逆ハーレムって言って下さい。
※この作品にはにゃんこ成分が多分に含まれます
※コメディーです
気が付くと、真っ白な空間だった。
目の前に立つ、真っ白な、
「ダレ?」
「神さまだよ!」
そこは、カナダだよ!って答えて欲しかったな。
って、
「神さま?」
「うん」
頷くと目の前の自称神さま(性別不詳)はわたしに構わず話し出した。
どうやら彼は神さまと言っても異世界の神さまで、彼を信仰するひとびとの頼みで、救世の巫女とやらを探しているらしい。
で、やっと見つけた救世の巫女がわたしで、だから協力して欲しい、と。
「いや無理です」
「えっ、まだいちばん反対されそうなとこ言ってないのに!?」
…神さま自称するくせにノリが軽いな。
つか、
「いちばん反対されそうなとこ?」
「うん。もし協力してもらった場合、きみは元の世界には戻れなくなるんだ」
「わかりました絶対に協力しません」
来月あのゲームの新作が出るし、数年間待ち続けたあのラノベの新刊も近々出るらしいし、夏にはコミケにファン感謝祭その他もろもろのイベントが目白押しなんだ。片道切符の異世界旅行なんて、行ってたまるか。
「でもきみ、このままだと死んじゃうよ?」
「え…?」
「女の子、助けて、轢かれたでしょ?」
言われて、思い出す。
そうか、車に轢かれかけた女の子を助けようとして、
「女の子は?」
「無事だよ。掠り傷と打ち身、脱臼だけ」
結構重傷だな。いや、腕ひっ掴んで無理やり位置を入れ換えたんだから、それくらいなるか。
うーん、女の子を颯爽と助けたあとで、自分も助かる予定だったんだけどなー。
「わたしは死亡?」
「まだ、生きてはいるよ。頭を強く打って、重傷だし意識もないけど、まだ、死んでは、いない」
“まだ”、生きて“は”いる、ね。
「生き残る可能性は?」
「一生ベッドに繋がれて目覚めず、機械に繋がれて生きることを、きみが生きるって言うのなら、ないわけじゃないね」
「あなたに協力したらどうなるの?」
「この世界のきみの身体は、残念だけど死んでしまう。代わりに、ぼくの世界で新しい身体を与えて、きみの魂を入れて、魂だけ生き残れるようにする」
死ぬにしろ意識不明にしろ、わたしは来月発売のゲームは出来ないと言うことだ。
そしてもし生き残った場合、どのくらい長生きするにしろ目覚めないわたしの入院費は親負担だ。
ぽっくり死んでも葬式代は掛かるが、入院費分安上がり、と言うことになる。
…そんな親孝行もどうかと思うが。
まあ、この目の前の自称神さまが信じられるか、と言う問題もある。
が、
「わかった。協力する」
なんとなく、彼は信じられるような気がした。
どことなく、神さまオーラがただよっている気がする。
「えっ、まだ巫女さま特典言ってないのに!?」
…やっぱ軽いな神さま。
「特典?」
「うん。とりあえず巫女さまに必要な才能はあげます。向こうでの衣食住は、信者に面倒見させるから心配いりません。あと、寿命が延びます。今ならなんとアンチエイジング効果も付与!でもって、これがイチオシね!なんと、神さま権限できみの好みでドーピングしちゃいます!!」
ばーん、とばかりに発表する神さま。
わたしはぽかーん。
「あれ、反応薄い?」
「ドーピングって、なんですか?」
「ああ、そこがわかってなかったのか」
神さまが苦笑して、指を立てた。
「説明しよう!」
…なんでそこで決めポーズしたし。
「神さま権限のドーピングって言うのはつまり、天才ってことだよ。きみになにかひとつ、天からの才能をあげるって言ってるの。アインシュタイン並みの頭脳とか、金太郎並みの腕力とか、ヒットラー並みの人身掌握術とかね。
なにか夢はない?絵描きでも、歌手でも、学者でも、料理人でも、なんでも。きみの夢を、神さまが応援するよ」
…要は、チートってことか。
っても、なんかそれ、せこくない?
「せこくないせこくない。ぼくのお手伝いをして貰うわけだし、正当報酬だよ」
「でも、それじゃつまんない…って、あなた心読めるのか!」
心の声に返答されてぎょっとする。
「まあ、ここはきみの深層世界だからね。そうだなあ、それじゃつまんないって言うなら、たとえば、光源氏並みにきれいなお姉さんが寄って来るようになるとか、ショタっ子ハーレムが出来るようになるとか、未来予知が出来るようになるとかも、出来るよ」
「未来予知とか嫌がらせじゃんか」
パンドラの箱に残った最後の中身とか言われるアレだぞ、未来予知とか。あらゆる不幸の親玉だ。
でも、逆ハーレム、ね。
乙女ゲームは趣味だから、憧れないわけじゃない。
神さま頼りなのがちょっとアレだけど、そのくらいのお茶目ドーピングなら、許されるかもしれない。
反論したあと頷いたわたしに、神さまが問いかけて来た。
「で?なにが良いの?」
「逆にゃーれむれっ!」
っ、噛んだ。思いっきり噛んだ。
なんだよ逆にゃーれむって!
口を押さえて絶句するわたしの前で、神さまはにっこりと微笑んだ。
「りょーかい。まっかせてー!」
「え、ちょ、ま、」
噛みまくったのに要望通じたんですか!?まじかよ!
って、このひと心読めたわ。じゃあ、大丈夫、なのかな?
わたしの制止も虚しく、神さまはなにやら指を振ると、わたしをどこかへ吹っ飛ばした。
そして気が付けば、石造りの神殿っぽいところで、石で出来た台?に腰掛けていた。
服も、なんというか、ギリシャ風?エンパイアラインのドレスだ。色は生成のまま。首を傾げればしゃらりと髪と耳に付いているらしい飾りが鳴った。
神さまは本気で、わたしを巫女さまに仕立て上げるつもりらしいです。
東洋人がそんな格好しても寒いだけだと思うんだけど、もしかして顔も超絶美少女になってたりするんだろうか。
「お、おお…巫女さま」
目の前に立った男性が、目を見開いて言う。ここには、ほかに人がいないみたいだ。
こう言うときってひげのおじいさんか、超イケメンの美青年か、きゃわわな美少女辺りがセオリーな気がするけど、目の前の男のひとはセオリー外らしい。中年、と表現するのはためらわれるくらいの年の、真面目そうなお兄さんだ。容姿は、中の上くらいかな?
「…あなた誰?」
とりあえず自己紹介を求めてみる。
名前を知るのはコミュニケーションの第一歩だ。
…言葉が通じるのは、巫女さま補正かな?
「ああ、名乗りもせずに失礼いたしました。私はパーカ教の大神官を務めさせて頂いております、ミカエル・パーニヤと申します」
「だいしんかん…えらいひと?」
「僭越ながら、パーカ教では最上位とされていますね」
「そう」
大神官と巫女さまは、どちらが偉いのだろう。
とりあえず、向こうが名乗ったのだからこちらも名乗るべきか。
「わたしは、」
言いかけて、迷う。
なんて名乗れば良いんだろう。
単純に巫女だと答えれば良いのか、日本での名前を答えれば良いのか。
迷って首を傾げたところで、神殿内に人が飛び込んで来た。
「大神官さまぁっ、ね、猫が、逃げ出しましたぁっ!」
「なんですって。何匹です」
「し、神殿にいた猫、すべてです」
「っ、すぐに追いなさい。一匹でも多く、捕まえるのです!」
…猫が逃げて、なんでそんなに慌ててるんだ?
すごく、狂暴な猫とか?
「申し訳ありません巫女さま、しばしこちらでお待ち頂けますかっ」
首を傾げている間に大神官は、そう言い残して走り去ってしまった。
どうも、緊急事態らしい。知らんけど。
「待てって、言われてもなぁ…」
暇つぶしもなにもないまま待たされて、五分で飽きた。
せめてスマホがあれば違うのだけど、あいにくとわたしは手ぶらだ。
名前について考えてたけど、普通に自分の名前を名乗れば良いやって、すぐに結論を出してしまった。
暇だ。
「歩き回ったら、迷うかな?」
とりあえず、大神官が出て行った扉に近付き、外を覗いてみる。
ぎぃぃ…
じぃぃ…
…ぱたん。
目が、合った…。
三秒とたたずに扉を閉めた。胸に手を当てて、深呼吸する。
薄暗い廊下に光る、何対、いや、何百対もの瞳。
アレは…
…猫だ。
「…あれ?」
なんだ、猫か。
なにか異世界のモンスターかとびびったけれど、よくよく思い返してみてもアレは猫で、なんだびびり損かと胸をなで下ろした。
猫なら大丈夫と扉を開けて、
「ふぎゃ」
その数を忘れていたことに気付いたのは、襲い来る毛玉に押し潰されてからだった。
「…まさか一匹も見つからないとは、いったいどこに…。ああ巫女さま、お待たせして申しわ、」
額を押さえて戻って来た大神官が、わたしを見て絶句する。
「み、巫女、さま…?」
絶句もしたくなるだろう。そこには、おびただしい量の猫に埋もれて毛玉お化けと化した、変わり果てたわたしの姿があったのだから。
「えっと、なんか、やたら、懐かれて…。ちょ、いーかげん暑いから、ちょっと離れて…」
後半は猫宛ての言葉だ。
さっき重いって言ったら重くないように退いたし、動こうとしたら進行方向空けてくれたし、離れても聞いてくれるんじゃないかと思ったら、案の定だった。
ぱっと離れた猫たち(おそらく百匹越え)は、円形にわたしが座る台座を囲んでおすわりした。
「ありがとう」
にゃあん
わたしのお礼にいっせいに鳴いて答えた。おお、賢い。
そんなわたしを大神官が、驚愕の表情で見つめていた。
「し、神殿内の猫が、すべて巫女さまの許に…。巫女さまは、猫に好かれるご体質ですか?猫アレルギーは?」
「いや、」
なんか猫ハーレムみたいだなーと思いながら否定しようとして、気付く。
猫ハーレム、猫の、ハーレム。猫はにゃんこ。にゃんこの、ハーレム。にゃんこハーレム、にゃーれむ…。
逆にゃーれむこれか!!
違ぇ!
いや、これでもまあ嬉しいけど、違ぇ!!
心の中で全力で神さまに突っ込みつつ、大神官の言葉をアレルギー以外に関して肯定することにする。
神ドーピングだ。逆らえん。
「アレルギーはありませんよ。ええ、まあ、ハーレムが築けるくらいには、好かれますね。ね?」
にゃああん
わたしの問いに猫たちは猫なで声で嬉しそうに答えた。
ああうん。素直な回答、どうも。
大神官は目を見開いてわたしを凝視したあと、ざかざかと歩み寄って(猫たちは自主的に避けてた)、わたしの手を掴んだ。
「あ、あなたこそ、我らが救世主です!!」
「え、ちょ、えっと、ミカエルさん!?」
興奮が過ぎたのだろうか。
そう叫ぶなり大神官はぶっ倒れて、猫ベッド(生)にキャッチされた。
「大神官さま、やはり見つか…ぎゃああああっ!!」
タイミング良く入って来た神官が絶叫し、それを呼び声に集まったひとびとで辺りは騒然となった。
もはやわたしに関わる余裕のある人間はいなく、おざなりに部屋に案内され、詳しくは明日、と言うことになった。
石造りの神殿は夜ひどく冷え込んだが、にゃーれむのおかげでわたしはぬくふかで眠れた。温いね、猫。
そして次の日、相変わらず猫に囲まれながら大神官の説明を受ける。
「猫、アレルギー?国民全員が?」
「いえ、神官の多くは大丈夫なのですが…」
かくかくしかじか。しかくいむー○。
なるほど。
人間が領土を増やすために猫族の国に侵略し、滅ぼした。
人間による理不尽な侵略を恨んだ猫王ニャーブラハムが死の間際に、全世界の人間を猫アレルギーにする呪いをかけ、その結果、神力を鍛えた神官以外の人間全員が、猫アレルギーになってしまった。
そこで人間はアレルゲンである猫を駆逐しようとしたが、猫族と猫の平穏を願った猫族の聖女ニャンドロメダが命と引き換えに、他の種族に猫が傷付けられないよう祈ったため、猫を殺すことは不可能になっていた。
仕方なく人間たちは猫たちを神殿に隔離することにしたが、相手は自由気ままですばしこく賢い猫たちで、しかも数が多い。加えてアレルギーでも猫の愛好を辞められない猫ラーたちが、猫の隔離を断固拒否している。
結果としていまだに隔離は完了しておらず、全世界の人間たちが日夜猫アレルギーに悩まされている。
って、
「自業自得じゃん」
どこからどう見ても完全に人間が悪い。ギルティだ。
「そう、言われてしまえば、反論は出来ないのですが」
大神官が沈痛な面持ちで答える。
「愚かな侵略を行ったのは一部の国。それも強硬派の独断です。にもかかわらず呪いの影響を深刻に受けるのは弱き者、特に罪もない子どもたちなのです。もともと身体の強くない子どもが深刻なアレルギーの発作でも起こせば、命に関わります」
重篤な猫アレルギーの者は、外を出歩くことすら出来ないのです。
そう言われれば可愛そうだと思わなくもないが、それは猫だって同じはず。
「人間が困るから、猫を閉じ込めるの?人間が外を出歩けないのは可哀想で、猫が人間の勝手で閉じ込められるのは可哀想じゃないの?」
「隔離は一時手段で、いずれは猫とひとの棲み分けを、」
「そうして勝手に、わけもわからないところに猫を連れて行くの?住み慣れたお家から、引き離して?そんなにアレルギーが嫌なら、人間が猫のいないところに引っ越せば良いじゃない」
大神官を睨み付けるわたしの背後から、柔らかい声がかけられた。
「そにょ必要はありません、巫女さみゃ」
「ふぇ?わ、おっきいねこ!ケットシー?」
わたしのみぞおちくらいの身長の二足歩行猫が、後ろに立っていた。服も着ている。
おっきな目を細めて、わたしに右手を差し出す。
「はじめまして。わたくし猫族の、ニャッシュと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、これはご丁寧にどうも。猫実深弥子です。深弥子って呼んで下さい。あ、肉球ふにふに…」
「みゃーこさみゃですか。素敵にゃお名前ですにぇ」
…なにぬねのが、にゃににゅにぇにょになるのか。まみむめもも、みゃみみゅみぇみょになるのか。可愛過ぎる。なんて孔明の罠だ。
ニャッシュさんの手は短毛だが毛並みが良く、ふにふにのピンクの肉球もあいまって、素晴らしい握り心地だった。
一瞬で極楽気分に持って行かれたわたしに、ニャッシュさんが続ける。
「我らが望みゅにょは、平穏にゃ暮らしです。人類が猫族から奪った土地を返し、不可侵を誓って下さるにょでしたら、猫族は決して、その土地から出にゃいと誓いましょう。猫たちも、猫族の土地みゃで連れて来て下されば、猫族が責任を持って幸せにいたします」
「ニャッシュさん…」
どこの国だか知らないが、よくもまあこんなに可愛い種族を迫害出来たものだ。
ニャッシュさんが小首を傾げて、わたしを見上げる。
猫の表情は詳しくないが、きっと微笑みかけてくれているのだろう。
ニャッシュさんの片手を握ったままだったわたしの手に、そっともう片手が添えられた。
「ですからみゃーこさみゃには、猫たちにょ保護にご協力頂きたいにょです。あにゃたからは猫に愛されるオーラが伝わって来みゃす。あにゃたがご協力下されば、きっと早く猫たちを保護出来るでしょう。痛め付けることは出来ずとも、それ以外の迫害は可能にゃにょです。
どうかみゃーこさみゃにょ手で、我らが同族たちを救っては頂けみゃせんか?」
「喜んで!!」
そういう話ならこの深弥子、ひと肌脱いであげましょう。
両手でガシッとニャッシュさんの手を掴んで頷いたわたしを、ニャッシュさんはほっとしたように見返した。
そして、ニャッシュさんの視線が大神官に向かう。
つられて、わたしも大神官を見た。
「大神官さみゃ…」
ニャッシュさんが寂しげな瞳で呟く。
そう、まるでお刺身を独り占めする飼い主を見る飼い猫のような目だ。
おっきな目が、くれないの?と訴えているのだ。
「っ、わかりました」
ふたつのもの言いたげな視線に耐えきれなかったか、大神官が折れた。
「侵略により不当に奪われた猫族の土地の、返還と不可侵ですね。大神官の名にかけて、必ずや私が承諾と宣誓をもぎ取って参ります」
それからわたしの、諸国行脚が開始された。
「斎藤さん、キミに決めた!」
ばっと投げ出すモンスターボー…召喚石。光を放つ召喚石から、愛しの斎藤さん(三毛猫、オス、三歳)が現れる。
斎藤さんは地面に降り立つと同時に飛び上がり、わたしの前で猫族ふたり(2匹?)に不埒なことをしようとしていたおっさんの顔に、華麗なドロップキックをかました。返す刀でしっぽアタックも忘れない。さすがだ。
しかしさすがの闘神斎藤さんでも、多勢に無勢じゃ無茶があるので、追加で他の猫たちも5、60匹ほど呼び出す。
猫たちが優勢なのを確認してから、猫族の方に意識を向けた。
「おいで、子猫ちゃ…おぅふ」
かっこ付けて手を差し出す前に、弾丸のようにおっさんから逃げて来た猫族ふたりがわたしの胸に飛び込んで来た。ぎゅうっとしがみ付かれ、すりすりとすり寄られる。
…躊躇ゼロか。さすが神ドーピング。
「ぼ、ぼくみょう子猫じゃ、にゃいみょん…」
「みょ、みょう、大人だみょん…」
みぃみぃと泣きながらしがみ付いているくせに、そこは訂正された。
おお、男の子だったのか。
なら言わせて貰いたいのだが、さっきからきみたちがぐりぐりと頭をすり寄せているのは、わたしの胸だ。金取るぞ。
なんて、怖い目に遭って怯えている子供に言うわけもなく、わたしは黙って彼らの頭を撫でた。
「斎藤さん、みんな、制圧よろしくね。捕まっている子がいたらわたしが行くから、場所だけチェックしておいて」
頼れるイケメン斎藤さんにとその部下たちに対応をお願いして、わたしは荷物から空のモンスターボー…召喚石を取り出す。今の彼らならハイパーボー…強制力の強い召喚石でなくても十分捕まえられるだろう。
いや、と言うかこれまで、普通の召喚石でダメだった試しがないんだけど。
でもってわたし以外の人間が、召喚石で猫を捕まえるのに成功したところを見た試しがないんだけど。
吸引力の変わらない、ただひとつの神ドーピングだ。
「きみたち、ここは危ないから少しの間安全な空間に避難して貰っても良いかな?わたしのこと信じられる?」
「うん」
「信じる」
潔いな!大丈夫か野生!?
突っ込みつつも猫族ふたりの額に召喚石をあてる。
「ありがとう。それじゃ、入って」
しゅるり、と言う音がして、猫族ふたりが召喚石に収まる。
「にゃんこ、ゲットだぜ!」
みーにゃにゃにゃお!
わたしの肩に乗っていた小太郎(雉虎猫、オス、一歳)が相槌のように鳴く。
この世界の猫は日本にいた猫たちよりはるかに賢い気がするのだけど、気のせいだろうか。
神ドーピングのお陰で、わたしの仲間を集める旅は至極順調に進み、このまま行けば図鑑コンプリー…世界中の猫を集めて、ポケモンマス…猫族と猫の楽園の創造者になることも不可能じゃないんじゃないかと思い始めた。
そんなとき。
わたしの運命を変える出会いが訪れることになる。
それは、神さまの陰謀か。それとも偶然か。
とにもかくにも出会いのきっかけは、諸国行脚の途中の一休み中、大神官から運び込まれた。
たまの休みに与えられた神殿の一室でくつろいでいたわたしの平穏が、無粋な足音で破られる。
ノックもせずに部屋に飛び込んで来た神官見習いが、わたしに向けて声を掛けた。
「ねこさ…巫女さまっ、大神官さまがお呼びです」
いま、ねこって、言っただろ。
なあ、ねこって言ったよなぁ?
ヤンキーばりのメンチ切り目を向ければ、神官見習いはぴゃっと叫んで身を縮こまらせた。
いくら、毛玉に、埋もれていても、わたしは、猫じゃない!猫じゃないからな!
ジト目を向けつつ呼び出しに応じたわたしに伝えられたのは、山間の街道で猫族の山賊が出て問題になっている、と言う話だった。
犯罪はよくないが、事情があってのことかもしれない。
とりあえず状況を確認しようと、わたしは件の地域に偵察へ行くことにした。
我らが頼れる斎藤さんの諜報活動によりあっさり山賊のアジトは判明し、そのまま侵入制圧。
その先で見付けたのは、まだほんの子供ばかりが集まった集団だった。闘神斎藤さんとその部下たちに、簡単に無力化させられてしまうような、弱々しい存在たち。
あ、いや、我が愛しの騎士斎藤さんは、近衛騎士団長や大将軍に匹敵する超強いお猫だから、斎藤さんに敵わないからと言って弱いとは限らないのだけれどね。
斎藤さん、単独でとある国の近衛騎士団相手取ったり出来てたからね。
山賊は護衛付きの商隊も襲ったらしいし、猫族はファンシーな見た目に反して戦闘民族だそうだ。見た目が子供で斎藤さんに負けたとは言え、たぶん決して弱くはない、のだろう。
でもやっぱり、わたしから見たら彼らはまだまだ庇護が必要な子供にしか見えなくて。
無力化したのを良いことに、わたしは彼らから話を聞くことにした。
「なるほどね、みんな、戦災孤児なんだ…」
山賊騒ぎを起こしていた猫族の子供たちの話を聞いて、わたしは唸った。
山賊行為は、悪いことだ。ひとを脅して物を奪う、ひとから物を盗む、どちらも立派な犯罪だ。
しかし、もともと山賊まがいの侵略をして彼らの親を奪ったのは、人間側なわけで。
そもそも彼らを犯罪に走らせたのは、人間なのだ。
食べ物に困らず、盗みなんかしなくてもまともな生活が出来るなら、彼らだって山賊行為なんてしなかったんだろうから。
ここで彼らを罰することは簡単だ。けれど、それはあまりにも人間の勝手過ぎるのではないだろうか。
山賊の面々を見渡す。かなりの人数だ。そしておそらく、全員がある一定以下の年齢。
きっとそれだけ彼らの親は、必死で子供たちを守ろうとしたのだろう。だからこれだけの人数が生き残り、けれど子供だけしかいない。
「何人いるの?」
「山賊騒ぎに混じってないチビや弱いやつも合わせて、151人」
おお、図鑑コンプリート…じゃなくて、
「そんなにいたんだ…」
こんな小さな砦に、子供ばかり151人。食糧もろくになし。
環境が良いとは、とても言えないだろう。
「そんなに!?」
わたしの呟きを拾ったらしい猫族のひとりがいきり立って詰め寄って来た。斎藤さんが動きそうになったのを、目線で留めて彼の行動に任せた。
胸ぐらを掴まれ、引っ張られる。
わたしのおなかまでしか身長がないのに、その力はとても強かった。
「これっぽっちじゃないか!もとは何万人もいたのに、いまはたったの151人だ。お前らが、お前ら人間が、殺したからだっ!!」
どうやら彼は、わたしの言葉を誤解したらしい。
しかもわたしが、被召喚者だとは知らないようだ。
まあ、こんな所に隠れ住んでたら、無理もないか。
胸ぐらを掴む手に手を添え、彼の目を見据える。
このふくふくした肉球お手てを、暴力に使うなんて世界の損失だ。
「気を悪くしたなら申し訳ないけれど、そう言う意味で言ったんじゃない。それと、お前ら人間なんて、ひとくくりにしないで貰えるかな?わたしは、この世界の人間じゃない。戦争後にこの世界に呼び出された、異世界人だ」
「は?」
ぽかんとした目が、わたしを見つめた。
周囲の猫族たちも、一様にぽかんとわたしを見つめている。
よせやい。照れるじゃないか。
「イセカイ、ジン?」
誰かがぽつりと、呟く。
わたしは、頷いた。
「そ。異なる世界から来た、人間。異世界人。おわかり?」
「そんなの」
「別に信じて貰わなくても良いけどね。でもって、さっきわたしがそんなにいたんだって言ったのは、この狭い砦にそんなに大勢が住んでいたんだって驚いただけ。山賊被害的にも、そんな大人数賄える儲けが出るとは思えなかったしね」
奪われた荷の中には高価な物も含まれていたらしいが、猫族相手に商売をしてくれる商人はまずいない。裏ルートでなら売れはするだろうが、彼らの場合足下を見て買い叩かれた上で、ふっかけられるだろう。
そこを考慮すれば彼らの略奪したものなんて、せいぜい3、40人が養えれば良い方くらいの儲けにしかならないだろう。馬車馬まで食料にしたとしても、100人も養えない。
それを、子どももいるとは言え、151人。
どれほど、過酷だったのか。
「盗みだけで食ってたわけじゃない。狩りだってしてたし、戦えないやつは畑を作ってたんだ」
「ああ、それで最近この付近の野獣被害が減ってたんだね」
小さくても野獣を狩るのか。
なるほど、戦闘民族、ね。
子供とは言えそんな相手にあっさり勝つ斎藤さんたちって…いや、考えるのはやめておこう。
頷いて、猫族たちを見回す。
「つまり、戦うこと、狩りをすること、農業に、身の回りの雑用が、出来るわけだ。ほかには?」
「は?」
「縫い物は出来る?刺繍は?文字は書ける?計算が出来たりする?歌や楽器は?見せ物になるような芸や踊りが出来る子は?」
「な、にを…」
大きい子たちが、小さい子を守るように立ちふさがった。
誤解を生まないように、軽く両手を挙げる。
「ああ、きみたちを捕まえて売り物や見せ物にしようってんじゃないよ?ただ、わたしこう見えて救世の巫女なんて言われていてね」
猫を捕まえるだけで、聖女扱いだ。
ハーメルンの笛吹きにでも、なった気分。
「お礼として、神殿を建ててくれるらしいんだけど、知り合いもいないし、この世界の人間って正直好きになれないしね。かと言って神殿を維持とか出来ないって言うか、元いた世界と違い過ぎて、ひとりじゃ生きてくのもままならないって言うか」
料理や洗濯ですら出来ないのだ。一人暮らしとか、野垂れ死ぬ。
旅の間どうしたかって?良いかい諸君、世の中には宿屋や食堂、洗濯屋と言う、素晴らしい商売があってだね。と言うかそもそも旅には付き添いがいたから、ひとり旅じゃない。
そして家事に関しては、頼れるわたしの斎藤さんでも、お手上げなのだ。
「しかもね、わたしもう、還れないんだ」
「還、れない?」
「うん。一方通行で、元いた故郷…異世界には、戻れない」
それを伝えられた上で受け入れたとは言え、やっぱり未練はある。
向こうでなにごともなく生きられるんだったら、この世界に来ることなんて、受け入れなかったし。
「…あんたも、被害者、なのか?」
「まあ、そう言えるね」
この世界の人間の勝手で、連れて来られるハメになったのは確かだ。
「ああでも、悲観はしていないよ?なに不自由ない暮らしは、保証されているからね。路頭に迷うわけじゃない。でも、路頭に迷わないためにお金以外でこの世界の人間の世話を受けるのは遠慮したくてね」
この世界の人間は少し、自分勝手で厚かまし過ぎるから。
だから、と言って猫族たちを見回す。
「護衛とか経理とか家事とか農業とか、生活に必要なもろもろと、歌とか踊りとかの、楽しく生きるために必要なもろもろを、君たちが出来るなら、人間じゃなく君たちと、神殿で一緒に暮らしたいなって」
「…おれたちを、小間使いにしようってのか」
「いや、小間使いって言うとなんか聞こえが悪いよ。わたしが求めてるのは単なる同居人。ただ、家賃とか食費代わりに、わたしの分の家事とかもして欲しいなって」
人間じゃなく猫族にお世話して貰えるなら、神殿を猫族の土地に建てられる。煩わしい人間付き合いと、おさらば出来るのだ。
「あのね、いま、猫族と人間の住み分けがやられようとしているんだ。猫族が主に暮らしていた土地、ミーホータオを猫族と猫だけの土地にして、人間の不可侵を誓わせようってね。で、君たちがわたしを助けてくれるなら、神殿はその土地に建てて、人間との付き合いを極力なくそうと言う画策をね」
「…言い方変えただけで、結局小間使いじゃないか」
「うーん。そうかな。わたし、あんまりそーゆーの詳しくなくて…」
使用人がいる生活なんて、したことがないのだ。
「やって欲しいことはね、わたしのご飯と洗濯のお世話と、神殿のお掃除にお風呂の準備、護衛と、お庭の手入れに、月々支給される生活費の管理。に、出来るならわたしの暇潰しの相手とか。
で、その代わりにわたしが君たちに保証するのは、屋根と生活費と自由な身分。猫族の土地からさえ出なければ、好きに、あ、犯罪は駄目だけど、好きに活動して良いよ。行動を制限したり、鎖に繋いだりするつもりはない。
完全にわたしを見捨てられちゃうと、困るんだけどね。
これを君たちが小間使いだと思うなら、うん、わたしは君たちを小間使いにしたいって言ってる」
「そんな、都合の良いこと、」
「え、これじゃ、待遇悪いのかな…。ごめんね、ほんとうに、この世界の常識にあまり詳しくなくって」
一般的な雇用形態とか、わからないのだ。
えっと、労働法、社会保障、どんなだっけ。
「うーんと、うーんと、あ、そうだね、働く時間はちゃんと決めるし、休日も作る。馬車馬のように使い潰す気はないから。病気とかの時は休日でなくても休んで良いし、治療費とかも、もちろんわたしが負担するよ。
あとは、えっと、子供が出来た場合は無理していろいろしてとか言わない。子育ての時間とそれに必要なお金をあげるよ。あとなんだろ、あ、君たちの家族や友達が見付かったならそのひとが神殿に住んだり、逆に、君たちがそのひとたちに付いて神殿を出ることになっても受け入れる。
家族が見付かったからじゃなくて、わたしが嫌になったから神殿を出たいとかでも、好きに出て行って良いよ。当面の生活費とか渡して、送り出すよ。そのあと、戻って来たくなったなら、また受け入れるし」
なにかほかに、あるだろうか。
ああ、大事なことがあった。
「生活費って言ったけど、生きるギリギリでとか言わないよ?健康で文化的な生活が営めるように、十分な食費に服やほかの生活雑貨代に、遊ぶためのお金もあげる。と言っても、その辺はやっぱり詳しくないから、いろいろ相談して決めることになると思うけど」
…なんでそんなに、驚かれてるんだろう。
「わたしなにか、変なこと言ってるかな?まだ足りない?」
「ちが、小間使いに、そんな気遣いしないだろ?おれたちを、奴隷にしたいんじゃないのか?」
「奴隷!?」
まさかまさか。
「違うって!わたしはねぇ、猫族の頼みで猫の平和を守るために活動してんの。君たちが犯罪なんてせず幸せに生活出来る道を示そうとしてんのに、奴隷にしようなんてするはずないじゃん」
なんてことを言うのだ。まったく。名誉毀損だぞ。
「曲がりなりにも君ら、犯罪者なんだよ。でも、わたしは凄い巫女さまだから、多少のわがまま、君らを気に入ったから神殿の使用人として欲しいみたいなことが、押し通せるんだよ。それでほとぼりが冷めるまで暮らして、そこから自由に生きたいなら好きにして良い。自由にでもなんでもなればいいさ」
「あんた人間なのに、猫に味方するって言うのか」
「だから、わたしはこの世界の人間じゃないんだって。人間に味方する、恩も義理もないの。話聞いたら明らかに悪いの人間だし猫は可愛いし、猫に味方したくなるのは当然でしょ」
不意に、てててっと、小さい子がわたしに寄って来た。
足許で立ち止まると、両手をこちらに伸ばして来る。
「ん?なに?」
屈むと、首に両手を回された。
「なに?抱っこ?」
ひょいっと、小さな身体を抱き上げる。
「ひゃ、たかい…」
猫族は基本的に、人間より小柄だ。成人で、わたしの胸くらいの身長。
だからこの子も、わたしの高さに抱き上げられる経験はなかったのだろう。
「んー?怖い?落とさないよ?」
しがみついて来た子を撫でて笑う。
「爪は立てないでね、痛いから」
怖いのか、ちょっと爪が出ていた。首に傷出来たかな。すぐ治るから良いけど。
「あっ、ごめ、なさ…」
「良いの良いの。びっくりしたんでしょ?ごめんね、驚かせて」
「…おねーちゃん、いいにおいね」
ぽんぽんと撫でてやれば、落ち着いたのかわたしの首元に顔を寄せたちびにゃんこが言う。
「あー、なんか、猫に好かれる匂いだかオーラだか出てるらしいね。気に入った?」
「うん…」
ぐりぐりと、頭を擦り寄せられる。もふもふの耳が肌を撫でて、くすぐったい。
「良い匂い?」
「あ、ほんとだー」
「ぼくもだっこー」
ひとりに釣られてわらわらと、ちびにゃんこたちが寄って来る。
「あ、おい、」
「甘えたかな?おいで」
さっきからわたしと会話していた彼が止めるが、わたしは膝を突いてちびにゃんこたちを受け入れた。まとめてぎゅっと、抱き締める。
普通の猫に比べれば明らかに大きいが、猫族とすればほんの子猫たちだ。
こんなに小さい子たちが、親なしで生きているのか。
「こんな小さいのに親亡くして、大変だったね」
薄っぺらい言葉だが、それしか出なかった。
みいみいと、腕の中でちびにゃんこたちが泣き始める。
「あ、ごめ、泣かせるつもりは…」
「う゛ー、おかあさあぁぁあん」
「ふぎゃ」
泣きながらしがみつく子たちに加えて、さらに少し大きいちびにゃんこが突進して来て、どさりと床に倒れ込むことになる。
ああ、デジャヴ。召還直後にも、こうして押し潰されたよね…。
ちびにゃんこたちはわたしにのしかかり、顔を擦り寄せて、みいみいと泣いている。
正直、重いし、痛い。
「うんうん。よしよし。おねーさんで良いなら、存分に甘えなさい」
それでも耐えて、小さな猫たちを撫でてやる。
きっと彼らは、いちばん欲しい時期に親の手を亡くしたのだろうから。
「…怒らない、のか?」
「悪いのは、この子たちじゃないじゃない」
わたしの返答に、わたしと会話していた彼、たぶんこの子たちのまとめ役なのだろう、は難しい顔をすると、周囲に集まる猫族たちを見回した。
「…わかった」
「うん?」
「あんたを、信じる。おれたちは、あんたの小間使いになるよ」
「そっか」
…なにが彼らの、決断に繋がったんだろう。
わからないけれど、でも、
「ありがとう」
認められて、嬉しいのは確かだ。
押し潰されたままふにゃりと笑ったわたしを、彼は目を見開いて見つめていた。
わたしの神殿が完成するまでの間、わたしの小間使いになった猫族たちは大神官の神殿に身を寄せた。わたしの脅…お願いで、彼らにもなに不自由ない生活が保証される。
わたしは変わらず猫探しの旅を続けたが、その旅に新たな道連れが出来た。
保護した猫族のリーダーを始めとする、数人の猫族の護衛だ。
都合上普段は召喚石に入って貰っているが、斉藤さんたちや小太郎と同じく、それはそれは心強い味方だった。
うん。実はやっぱり、すっげぇ、強かったよ、彼ら。
そんな間にわたしの神殿も完成し、わたしの諸国行脚もひとまず終了した。
ほとんどの猫は保護し終え、あとは要請があったときに出張るくらいで良いそうだ。
小間使いとなった猫族たちはわたしをこの上なく慕い、とても良い働きを見せてくれる。
わたしが保護したほかの猫族や猫たちも猫族の土地で平穏に暮らし、たまに神殿に遊びに来てくれる。
神殿は常に猫たちや猫族たちで賑わい、もふもふだ。
わたしに、平穏な生活が訪れた、と思った。
実際、数年間、とても平穏でもふもふな生活を楽しんだのだ。
にゃーれむ万歳、と思っていたのに。
「ちょ、待って待って待って、どう言う状況!?」
ここは神殿のわたしの寝台。
広々とした寝台の真ん中で、わたしは絶賛押し倒されなう、である。
わたしを押し倒しているのはえらく別嬪な青年で、すこし吊った目ににやりと笑う口が、クールな魅力を作っている。
彼の頭には三角の耳が覗き、腰からは長い尻尾が…、
「え、あ、もしかして、チャンス?」
「あ、わかってくれるんだー、愛かな?」
見覚えのある耳と尻尾に恐る恐る問い掛ければ、青年は嬉しそうに目を細めた。そのままわたしの胸に、顔を埋める。
チャンスと言うのはわたしの小間使いたちのリーダーの名前で、なんでこんな状況かと言えば、朝起きたら部屋にいた彼が、有無を言わさずのし掛かって来たのだ。
「な、なんで人に…」
「おれたちね、特別な猫族なんだ。気付いてなかった?」
「い、言われてみれば、ほかの猫族からの扱いが違ったような…」
なんだかちょっと、こう、畏怖みたいな視線を受けていた気がする。しかも、猫族なのに、な行とま行が問題なく言えている。
「うん。おれたちは猫族の中で特別扱いされる、神聖な種族って言われてる。だからニャッシュも、おれたちが神殿で暮らすことを歓迎しただろう?」
「そう言えば、さすがは巫女さまですとか…」
「そ。で、なんで特別扱いかと言えば、こーゆーこと」
チャンスが、自分を指差して微笑んだ。
「おれたちの種族は、成人すると人に近い姿になるんだ。普通の猫族より身体も大きいし、能力も高くて、寿命も長い」
「なんでそれ、最初に、」
「あんたを見極めてたの。気付いてて、おれたちを欲しがったのか、単純に、同情や善意だったのか。まさかほんとに、単なる善意と好意で猫に協力してるとはね」
…だって、人型になる猫族とか、知らなかったし。
「見極めて、単なるお人好しなら利用してやろうと思ってたのに、大誤算だよ」
「な、なにが…?」
「このおれが、おれだけじゃないな、誇り高き神猫族が、こんな女に絆されるなんて、さ」
「ほだされる…」
胸に顔を埋め、上目遣いでわたしを見上げたチャンスが、色を含んだ目を細める。
「あんたに惚れた、って言ってんの。気付いてなかったみたいだけど」
「だって、種族違うし」
「そうだね。あんたにとっちゃ、猫は愛玩対象だ。でも、今ならどう?」
ぐっと身体を持ち上げたチャンスが、真上からわたしを見下ろす。
「耳と尻尾を見逃せば、あんたと変わらない姿形だよ?」
「いっや、あの」
「ふふ。赤くなった」
妖艶に微笑んだチャンスが、わたしの耳に顔を寄せる。
「かぁーわいいっ」
腰が、砕けるかと思った。普通の猫族は成人しても少年のような愛らしい声なのに、チャンスはぞくりとするような美声なのだ。死ねる。まじで死ねる。
「ドキドキしてるね。ねぇ、あんた年取れないんだろ?神猫族も、老化は人間より遅いんだ。恋人にするには、持って来いだと思うけど…?」
「いやいやいやいや。待って、落ち着け」
「おれは落ち着いてるよ。いや、あんたの匂いには、もうずっと酔ってるかな」
わたしの首元に顔を寄せたチャンスが、柔い皮膚に唇で吸い付く。
「あっ、やっ」
「ふっ、あんた、匂いだけじゃなくて肌も甘いんだな」
「ちょ、駄っ目だって、あんっ」
「感度良いね。ねぇ、良いじゃん、受け入れちゃいなよ」
完全にチャンスに抑え込まれて身動き取れないわたしが、万事休すと思ったとき、
「ちょっとチャンス!なにやってるの!」
「抜け駆け禁止だよ!!」
「巫女さまの寝室に勝手に入らない!」
「巫女さまはご飯の時間だから!!」
寝室に飛び込んで来たのは、猫耳付けた美男美女。
「え、ロン?ニケ?ミーナに、ディーン?」
「巫女さま、ご無事ですか!?」
「すみません、この馬鹿が」
「すぐに叩き出しますからね!」
「お腹空きましたよね。すぐご準備いたしますから」
見覚えのある耳と尻尾たちに名を呼べば、微笑んで答えられる。
引き離されたチャンスが、ふてくされた顔で吐き捨てる。
「んだよ、良い子振りやがって。全員、ミヤコを狙ってるくせに」
「あんたみたいに強引じゃないのよ!」
「巫女さまをこんなに怖がらせて、僕らまで怖がられるようになったら、どうしてくれるのさ!?」
ちょ、不穏な台詞を、お願い否定して!
「ね、狙ってる、って」
「大丈夫です。チャンスみたいに無理強いはしません」
「巫女さまが、受け入れてくれるのを待ちますから」
否定してくれないの!?
キョドるわたしの手を取って、美男美女と化した愛猫たちが微笑む。
「神猫族で、良かった」
「ずっと、愛しく思っていたんです」
「大切にしますから」
「どうか、拒まないで」
真剣な懇願に、わたしはぱくぱくと間抜けな顔で答えた。
言うべき言葉が、見付からない。
「…ちなみに、現状成人してんのはこいつらだけだけど、このあとどんどん成人してくから」
ディーンに取り押さえられたチャンスが、わたしを見て言う。
「んで、おれたちみんな、あんたにぞっこんだから」
「それは、つまり…」
「ここは、神殿と言う名の、愛の巣になるって、ことかな。今さら投げ出したり、しないよな?ミコサマ?」
チャンスがにいっと微笑んで、わたしを見る。
「身体、もつと良いな」
「不穏!めっちゃ不穏!なにそれ!?」
「だって猫族って、人間より本能に忠実な種族だから」
チャンスの言葉を否定して欲しくて見回すのに、周囲の美男美女は微笑むばかりだ。
「幸せに暮らそうぜ、ミヤコ」
神さま、ほんとに逆ハーレムを、用意してくれてたんですね…。
姿はどうあれ今まで仲良く暮らして来た彼らを突き放すなんて出来なくて、結局わたしは彼らに、捕まった。
彼らがわたしを大事にしてくれることに、変わりはなかった。それまで以上に愛し、甲斐甲斐しくお世話してくれる。
具体的な愛し方?訊くな!!
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
なぜか斎藤さん=最強と言うイメージが作者のなかに…
斎藤さんって名前なだけで強そうに思えるのはなぜ…?
151で図鑑コンプとか言っていると年齢が…(;`・ω・)
まだ白黒で縦長だったぜ!
主人公は
けもみみ<<(越えられない壁)<<肉球おてて
なひとなので
これからニャッシュさんや斎藤さんや小太郎が
すさまじい嫉妬を受けることになる…かもしれない