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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
第1章 異世界生活始まるよ?たぶん
21/57

離れて気付く物思い Side R

ルチルさんめっちゃガンバりました!




 最初に人化した場所まで戻り、一度本性に戻ってみる。鞄がどうなるか確認しておかなければいけないことをすっかり忘れていた。

 そして。

「これはどういうことだ」

 猫の姿の我の背中に、鞄が装着されている。

 この形は、そう。

 大型の犬が散歩のときにリュックを背負っているのを見たことがある。アレだ。もしくは山岳救助犬。

 いや、そうではなく。

 鞄の形状やサイズが変わっているのだが。装着している場所も当然違うのだが。

「便利にもほどがあるだろう……」

 ともあれ、これで色々解決する。情報だけでなく現物を持ち帰ることができるのだ。織葉殿がどれだけ喜ぶだろう。

 逸る気持ちを押さえながら、露店を巡る。先刻、欲しい物毎に店の目星をつけていたので、迷うことはない。

 水袋に先程飲んだ酒とそれに近い匂いの酒精のない物をそれぞれ詰めてもらった。

 本来ならば重量的に一番最後に回さねばならぬはずのそれも、鞄の質量制限にかかるまでは重量すら無視してくれる。おかげで買い物の順番など考えずともいいのが非常に助かる。寧ろ重いものを先に入れておく方がいいかもしれんな。

 次に調味料や香辛料を少しずつ、正確には5ルーネ分ずつ購入する。物の価値を知るにはこの方法がわかりやすいと織葉殿が教えてくれた。

 海が遠いからか、塩が高い。比較的多く出回っているのはピンク色の岩塩だが、それでも決して安くはない。砂糖の精製度合いは低く、黒砂糖とまではいかないものの、かなり色が濃い。それでも塊でないだけまだましなのかもしれない。

 ……ここでジャスパーのくれた布袋が恐ろしく役に立った。感謝だ。

 香草類は数種類出回っているが、胡椒が見当たらない。尋ねてみると、胡椒は高級品で王都並みの大きな街にしかないとのこと。お陰でまた貴族と間違われた。

 日持ちしそうな野菜や果物をこれまた少しずつ買いながら、種や苗を売っていないのかを聞いてみるが、露店で売るような品ではないと言う。だが、街外れの農場なら売ってくれるのではないかと教えてくれた。方角としてはここからだと布屋の更に向こうのようだ。


 市で思いつく物は一通り買ったと思うが、次の鐘はまだ鳴っていない。

 先に種を分けてもらえないか聞きに行こう。時間が惜しい。速足で街を抜けていく。

 早く帰りたい。けれど少しでも織葉殿に喜んでもらいたい。

 この世界に来てから……いや、違うな。我があの方と出逢ってから今まで、晴れやかに笑った顔など数えるほどしか見ていない。だから、荷物これを見て笑ってくれればいい。

 そんなことを思いながら進んでいると、目の前が一気に開けた。青々と草のそよぐ様が、どこか懐かしさを誘う。織葉殿なら、この風景もまた喜ぶのだろう。

 柵に沿って建物の方へ回り込むと、人が出てくるのが見えた。

「失礼、ここの方だろうか」

「誰だあんた」

「最近この街に来た者で、ルチルと言う。露店で種や苗を売っていないか尋ねたら、こちらなら売ってくれるかもしれぬと教えられた」

「はぁ。なんでわざわざ種?」

「主が欲しがっている」

 ただでさえ訝しげな顔をしていた青年の眉間に皺が寄った。

「お貴族様のお眼鏡にかなうようなモンはねぇよ」

 ……言い方が悪かったか。

「主は貴族ではない。住むのが街中でない故、自分達が食べる物を作りたいが為に分けてもらえればと思ったのだが」

 そう言うと、青年の目がきょとんと丸くなった。

「あんたみたいなのが仕えてるのに、お貴族様じゃないのかよ」

「違う。どちらかと言えば豪快に平民だ」

「なんだそりゃ」

 ぷっと吹き出したその顔は、一気に幼く見えた。

「何が欲しいんだ?」

「いいのか?」

「分けて欲しくて来たんだろ? 街で売るって言うんなら困るけど、自分らが食べるって言うなら分けてやらない理由がない」

「感謝する。それなら葉物野菜をいくつか分けて貰えるだろうか。帰るまでに悪くなってしまいそうで、買うのを躊躇ってしまってな。我に種類はわからぬ故、そちらにお任せする」

「悪くなるって、どんな僻地に住んでんだよ」

 呆れたような視線に苦笑を返す。よもや不帰の森に住んでいるとは思わぬであろうな。

「まぁ、こんなところまでわざわざ来るんだから、なんかあんだろうけどさ」

 何かを察したらしい青年が肩をすくめた。

「じゃあ、葉物の種5種類とうまくいくかわかんねぇけど実物の種2種類。あと果物って好きか?」

「主は好きだと思う」

「なら、これ挿し木用に作ってたやつ1本持ってけ」

「いいのか?」

「実物と果樹はうまくいくかわかんねぇからな? 保証しねぇからな?」

「わかった」

 ……()()織葉殿にかかれば失敗などないだろうが。

「いくら払えばいい?」

「あー……っと、考えてなかったな。いらねえって……」

「それは駄目だ」

「だよなぁ、言うと思った。じゃあ、1ステラでいい」

「いいのか?」

「種なんてそんなもんだ。うまく育ったら感想聞かせてくれ」

「わかった。……ええと」

「カルだ」

「カル、感謝する。次は連れと共に来る故、よろしく頼む」

「俺も楽しみにしてるよ」

 にやっと笑いながら差し出された手を、一瞬見つめてから恐る恐る握る。握手を求められたのなど初めてだ。

 日に焼けた大きな手。それはしっかりと硬い手のひらをした、働く者の手だった。


 農場を出たところで、鐘の音が聞こえた。

 丁度いい。戻りがけに布屋へ寄れば、そのまま帰られる。

 駆け足で街中へ戻り店の扉を押し開けると、数種類の反物が積んであるカウンターに店主が凭れていた。

「おかえりなさい」

「待たせてしまっただろうか」

「いいえ、大丈夫。聞き忘れてたんだけど、主様の身長ってどれくらいなの?」

「身長……」

 人化して隣に立つということはあまりなかったのだが、ちょうど我の顎が乗るくらいだったはず。

 そのような無礼、何があっても絶対にしないが。

「これくらい……だろうか」

 自分の顎下くらいの高さに手をやると、彼女の目が丸くなった。

「ずいぶん小さいのね」

「小柄な方だと言っただろう」

「まぁ、確かに……。じゃ、ちょっとだけ待っててね。長さ決められなくて」

「やはり待たせたのではないか」

「代わりにリボンとか色々楽しく選んでたから大丈夫」

 そう言いながら、迷いのない手捌きで反物から切り分けていく。

 ……織葉殿といい彼女といい、なぜこんなにも鮮やかに細やかに手が動くのだろう。

 さっきのカルのような、いかにも働く者の手というわけではない。寧ろ繊細で華奢な手と言える。なのに動く様は、明らかに働く者のそれだ。

 あっという間に切り分けられた布は、これまたあっという間に畳まれ積まれ、何色かの色糸やリボンと共に別の布で包まれてしまった。

「はい! 締めて10ステラよ」

「……本当に?」

 じっとりと見つめると、微かに目が泳いだのがわかった。

「正確には?」

「いやいや10ステラだってば」

「目が泳いだ」

「いやいや気のせいだから」

 ふるふると首を振る彼女に、ならばと責める方向を変えてみる。

「何を企んでる」

 ぴくっ、と僅かに体が跳ねた。

 やはりな。

「で?」

「企んでるなんて程じゃないわよぅ」

「ならば言えるであろう」

「~~~っ」

 上目遣いなどしても無駄だ。

 腕を組んでじっと見つめると、観念したように口を開いた。

「んもー。貴方のせいなんだからね」

 は?

「我のせいだと?」

「だって貴方ものすごく無表情なのに、主様のこと考えただけで蕩けそうな目したんだもの。その主様に興味持っても仕方ないじゃない。だから次来るときに一緒に来て貰えないかなーって」

「我の一存で約束など出来ぬ」

「努力目標でもいいわよ」

「出来ぬ。そもそも主を連れてきてどうするのだ」

「そりゃもう、服を作るに決まってるじゃない」

「……主は自分で服を作ると言っていたが」

「ドレス作れるの?」

「そこまでは知らぬ」

「でしょ? 私こう見えても腕がいいって有名なんだから」

「…………」

「あ、なにその目。ホントよ? 疑うならそこらで仕立て屋シリシャって聞いてみるといいわ」

 そこまで言うのなら、嘘ではなかろう。

「だが、約束はできぬ」

「貴方本当に固いわね」

「性分だ」

「わかったわ。じゃあ15ステラ貰う。だけど、主様に聞くだけ聞いてみて。お願い」

 ……それでもまだ安いような気がしないでもないのだが、これ以上は譲らなさそうだ。

 織葉殿に提案をする、その対価だと言うのであれば、たとえ払おうとしても受け取ってもらえぬだろう。

 それに、真剣な眼差しによこしまなものは感じられない。純粋な興味と、職人の欲が満ちている。

 その目は、どこか織葉殿に似ていた。

 こちらに渡って来て、肉だの魚だのの下処理をしながら何を作るか考えていた時の目。楽しみで仕方がないという、ある意味子どものように煌めいていた瞳。

「……わかった」

「ありがとう!」

「シリシャと言ったか。礼を言うのは早いだろう」

「伝えてくれることに対してのお礼だもの。早くないわ」

 やはりか。

「我が伝えなければどうする」

「それは絶対にないわ。口約束すらできないって言った人だもの」

 くす、と笑う彼女に渋面を返し、布の包みを受け取った。

「またのお越しを」

 優雅な礼に送られ、どこか釈然としない物を抱えながら店を後にする。

 まぁ、いい。これで今回の目的はすべてこなせたはずだ。予想よりもずっと多くの成果を上げて。


 帰ろう。

 早く、あの場所に帰りたい。

 ティンや神と馬鹿馬鹿しい話がしたい。

 織葉殿の柔らかな手で触れて欲しい。

 ああそうか。

 離れてみてわかった。

 我がこの世界に渡ったのは……。


 街を出て、人化したまま街道沿いにしばらく歩く。

 流石に鞄を背負った猫が人目に触れるのは不味かろうが、だからといって夜になるまで待つという選択肢もまた存在しなかった。

 川に行き当たった所で、一息つくふりをしながら街道の前後を窺うと、うまい具合に人通りが途絶えている。

 森に分け入り川を遡ると、街道が完全に見えなくなったところで人化を解いた。

 ……やはり猫の姿で鞄を背負うというのは微妙に落ち着かない。だからと言って、圧倒的に機動力に劣る人の姿で進むなどありえない。

 鞄を落ち着かせるようにその場で飛び跳ねると、そのまま走り出した。

 森に入ってしまえば、もうわかる。いくら距離があろうとも、主の気配は違えようがない。


 途中で休息を入れながら考える。

 今回はほんの偵察だけのつもりだったのに、思わぬ縁がいくつもできた。

 ポウ、バーナ、ジャスパー、シリシャ、カル。

 悪いことではない。むしろこれから暮らしていくならば必須ともいえる。

 だが、初回でいきなりこれだけの繋がりができたのは、おそらく織葉殿の影響だろう。あの方の幸運値はいったいどうなっているのか。

 もっとも、あの方の場合は向こうの世界で一生分の不幸を使い果たしたような気もするし、こちらに来てからも消えかけたりこの世界に結び付けられたりとある意味不幸続きだっ……。

 うん?

 ()()()()()()()()()()

 世界そのものと同化したも同然の織葉殿。我とティンはその力を受ける眷属。

 では……?

 ああ、わからなくなった。今、何か思いつきかけたのに。

 帰ったら、皆に聞いてもらおう。そして共に考えよう。


 もう1日も駆ければ帰りつく。

 あと、もう少し―――







ところで帰り着いた後 ──


ルチル「ただいま帰……」

 織葉「きゃーーー! ナニコレ鞄しょって可愛いーーーっ!!」(ぎゅむ)

ルチル「・・・」(キュゥ)

ティン「織葉さん! ルチルさん胸に埋まってる! ぐったりしてる!」

 織葉「ぎゃっ?! ごめんルチル! でも可愛い!」

ティン(タガ外れてるね……)「とりあえず休ませてあげようよ」

 織葉「そ、そうだね。起きたらいっぱい話きかなきゃね!」


という一幕がありましたとさ。

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