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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
序章 異世界生活の基礎固め
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1/59

prologue

矛盾等々を発見しましたので、改訂したものを順次投稿していきます。

題名が数字になっているものが、新規投稿分です。

 気が付くと、真っ白い世界に居た。


 えーと。

 こういう時のお約束は……


 ここはどこ?

 ・・・わかりません。

 わたしは誰?

 ・・・妹尾(せのお) 織葉(おるは)

 年は?

 ・・・先日90の大台に乗った。


 うん。記憶は大丈夫らしい。


 立ち上がって、ぐるりに目を向ける。

 ……見事に、真っ白。

 なんぞ見えないものかと、遠くに目をやっていると

「あ。目、覚めましたか?」

 背後から声がした。

 くりん、と振り返ってみても、誰もいない。

 そりゃそうだ。さっき見回した。

「ぐっすり眠っていらしたから、起こそうかどうか迷ってたんです」

 声は足元から聞こえている、気がする。

 見下ろした先には、どこかでみたような顔立ちの、真っ白なもふもふわんこ。

 つぶらな目が見上げてくる。

「おー、かわいいねぇ。あんたどこから来たの」

 鼻先に手を差し出しながら話しかける。

「いえ、どこからと言うかここの住人と言うか……」

 ・・・うん、だろうね。

 しょうがない。現実逃避はやめようか。

「あんたがしゃべってるんだね」

「はい。……あんまり驚いてませんね?」

「いや、一応、それなりに驚いてはいるんだよ? けどねぇ、この齢ともなると、こう……驚いたからって、慌ててもどうにもならんだろう、とか思うわけだよ」

「そんなものなんですか?」

「そんなもんさ」

 なにしろ生まれは戦争真っ只中。戦中戦後の混乱を生きてきたもんで、慌てふためいてもどうしようもないことなんか、掃いて捨てるほどあったわけだよ。そこをくぐり抜けてきた身としては、差し迫って身に危険があるわけでもなさそうなこの状況じゃ、いっそ慌てる気にもならない。

「あんたはここの住人?」

「一応そんな感じです」

「じゃ、まず説明してくれないかな。とりあえずここはなんなのか、わたしはなんだってここにいるのか、あとあんたは何者なのか」

 立ったままだとわんこの首が辛そうなので、地面? 床? に腰を下ろすと、お座りしていたわんこが、項垂れてほとほとと涙をこぼし始めた。

「すみません、僕がこんなのだから、直座りさせるような真似を……」

「そう言われても。仮にも90も迎えた婆なんでね、さすがに立ちっぱなしはちょっと」

「いえ、僕がもっとちゃんとしてたら、まともなお部屋だとか、せめて椅子くらいご用意できたのに……」

 えぐえぐと泣くわんこ。

 シュールな絵面だなおい。

「まあ、そこはいいから。わたしはこの場所の常識だとか全く知らないし、今はそれよりも知りたいことがあるわけで、そっちを先に片付けてほしいんだ」

 そう言うと、ぴくくっ、と耳を動かして、やっと頭を上げる。

 前足で器用に目元を拭うと、姿勢を正した。

 ……おや、この子の眼、よく見りゃ(あお)(みどり)の色違いだ。

 わんこの色違い(オッドアイ)は珍しいね。


「えっと、まずですね」

「うん」

「貴女はお亡くなりになりました」

「…………はい?」

 ここで手を出さなかったわたしを、誰か褒めてほしい。

 それでも半眼になるのまでは止められなかったらしく、わんこが怯えたように尻尾を丸めた。

「ええとええと、先に説明済ませてしまいますね」

「うん」

 目が据わったままなのは勘弁しておくれ。

「ここは夢殿(ゆめどの)といって、現世(うつしよ)幽世(かくりよ)との狭間の世界です。亡くなった全ての命はここへきて、魂を綺麗にしてから輪廻の輪に乗せられます」

「ほぉ」

「あ、申し遅れました。僕は雪花(せっか)と申します。人間の世界で言うところの、天使とか死神とかいうものに当たります」

 雪花って、うちの犬と同じ名前じゃないか?

 それに、今ちょっとおかしな言葉が聞こえたような気がするね?

「ちょいといいかい?」

「はい?」

「なんで天使と死神が並列なのさ」

 そう聞くと、わんこはことん、と首を傾げた。

 くっそう、可愛いじゃないか!

「それはですね、天使も死神も、死者の魂をここへ導くという役目は同じだから、です。人間は、天使を善なるもの、死神を悪なるものと位置付けて、それぞれ別の存在としているみたいなんですけど、実は導かれる魂の質によって名前が変わるだけで、元は同じ存在なんです」

「天使が神様に仕える者、死神が悪魔に仕える者、ってわけじゃないんだ」

「はい。確かに善なる魂は天使が導きますし、悪に堕ちた魂は死神が迎えに行きます。だけど、その存在の本質は同じものなんです。先ほども言いましたけど、すべての魂は一度ここへ来ますし」

 いつの間にやら、尻尾がぱたぱたと揺れている。

 なんか喜ぶようなこと言ったっけ?

「ああ、そんなことも言ってたね。つまり役者みたいなもんか」

「そんな感じですね。天使と死神では役割が違うので、一度その存在になると、あまり変わることはないですが」

「その役割とやらは、わたしが聞いても問題ない?」

「ご配慮ありがとうございます。でも、別に構いませんよ。さっきも言いましたけど、貴女はお亡くなりになってますし」

 そういやぁそんなことも言ってたっけね。

「天使は、現世への心残りを無くすためのお願いを3つまで叶えた後、魂を導きます。それはもう丁寧に丁重にエスコートいたします。対して死神は、その魂が生前に行った全ての悪事やそれに絡んだ事柄の結末を見せつけて、後悔と苦悩の中で魂を刈り取ります。そして荊の鳥籠のようなものに入れて運びます」

 ふむふむ。

「つまり魂レベルの因果応報、ってところかな」

けど、そんな悪人が、後悔とか苦悩とかするんだろうか。……するっつか、させられるのかも。

「そんな感じで理解していただけると。一度決まった役割が変わることがあまり無いというのも、力の使い方やらなんやらが違うからですね。死神は疲弊しやすいので、短命でもありますし」

 ……ふむ。

 となると、ここまでで2つ、引っかかることがある。

「わたしは死んだって言われたけどさ、導かれた覚えもなきゃ刈り取られた覚えもないのに、なんでここにいる? それと雪花、うちの犬と同じ名前のあんたは、結局何者なのさ」

 指摘してやると、途端にしおしおと項垂れる。

「僕は“元”天使、です……」

「なにやらかしたんだい」

「貴女の魂を、導き損ねました」

「………あ゛?」

「せっ、説明させてくださいっ!」

「いや説明してもらわないと困る」

「はいっ!」


 雪花の説明によると、わたしはとある空襲で死ぬはずだったらしい。

 なのにこのおばかさんは、わたしではなく、すぐ傍に居た、妹の和葉(かずは)の魂を導いてしまったんだという。

 曰く、魂の質がそっくりだったらしい。

 どおりで、自分の体で庇ったはずのあの子が死んでたはずだよ。爆風で崩れた家の下敷きになったから、間違いなくわたしか2人ともが死んだと思ってたのに。

「ふむ。……ってことは、なんだ。わたしがこの齢まで平穏に暮らせてたのは和葉のおかげか」

「……ある意味、そうです」

 しょんぼりと垂れた尻尾がぱっさぱっさと地面を撫でまわしている。

 人間だとしゃがみ込んで『の』の字でも書いてそうだね。

「まぁ、過ぎたことは仕方がない。何十年も前のことだしね。……あの子は幸せになれたのかい?」

 姉の贔屓目を抜いても、優しく素直で可愛かったあの子だから、天使だったという雪花に導かれたのは当然のことだろう。

 ここに来た後は、輪廻の輪に乗って生まれかわるって言うんだから、『和葉の』幸せというのとは、また違うのかもしれないけれど。

「はい! あの方には、特別措置で輪廻の輪に乗っていただきまして、今世もお健やかに過ごしていらっしゃいます!」

 ぱっ、と顔が上を向く。

「……特別措置って、どんな?」

 純粋な興味で尋ねると、雪花は視線を彷徨わせて、口ごもった。

「言えないんだったら、別に構いやしないよ? ちょっと興味があっただけだから」

「いえ、言えないんじゃなくて、それが今から説明することに関わって来るんですけど……」

 どうでもいいけど、しょんぼりして明るくなってまたしょげてって、忙しい子だね。

「ああ、なるほど。つまりわたしがここにいる理由?」

「はい……。えっとその……。貴女と和葉さんの魂を間違えて導いてしまったので、特別措置として貴女の輪廻の輪を和葉さんに使ったんです」

「ふむ」

「生きとし生けるものは全て、寿命を以て輪廻の輪を紡ぎ、命を終えると同時に、その輪が完成します」

「へぇ」

「だけど、貴女の輪を和葉さんに使ってしまったからか、貴女の行き先が消えてしまったんです」

 ……ん?

「ちょっと、待って。頭整理する」

 ええと、わたしと取り違えでここへ連れてこられたから、わたしの紡いでいたわたしの輪廻の輪が、和葉に使われた。

 それはわかる。

「それなら、本来の和葉の輪があるんじゃ……」

 そう言うと、雪花は本当に申し訳なさそうに身を縮めた。

「そこで、さっき言った『特別措置』が関わってくるんです。……輪廻の輪は、その魂の記憶に等しい。ですから、本来は決して他の命の輪に還ることはできません。それでも和葉さんを、織葉さん、貴女の輪に還した」

 あ、嫌な予感がひしひしとする。

「その時に、和葉さんの輪も、消えてしまったんです」

「なんでさ! 取っておいたらいいだけじゃないか?!」

 さすがに叫んだわたしに、雪花は(わんこだというのに)悲しそうな顔をした。

「僕たちも、そのつもりでした。和葉さんが紡いだ分の数年は短くなるかもしれないけれど、貴女と和葉さんの輪を入れ替えれば大丈夫だと」

「いやだから、……あ、そうか」

 和葉の魂が離れたから、居なくなったから、わたしは和葉じゃなかったから、あの子の輪の続きを紡ぐことができなかったのか。

 だから、あの子の輪は消えて、わたしは行き場を失った。

「間違えたんだったら、後からでもわたしを連れてってくれたらよかったんじゃないのかい?」

「そうしたくても、輪廻の輪はすでに消えてしまっていた。そして、彼女を導く際の願い事が、たったひとつ『優しいお姉ちゃんが長生きできますように』だったんです。だから貴女の魂を連れていくことができなくなった。天使は、死にゆく命と交わした約束を違えることはできませんから」

「……じゃあ、わたしがこの年まで生きたというのは」

「和葉さんの願いの成果ではあるんですけど、正しくは寿命というわけでもなくて……」

「へ?」

「そもそも寿命という概念が、貴女にはありません。だから僕たちも、程よいところで、自然に亡くなれるように準備していたんです。なのになぜか、本当にいつのまにか、妙な条件が発生していて……」

「……条件」

「死を迎える状況が一致しないと、導けなくなってしまっていたんです」

「……つまり?」

「貴女が、誰かを庇って、命を落とす、というのが、その条件です」

「ははーん。そりゃ確かに、そうそうあるこっちゃないねぇ」

 ああ、けれどもそれは、庇われた側に変な傷が……後悔が、つきまといやしないだろうか。

「……貴女は本当に優しいですね。でも、その条件の『誰か』に『人間』という括りはなかったみたいで、今僕が体を借りているこの『犬』が、その役目を買って出てくれたんですよ。だから貴女は、山崩れからこの子を庇って死んだということで、無事に条件を満たすことができたんです」

「ということは、本当に雪花なわけだ?」

「身体は、そうです。僕が入ったせいで、色とかちょっと……だいぶん……えっとかなり、僕に引っ張られちゃってますけど」

 確かに体格は同じくらいかもしれない。でも、雪花は白に近いとはいえ、雪の結晶のような斑点のある淡いグレーの毛並みに真っ黒な目をしてたし、毛足も短いつるっとした感じの物だった。そしてこの子は全身が純白、目はさっき気付いた通りの蒼と翠、そしてもっふもふの毛並みをしている。

 撫でくり回したら、さぞかし気持ちいいだろう。

「なるほど」

「……貴女にもこの子にも、本当に申し訳ないんですけれど、僕の天使としての力の全ては、和葉さんを還すためにほぼ使い切ってしまっていて、その時に消滅してもおかしくなかったんです。でも、貴女を導く役目だけは果たすように、と神様から命じられて、ここに留まることになったものの、実体のない陽炎みたいな姿になっていました。そしたらこの子が、自分の体に入ればいい、と……」

 あれ? 庇った、って言ってたな?

「ちょっと待った。庇ったはずの雪花が何でここにいるのさ。助かったんじゃないの?」

「庇ったからと言って、庇われた方が必ずしも助かるわけではないでしょう。実際、生死の境を彷徨うこの子には、僕の姿が見えていたようですし」

「ああ、よく瀕死の昏睡状態に陥った時に、三途の川が見えたとかいう……」

「まさにそれです。そしてこの子が願ったのが、貴女とともに逝くこと。このまま現世に戻ったところで、貴女が居ないとなれば、自分はきっと、野良犬になるか施設に送られて安楽死一直線。それは嫌だとのことで」

 確かに、雪花ももう結構な年だった。しかも大型犬だから、なおのこと引き取り手はいないだろう。

 そもそもわたし自身、もう身寄りも何も無かったしね。

「それは大丈夫なのかい?」

「何がですか?」

「自殺したから生まれ変わることができないとか……」

「この場合、自殺したわけじゃないですから。それに、そんな条件があったら、人類はどんどん減ってしまいますよ?」

 ……嫌な話だけど、最近少なくないもんな。

 あれ? でも

「雪花は、普通に輪廻に乗れたんじゃ……」

「それもまた本人の希望で、貴女がこの世界に居なくなるのなら、自分も一緒に逝きたいと。輪を抜けるのは願うだけでいいですし、主がいなくなった輪はそのまま消滅します」

 ……それ、和葉の輪の状況と同じでは……?

 いや今更だし。それこそ言っても仕方ない。

「……雪花はそれでよかったのかねぇ」

「いいんだそうですよ。どこであっても、貴女のいる世界がいいんですって」

 わたしのいる世界。

 そう、それだ。

「それで、わたしはどうなる?」

「輪廻の輪を持たない貴女を、この世界にもう一度生まれさせることは不可能です。だけど、異なる世界なら」

 ほー。異世界と来たか。

「異世界、ねぇ」

「……だから、どうしてそう平然としていられるんです?」

「元凶が文句言うんじゃないよ」

 じろりとにらみつけると、雪花は耳までぺったりとした見事な『伏せ』を披露した。

 人間でいうと土下座になるんだろうか。

 犬の雪花も、叱られるとこんなことやってたなぁ。

「それで?」

「はい?」

「『はい?』じゃないでしょうが。わたしはこれから、何をすればいい?」

「あ、はい。まずは、この世界の神様に会っていただきます。貴女に結びついている糸が、この世界に残ってないかを調べていただいて、問題が無ければ、比較的この世界と似た世界へ、僕と一緒に転生させるという手筈になってます」

「意外としっかりシステム化してる?」

「初の事例なんですけど……」

「まあそうだろうね」

 そんなホイホイあってたまるかい。

 がっくりと首を落とす雪花の首元を、わしゃわしゃと掻いてやる。本物の雪花だとわかったら、遠慮なんかしない。

 おお、ふかふか。

「あんたも一緒に来るんだ?」

「はい。僕は消滅するはずでしたし、中に入ればいいって言ってくれた雪花は、貴女と同じ世界に居るのが願いですから、むしろ一緒に行かないと。貴女と同じ、優しい子ですよね」

 ……わたしと同じってなんだよ。確かに雪花は優しい子だけど。

「そういえば、あんたの名前は?」

「え? ですから雪花……」

「それはうちの犬の名前だろ? あんたの元々の名前だよ」

「……ティン、です」

「そうかい。ティン、色々ありがとうよ。次の世界でもよろしく」

 そう言って頭を撫でてやると、また大粒の涙を零し始めた。

「雪花とティン、どちらで呼べばいいんだろうね」

「えっと……。それはお好きに呼んでください。行く世界が決まってからでもいいですし」

「うん? じゃあとりあえず雪花って呼ぶよ。その姿だからね」

「はい!」

 さっきの涙はどこへやら、尻尾がぶんぶんと振り回されてる。

 雪花、もう少し落ち着いた性格のわんこだったはずなんだがな……。








お読みいただきましてありがとうございます。

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