰みだ。
「……そうね、いいわよ。貴女が初めて自分から欲しいって言ったモノだし、私しか持っていないようなモノでもなし。リミッターはあるから、悪用の恐れもなし。もっとも、するなんて思ってもいないけれど」
「ありがとうございます」
良かった。気付いてなかった不安要素が、1つ消えた。
他に無いといいんだけど……
そしてとうとう、出発の時が来た。
女神様も、今は幼児ではなく本来の姿を取っていらっしゃる。
「織葉、本当にごめんなさいね。貴女の第2の人生に幸多からんことを」
ぎゅっと手を握られ、額に口づけを受けた。
ふわりとした、なにか温かなものに包みこまれる。
「女神様から直接祝福をいただけるなんて、最強のお守りですね」
にこりと笑って、女神様の隣で待ってくださっていたトロイメライの神様に頭を下げた。
「お待たせいたしました。どうぞよろしくお願いいたします」
見上げるわたしの顔を、正面から見たあちらの神様は、なぜか一瞬目を瞠り、息を呑んだ。
隣に立つ女神様が、意味ありげに含み笑いを溢す。
「……なにか?」
「なんでもないわ」
「そうだね、なんでもないよ。気にしないで。……私の世界に来るんだから、君は今から私の子も同然だ。遠慮は無しだよ」
そう言って、かの神様もまた私の額に口づけた。
瞬間。
ぶわ、と全身が総毛立つ。
何?! 女神様からの時はこんなんじゃなかったよ?!
鳥肌の立つ腕を撫で摩っていると、
「あれ? なんで?」
「ちょっと! 何てことしてくれるのよ!!」
女神様が柳眉を逆立てて、きょとんとする神様に詰め寄っていた。
うわぁ、美男美女の並び立つ姿って眼福。
たとえ女神様に胸倉掴まれていようとも、気にしてはいけない。
半泣きの女神様を何とか宥めようとしているのだろう、神様の困った顔がちょっと可愛いかもとか思うのは、気のせいに違いない。
現実逃避を続ける私を置き去りに、二柱の神様は話を進めている。
「だからごめんって。大丈夫だよ、ちゃんと護るから」
「本当でしょうね」
「向こうで私の加護を改めて彼女に与えるよ。それなら安心できるでしょ」
「そう、ね……。彼女はもう、ここにはいられないのだし。……どうか、どうか織葉をお願いね」
「承った。……大丈夫、彼女はちゃんと、生きていけるから」
「ええ。それは私もわかっているわ」
一瞬俯いた女神様は、何かを振り払うようにわたしを見つめ、にっこりと笑顔を浮かべた。
「さようなら織葉。どうか元気で」
「はい。色々ありがとうございました。女神様も、どうぞお元気で。早くお力が戻られるようお祈りいたします」
「ええ、ありがとう」
そっと下がった女神様と入れ替わるように、トロイメライの神様がわたしの前に立った。
ルチルを雪花の背中に乗せ、わたしはその雪花の首元に手を置く。
「さぁ、行こう」
神様に手を取られた途端、わたしの視界は闇に呑まれた。
お読みいただきありがとうございます。




