prologue
前作のちょっとした息抜きにかきだしました。
気楽に読んでいただけるようなお話にしたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
評価、ブクマなどいただけますと作者が喜びます。
気が付くと、真っ白い世界に居た。
えーと。
こういう時のお約束は……
ここはどこ?
・・・しりません。
わたしは誰?
・・・妹尾 織葉
あ、うん。記憶は大丈夫らしい。
立ち上がって、ぐるりに目を向ける。
……見事に真っ白だねぇ。
なんぞ見えないものかと遠くに目をやっていると
「あ、目、覚めましたか?」
背後から声がした。
くりん、と振り返ってみても、誰もいない。
「ぐっすり眠っていらしたから、起こそうかどうか迷ってたんです」
声は足元から聞こえている、気がする。
見下ろした先には、どこかでみたような顔の、もふもふな真っ白わんこ。
つぶらな真っ黒の目が見上げてくる。
「おー、かわいいねぇ。あんたどこから来たの」
鼻先に手を差し出しながら話しかける。
「いえ、どこからと言うかここの住人と言うか……」
・・・うん。
現実逃避はそろそろやめようかね。
「あんたがしゃべってるんだね」
「あ、はい。……あんまり驚いてませんね」
「いや、驚いてはいるんだよ? けどねぇ、この齢にもなるとこう……驚いたからって慌てても仕方なかろうとか思っちまうわけだよ」
「そんなものなんですか?」
「そんなもんさ」
なにしろ戦時中に生まれて戦後の混乱した中生きてきたもんで、慌てふためいてもどうしようもないことなんか掃いて捨てるほどあったわけだよ。そこをくぐり抜けてきた身としては、差し迫って身に危険があるわけでもなさそうなこの状況じゃ慌てる気にもならない。
「あんたはここの住人なんだね?」
「はい、一応そんな感じです」
「じゃーまず説明してくれないかね。とりあえずここはどこなのか、わたしはなんだってここにいるのか、あとあんたは何者なのか、かな」
立ったままだとわんこの首が辛そうなので地面? 床? に腰を下ろすと、お座りしていたわんこが、項垂れてほとほとと涙をこぼし始めた。
「すみません、僕がこんなのだから、地面に座らせるような真似を……」
「そう言われてもねぇ。80超えた婆を立たせたままにするつもりかい?」
「いえ、僕がもっとちゃんとしてたら、まともなお部屋だとか、せめて椅子くらいご用意できたのに……」
えぐえぐと泣くわんこ。
シュールな絵面だなおい。
「あー、まあそこはいいから。わたしはこの場所の常識だとか全く知らないし、今はそれよりも知りたいことがあるわけだ。だから、そっちを先に片付けてくれないかね」
そう言うと、ぴくくっ、と耳を動かして、やっと頭を上げる。
前足で器用に目元を拭うと、姿勢を正した。
……おや、この子の眼、蒼と翠の色違いだ。
わんこの色違いは珍しいね。
「えっと、まずですね」
「うん」
「貴女はお亡くなりになりました」
「…………はい?」
ここで手を出さなかったわたしを誰か褒めて欲しい。
それでも半眼になるのまでは止められなかったらしく、わんこが怯えたように尻尾を丸めた。
「ええとええと、先に説明済ませてしまいますね」
「うん」
目が据わったままなのは勘弁しておくれ。
「ここは夢殿といって、現世と幽世の狭間の世界です。亡くなった全ての命はここへきて、魂を綺麗にしてから輪廻の輪に乗せられます」
「ほぉ」
「あ、申し遅れました。僕は雪花と申します。人間の世界で言う所の天使とか死神とかいうものに当たります」
雪花って、うちの犬と同じ名前じゃないかい。
それに、今ちょっとおかしな言葉が聞こえたような気がするね?
「ちょい待ち」
「はい?」
「なんで天使と死神が並列なのさ」
そう言うとわんこは、ことん、と首を傾げた。
くっ、可愛さで誤魔化そうったってそうはいかないよ!
「ええとですね、天使も死神も、死者の魂をここへ導くという役目は同じなんです。人間は、天使を善なるもの、死神を悪なるものと位置付けて、それぞれ別の存在としているみたいなんですけど、実は導かれる魂の質によって名前が変わるだけで、同じ存在なんです」
「天使が神様に仕える者、死神が悪魔に仕える者、ってわけじゃない、と」
「はい。確かに善なる魂は天使が導きますし、悪に落ちた魂は死神が迎えに行きます。だけど、その存在の本質は同じものなんです。先ほども言いましたけど、すべての魂は一度ここへ来ますし」
いつの間にやら、尻尾がぱたぱたと揺れている。
わっかりやすいなーこの子。
「そういやそんなことも言ってたね。つまり役者みたいなもんか」
「あー、まぁ、そんな感じですね。天使と死神では役割が違うので、一度その存在になるとあまり変わることはないですが」
「その役割とやらはわたしが聞いても問題ない?」
「……やっぱり知識欲旺盛なんですね。別に構いませんよ。これもさっき言いましたけど、貴女はお亡くなりになってますし」
そういやぁそんなことも言ってたっけね。
「天使は心残りを無くすためのお願いを3つまで叶えた後、魂を導きます。それはもう丁寧に丁重にエスコートいたします。対して死神はその魂が生前に行った悪事を見せつけて、後悔と苦悩の中で魂を刈り取ります。そして荊の鳥籠のようなものに入れて運びます」
ふむふむ。
「つまり魂レベルの因果応報、ってところかな」
「そんな感じです。力の使い方やらなんやらが違うので、一度役割が決まってしまうと変わることはあまりありません」
……ふむ。
となると、ここまでで2つ、引っかかることがある。
「わたしは死んだって言われたけどさ、導かれた覚えもなきゃ刈り取られた覚えもないのに、なんでここにいるのかね。それと雪花、わんこのあんたは結局何者なんだい?」
指摘してやると、途端にしおしおと項垂れる。
「僕は、元、天使、です……」
「なにやらかしたんだい」
「貴女の魂を、導き損ねました」
「………あ゛ぁ?」
「せっ、説明させてくださいっ!」
「いや説明してもらわないと困る」
「はいぃっ!」
雪花の説明によると、わたしは戦時中のとある空襲で死ぬはずだったらしい。
なのにこのおばかさんは、わたしではなくすぐ傍に居た妹の和葉の魂を導いてしまったんだとさ。
曰く、魂の質がそっくりだったらしい。
どうりで、自分の体で庇ったはずのあの子が死んでたはずだよ。爆風で崩れた家の下敷きになったから、間違いなくわたしか2人ともが死んだと思ってたのに。
「ふむ。……ってことは、なんだ。わたしがこの齢まで平穏に暮らせてたのは和葉のおかげかね」
「……ある意味、そうです」
しょんぼりと垂れた尻尾がぱっさぱっさと地面を撫でまわしている。
人間だとしゃがみ込んでのの字でも書いてそうだね。
「まぁ、過ぎたことは仕方がない。……あの子は幸せになれたのかい?」
素直で可愛かったあの子だから、天使だったという雪花に導かれたのは当然のことだろう。
ここに来た後は輪廻に乗るって言うんだから、あの子の幸せというのとは違うのかもしれないけれども。
「はい! あの方には特別措置で輪廻の輪を準備させていただきまして、そこでお健やかに過ごしていらっしゃいます!」
ぱっ、と顔が上を向く。
「……特別措置って、どんな?」
純粋な興味で尋ねると、雪花は視線を彷徨わせて口ごもった。
「言えないんだったら別に構いやしないよ? ちょっと興味があっただけだから」
「いえ、言えないんじゃなくて、それが今から説明することに関わって来るんですけど……」
どうでもいいけど、しょんぼりして明るくなってまたしょげてって、忙しい子だね。
「ああ、なるほど。つまりわたしがここにいる理由?」
「はい……。えっとその……。貴女と和葉さんの魂を間違えて導いてしまったので、特別措置として貴女の輪廻の輪を和葉さんに使ったんですよ」
「ふむ」
「生きとし生けるものは全て、その魂をもって輪廻の輪を紡ぎ、輪が回った時に命を終えるんです」
「へぇ」
「だけど、貴女の輪を和葉さんに使ってしまったので、貴女の輪が消えてしまったんです」
……ん?
「ちょっと、待ってな。頭整理する」
ええと、わたしと間違って連れてこられたから、わたしの紡いでいたわたしの輪廻の輪は、和葉に使われた。
それはわかる。
「じゃあ、本来の和葉の輪があるんじゃないのかい?」
そう言うと、雪花は本当に申し訳なさそうに身を縮めた。
「それが、さっき言った『特別措置』なんです。輪廻の輪はその魂の記憶を紡いで作られますから、本来は決して他の命の輪に還ることはできません。それでも和葉さんを、織葉さん、貴女の輪に還した」
あ、嫌な予感がひしひしとする。
「その時点で、和葉さんの輪も、消えてしまいました」
「なんでさ! 取っておいたらいいだけじゃないのかい?!」
流石に叫んだわたしに、雪花は(わんこのくせに)悲しそうな顔をした。
「そうできればいいんですけど、言いましたよね。その魂を紡いで作る、って」
「いやだから、和葉の……あ、そうか」
和葉の魂じゃないから、和葉の輪の続きを紡ぐことはできないのか。
だからわたしは還る輪を失った、と。
「間違えたんだったら、後からでもわたしも連れてってくれたらよかったんじゃないのかい?」
「そうしたとしても、まだ生きるはずだったがゆえに紡ぎ終えていない和葉さんの輪は回りません。そして、彼女を導く際の願い事が、たった一つ『庇ってくれたお姉ちゃんが長生きできますように』だったんです。だから貴女の魂を連れていくことができなくなった。天使は、死にゆく命と交わした約束を違えることはできませんから」
「……じゃあ、わたしがこの年まで生きたというのは」
「和葉さんの願いの成果であって、正しくは寿命というわけではないんですけど」
「へ?」
「その、なぜか妙な条件が発生してしまいまして……。死を迎える状況が一致しないと、導けなくなってしまっていたんです」
「……つまり?」
「貴女が、誰かを庇って、命を落とす、ということです」
「ははーん。そりゃ確かにそうそうあるこっちゃないねぇ」
ああ、それはだけど、庇った子に変な傷がつきやしないだろうか。
「……貴女は本当に優しいですね。でも、その条件の中に『人間』と言うのは入ってなかったみたいで、今僕が体を借りているこの犬が、その役目を買って出てくれたんですよ。だから貴女はこの子を庇って命を落とした」
「ということは本当に雪花なのかい?」
「身体は、そうです。僕が入ったせいで、色とかちょっと……だいぶん……かなり僕の感じに引っ張られちゃってますけど」
確かに体格は同じくらいかもしれない。でも雪花は白っぽいグレーの毛並みに真っ黒な目をしてたし、毛足も短いつるっとした感じの物だったけど、この子は全身が純白、目はさっき気付いた通りの蒼と翠、そしてもっふもふの毛並みをしている。
撫でくり回したら気持ちいいだろうねぇ……。
「なるほど」
「……貴女にもこの子にも本当に申し訳ないんですけれど、僕の天使としての力の全ては和葉さんを還すためにほぼ使い切ってしまっていて、本当はあの時消滅するはずだったんです。だけど貴女を導く役目だけは果たすように、ってここに留まることになったものの、実体のない陽炎みたいな姿になっていました。そしたらこの子が、自分の体に入ればいい、と……」
あれ? 庇った、っつったな?
「ちょっと待った。庇ったはずの雪花が何でここにいるのさ。助かったんじゃ無いのかい?」
「本人…本犬? の願いだったんです。貴女が亡くなってしまったら、自分はきっと野良犬になるか施設に送られてしまうって。だったら、貴女と一緒に逝きたいって」
確かに、雪花ももう結構な年だった。しかも大型犬だから、なおのこと引き取り手はいないだろう。
そもそもわたし自身、もう身寄りも何も無かったしね。
「それは大丈夫なのかい?」
「何がですか?」
「自殺したから生まれ変わることができないとか……」
「この子は自殺したわけじゃないですから。それに、そんなことしたら人間はどんどん減ってしまいますよ?」
……嫌な話だけど、最近少なくないもんな。
「それじゃ、雪花は普通に輪廻に乗れたんじゃないのかい?」
「それもまた本人の希望で、貴女がこの世界に居なくなるのなら、自分も一緒に行きたいと。輪を抜けるのは、願うだけなので簡単なんです。主の消えた輪はそのまま消滅します」
「……雪花はそれでよかったのかねぇ」
「いいんだそうですよ。どこであっても、貴女のいる世界が良いんですって」
わたしのいる世界。
そう、それだ。
「それで、わたしはどうなるのかね?」
「輪廻の輪を持たない貴女を、この世界にもう一度生まれさせることは不可能なんです。だけど、異なる世界なら」
ほー。異世界と来たか。
「異世界、ねぇ」
「……だから、どうしてそう平然としていられるんです?」
「元凶が文句言うんじゃないよ」
じろりとにらみつけると、耳までぺったりとした見事な『伏せ』を披露した。
人間でいうと土下座になるんだろうか。
雪花もわたしが叱るとよくこんなことやったなぁ。
「それで?」
「はい?」
「『はい?』じゃないだろう。わたしはこれからどうしたらいいのかね?」
「あ、はい。まずは神様に会っていただきます。貴女に結びついている糸がこの世界に残ってないかを調べていただいて、問題が無ければ、比較的この世界と似た世界へ僕と一緒に転生させるという手筈になってます」
「おや、意外としっかりシステム化してる?」
「初の事例なんですけど……」
「まあそうだろうね」
そんなホイホイあってたまるかい。
がっくりと首を落とす雪花の首元を、わしゃわしゃと掻いてやる。本物の雪花だとわかったら、遠慮なんかしない。
おお、ふかふか。
「あんたも一緒に来るのかい?」
「はい。僕もどうせ消滅するはずだった命ですから。それに、雪花が中に入ればいいって言ってくれたんです。貴女と同じ、優しい子ですね」
……わたしと同じってなんだよ。確かに雪花は優しい子だけど。
「そういえば、あんたの名前は?」
「え? ですから雪花……」
「それはうちの犬の名前だろ? あんたの元々の名前だよ」
「……ティン、です」
「そうかい。ティン、色々ありがとうよ。次の世界でもよろしく」
そう言って頭を撫でてやると、また大粒の涙を零し始めた。
「雪花とティン、どちらで呼べばいいんだろうね」
「えっと……。それはお好きに呼んでください。行く世界が決まってからでもいいですし」
「うん? じゃあとりあえず雪花って呼ぶよ。その姿だからね」
「はい!」
さっきの涙はどこへやら、尻尾がぶんぶんと振り回されてる。
雪花、もう少し落ち着いた性格のわんこだったはずなんだがな……。
お読みいただきましてありがとうございます。