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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
序章 異世界生活の基礎固め
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10/59

もふもふは正義

 崩れ落ちたトライン様の腕から抜け出し、ちゃっちゃと準備にかかる。

 えーと包丁とまな板は台所にあった。……塩漬け用の樽は、大小で創り出すか。

「処理って、何するの?」

 立ち直ったらしいトライン様は興味津々という顔で覗き込んでくる。

「魚は内臓出して開きにして干物にします。肉はブロックに切り分けて塩漬け。燻製にもしたかったけど、それはまた今度でいいです。一番の問題は皮なんですよね……。もう洗っちゃったし、柿渋鞣しにしようと思ってたけど、ひとまず塩漬け保存でいける……?」

「鞣す? って、それは時間がかかるものなの?」

「まぁ、それなりに。柿渋液に漬けて揉んで台に張り付けて乾かして…って工程がありますし」

 顎に手を当てて考えていると、ティンがこちらを振り返った。

「織葉さん、このおっきいのとこっちのちっさいのも開いちゃう?」

 大きいのは、サバくらい。でも中身がサケっぽい。

 小さいのはイワシやワカサギくらいのサイズ。

 雪花がわたしの仕事をよく見ていたから、という理由で、ティンは魚を捌いてくれている。さっきイノシシモドキを解体した時もずいぶん役に立ってくれた。

 ちなみに、几帳面そうなルチルには、その肉と塩とを交互に樽の中に詰め込む作業をしてもらっている。

「ああ、それだけ大きいんだったら三枚におろして切り身にしておいてくれる? 小さいのは内臓だけ抜いて丸干しにするから除けといて」

「はあい」

 今回は作業道具も容器もとりあえずで創っちゃったけど、そのうちこちらの物を確認しないと。

 同じ物があるなら話は別だけど、そうじゃないなら、この世界に無い物をいつまでも使うのは、ね。

「今日中にできるようなものならまだしも、日数かかるのは流石になぁ……」

「……それはここじゃなきゃできないもの?」

「んー……。干物は日陰で風通しのいいところなら放置であまり問題ないので、台所の隅っこにでも吊っとけばいいんですけど、燻製は放置するわけにいきませんし、煙が出ますから、屋内でするものでもありませんね。鞣すのは状態見ながら工程を進めていくので、これまた放置できない上にそれなりに臭いがしますし」

 まあ、考えてる間に手を動かそう。

 腕まくりをして、小魚の内臓抜きを始める。流石釣りたて。指だけで腹が開ける。

 えらの部分から親指を入れて首を上下に折り分け、そのまま喉元に親指を入れて腹まで走らせる。変に刃物を使うよりも、内臓を傷つけ難いから臭みが出ない。

 腹を開いて内臓を水で洗い流し、塩をして板に並べる。


 仕事を終えて手を洗っていると

「すごいね。魔法みたいだ」

 なんて、ものすごく感心したようなトライン様の声。

「本物の魔法使いが何言ってるんですか」

「魔法使いではないけど、魔法よりもすごいと思う」

 そういや神様だった。

「そうですかね?」

「だって魔法は発動したら、効果はともかく結果は決まってる。キャンセルされたり暴発したりとかは例外ね。だけど君のこれは、指先だけが結果を知ってる」

「うーん、そうなんですかねぇ」

 こちらとしては日々当たり前の作業としてやってきただけに、そこまで感心されると、逆にむず痒い。

「織葉殿、これでいいか?」

「ちょっと待ってね」

 ……立ち上がる時に膝に手を突くのとか、もう癖なんだろうなぁ。別に腰が痛いってわけでもないんだし。

「どれ。……うん、流石だね。初めてでここまできっちり詰められるなんて、すごいよ」

「できているか?」

「完璧」

「よかった」

 ……おや、笑った。

 口元が緩んだだけと言えばそうだけど、それでもそれは笑顔と言えるものだった。

「ルチルが笑ったの、初めて見たかも」

「……我とて、笑うことくらいある」

「あは、ごめんごめん」

 頭を撫でようとしたけれど、何しろ大人と子どもほどの身長差。手が届くはずもない。

 ちくしょぅ!

 みんなしてなんでこんなにでかいのよ! ルチルなんて3人の中じゃ1番小柄なのに!

「何をなさろうと?」

「頭撫でようとしたんだけど」

「……我は幼子ではない」

 うーん。

 それを言われてしまうと、反論の余地がなくなるなぁ。

「織葉さーん。捌くの終わったけど、これどうするのー?」

「はいはいちょっと待ってね。……ん、自分でやるのは初めてなのに、綺麗にできてるね」

 そう言うと、ティンはにっこり笑って頭を差し出してきた。

 ……撫でろ、と?

 ならば、と遠慮なく両手を髪に突っ込んで、わしゃわしゃと撫でくり回す。雪花の首周りにいつもしていたように。

 おお、ふわふわだ。

 人になったら癖っ毛だからかな。

「わわ、織葉さん!」

「なんだい。雪花を褒めるって言ったらこれだろう」

「犬の時ならいいけど、人の時はやめてよぅ」

 くしゃくしゃになる。と言って、へにょりと眉を下げる。

 そう文句を言いながらも、手櫛で髪を整えるその顔は笑っていた。

 ああ、本当にこの子は雪花なんだなぁ。

 こういう表情はそっくりそのままだ。

 ふと視線を感じたような気がして振り返ると、ルチルとトライン様がなぜかこっちを見ていた。

「ん?」

「織葉殿」

 つつつ、とルチルが寄ってきたかと思うと、ちょっと体を傾げるようにして、頭の位置を下げた。

 ……おい、さっきのセリフどこ行った。

 まぁいいけどさ。

 ただし、流石にティンと同じ扱いはできない。

 天使の輪っかが輝く漆黒の髪を、指で梳くようにしながら撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めるルチルが、なんだか可愛い。

「ティンが喜ぶのも理解できる」

「でしょー?」

「そんなもの?」

「「そうだ」よー」

 そんなにハモらなくても。

「でも、どうせ撫でるならもふもふしたい」

「あはは! 毎回こんな風にされるなら、僕もその方がいいかも」

「「もふもふ?」」

「こういうことー」

 言うが早いか、ティンは雪花の姿に変化して、わたしの頬をぺろりと舐めた。

「わーい、もふもふっ」

 わたしも遠慮なく体全体で首っ玉にかじりつき、首周りのもふもふを堪能する。

 元々大型犬だったけど、こっちに来てさらに骨格がしっかりしたっぽい。雄になったからかな。ああなんて抱き着き甲斐のある体!

 それに、前の雪花の毛もすべすべで気持ちよかったけど、今は今で、ふわっふわのもっふもふで気持ちいい。

「いいもふもふだよね」

「元々の雪花の毛並みがよかったからだよ。毛足が長くなっただけだもん」

「ほー。またブラッシングしないとだねぇ」

「嬉しいな。それって気持ちいいんでしょ?」

「少なくとも雪花はものすごく好きだったね」

 ……その時のわたしは、全く気付いてなかった。

 そんな話をしながら、雪花がわたしの背後に立つ2人に勝ち誇るような視線を向けていただなんて。

 ややあって

「と言うことは、織葉殿は獣姿の方がよいということか?」

 とルチルが聞いてきた。

「や、そうとも言い切れないんだけど……。撫でるのは、撫でやすいよね」

「なるほど」

 そう言うと、しゅるん、と黒猫に戻った。

 だからあんた、さっき撫でられるの嫌がってなかったっけ?

「ティンがあまりに気持ちよさそうだからだ」

「僕のせいなのそれ」

 いいけどね。

 ……わぁお、ルチルはルチルでいい手触り。ベルベットみたい。

 何だっけ、ロシアンブルーってこんな感じよね。黒いからロシアンブラック? まあ何でもいいや。

 ルチルはルチルだ。

「ルチルもいいもふもふだね」

「気に入ってもらえたか?」

「うん。ベルベットみたい」

「……我は絨毯ではない」

「カーテンとかもあるよね」

「……ぬ」

「雪花、『とか』って言うならリボンとかドレスとかあるでしょ」

「はぁーい」

 ……ええと、そろそろ、無言の圧力が重いなぁー。

 そろーり、と振り返る。

「トライン様?」

「ずるい」

「はい?」

「私だってそんな風にしてもらいたい」

「はい?!」

 びっくりしたあまりに硬直してしまったわたしの背後では、2匹が勝ち誇ったようにトライン様を見ていたらしい。

 もちろんわたしは気付くわけもなかったのだけど。

「ええと……。このもふもふなでなでは、お手伝いに対するお礼と言うかご褒美と言うかでして……」

「僕にとってはご褒美以外何物でもないけどね!」

「初めてだったが、我もそう思う」

「ええと、らしいんですけど……」

 拗ねたような顔でこちらを見ていたトライン様は何を思ったのか、しゃがみ込んでいたわたしをひょいと抱き上げた。

 ……子ども抱っこで。

「わ?!」

 落っこちそうになって、慌てて首にしがみつく。

「ま、これができるのは私だけだから」

「だからなに張り合ってるんですか!」

「ん? んー……男のプライド?」

「意味わかんないんですけど?!」

「わからなくていいよ♪」

 返ってくるのは、語尾に音符の飛んでそうなほどご機嫌な声。ちらりと見える横顔も、非常にご機嫌に見える。たった今まで拗ねてたのはどこの誰だ。

 そしてこれまたわたしは気付かなかったんだけど、背後の2匹は悔しそうにギリギリしていたらしい。

 ほんっと、意味わかんない。


 自分のうちなのに知らなかったのは

「……地下室、あるんだ」

 ということで。

「言ってなかったっけ?」

「聞いてなかったですねぇ」

 台所の下に、いかにも『食品貯蔵庫です』という感じの地下室があったのだ。

 ワインセラーみたいに、壁際に棚が並んでるやつ。

 しかし、壁際とはいえ、これだけ目立つ扉あったら、台所に立った瞬間にでも気付くはず、なんだけど……。

 そうか、昨日はさらっと案内してもらっただけだから、端にあった扉に気付かなかったんだな、うん。そういうことにしておこう。

 ともあれせっかくあるのだから、使わない理由はない。

 ということで、塩漬け肉の樽は地下に運び込んでもらう。

 ついでに台所の隅っこには干し物用のロープを張ってもらった。

 小魚は目刺しにして、開きは網に乗せて、それぞれ吊干しに。

 ……いいんだ、わたしの手の届かない所でも。取ってもらえばいいんだもん。居なかったら踏み台使えばいいんだもん。

 ちなみに切り身は味噌漬けだ。これもとりあえず地下室行き。

 悪くならないうちに帰って来たい。

「これで終わり?」

「一応は」

「じゃあ、行こうか」

 なぜか再びトライン様に抱っこされて、お仕事場の神殿へと向かった。



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