てっぽうえびのシュリン
うみのなか。
さんごでできた、家がひとつありました。
住んでいるのは、てっぽうえびの女の子シュリンと、ハゼの青年ダンテ。
さんごの家は、シュリンがつくったものでした。
目のいいハゼのダンテは、まわりを見張ったり、ごはんをよういする役をしています。
うみに言葉が生まれる前から、えび一族とハゼ一族は、一緒に暮らしていたのでした。
夕ごはんの時間。
シュリンは、ダンテの帰りを待っていました。
「あの天井のところに、タコノマクラがほしいなあ」
シュリンは、花がらで、まるいうにのカラを思い浮かべます。
こうやってシュリンが欲しいと思ったものは、不思議と、ダンテがごはんと一緒にもちかえってきてくれるのでした。
「ただいま。今日はかわいいタコノマクラがあったよ」
「ダンテ、ありがとう!」
シュリンは、とてもよろこびました。
でも、ダンテの手元をみて、ちょっとがっかりします。
ダンテがもちかえったタコノマクラは、ミズクラゲの赤ん坊のように、とてもちいさかったのです。
「これは、ここにつけようと思ってね」
ダンテは、シュリンのあたまに、花がらのカラをつけました。
シュリンはうれしそうに、タコノマクラをなでました。
「ねえダンテ。わたし、きょう、かんがえてたことがあるんだ」
「なんだい?」
「そとがあぶないとき、ダンテは、わたしのなまえを呼んでおしえてくれるでしょう?」
「うん。そうだね」
ダンテはうなずきます。
シュリンはたずねました。
「じゃあ、言葉がなかったころ、ハゼさんは、どうやってわたしたちに危険をおしえてくれていたの?」
「いい質問だね、シュリン。きょうは、その話をしよう」
ダンテは、シュリンのあたまをなでました。
「まだうみに言葉がなかったころ、えびの目は、よくみえていなかったんだ」
「わたしたちの目が?」
「そうだよ。だからぼくらは、からだをふるわせて、危険をつたえていた。そしてきみたちは、ぼくらにいつもふれていることで、ぼくらの知らせをうけとっていたんだ。シュリンがぼくにくっついていると安心するのは、そのなごりなんだ」
「ふうん?」
シュリンは、満足そうにダンテによりそいます。
ダンテはいつも、歴史や、そとの世界の話を、たくさん聞かせてくれました。
シュリンもいつも、家に流れついてくるものや、かんがえたことをたくさんダンテに話しました。
「わたし、ダンテとお話ができて幸せだな」
ごはんをたべながら、シュリンはしみじみと言いました。
ある日のこと。
さんごの家に、あたらしい住人がやってきました。
「シュリン。ぼくのお嫁さんの、ルチアだよ」
ダンテのとなりには、きれいなハゼのお嫁さんがいました。
ダンテは、ルチアを家にむかえいれます。
「ルチア。この子が、シュリンだよ」
お嫁さんのルチアは、シュリンを見ると、かわいい、とほほえみました。
そうだろう? と、ダンテは誇らしげにこたえます。
シュリンは、おもわず隠れてしまいました。
ルチアにおどろいたのではありません。
シュリンは、ダンテがルチアにむける優しい声をきいて、なぜだかとまどってしまったのです。
この日から、三人での暮らしがはじまりました。
以前のように、シュリンとダンテは、たくさん話をしました。
けれどシュリンは、ダンテとルチアをみていると、じぶんはひとりぼっちのような気持ちになりました。
とくいの家づくりも、すっかり手につきません。
「ダンテ、ごめんなさい」
ひとりでつぶやいたあと、シュリンは、ほかのうみへととびだしていきました。
ひろいうみ。
シュリンは、えびの家がならんでいるのを見つけました。
家は、どれも石でできています。
しかも、じょうぶそうなだけでなく、ルビーやサファイアなどもふんだんに使われている、とても立派なものでした。
シュリンは、家のなかを、窓からのぞいてみました。
「おまえはほんとうによく働くねえ。もうごはんの時間だよ。おいしいのは、西の岩場にあるからね」
ハゼのおばさんが、えびの女の子に言っています。
えびの女の子は、うなずいて、家からでてきました。
そこてま、シュリンはたずねました。
「ねえ、このうみでは、えびがごはんもよういするの?」
しかし、女の子は、あいそよくほほえむだけでした。
「おかしいなあ。もしかしてこの子、言葉をつかえないのかな?」
たしかに、ここのえびたちは、みんな言葉をつかえないようでした。
「みんなは、おしゃべりしないぶんだけ、家づくりがうまくなったのかな?」
シュリンは、えびの仕事をみてまわることにしました。
ここには、家に流れこんだ砂をかきだしたり、潮でくずれた壁をなおしているえびはどこにもいません。
えびの仕事は、鉱石を掘ることばかりのようでした。
その鉱石から、宝石をしたてるえびもいます。
そうしてつくられた宝石はみんな、家のかざりや、ハゼの服に使われていました。
「こわれない家ができたから、みんな、もう家はつくらなくなったのかな」
とある家では、えびが料理をつくっていました。
その料理をたべたハゼが、「ほら。おいしいでしょう?」とえびに話していました。
料理をつくったえびも、うれしそうにうなずいています。
シュリンは、不思議におもいました。
「ここのハゼさんは、えびが用意したごはんをえびにあげて、それを宝石づくりのおかえしにしてる。なんだかハゼさんは、ごはんでごはんをつくって、それを宝石にかえてるみたいだ」
宝石は、どんどんつくられていました。
宝石はくさらないから、どんどんふえていくのです。
まるでこのうみは、ダンテが話していた、キップルの山をつくるうみのようでした。
『宝石は、数がふえすぎるとキップルというものになる。このキップルが山のようになると、ぼくらが生きる場所はなくなってしまうんだよ』
もともとキップルは、えびのカラや、ハゼのホネのように、大切なものをつつむもののことだったとダンテは教えてくれました。
「そういえば……わたしのタコノマクラも、キップルだ」
シュリンは、ダンテがくれたタコノマクラをなでました。
『キップルは、大切なものをつつむもの』
その言葉をおもいだすと、ダンテがくれたタコノマクラは、宝石よりも価値があるようにおもえてきました。
そうしてシュリンは、このうみをあとにしたのでした。
ふたつめのうみ。
このうみも、石づくりの家と、宝石があるうみでした。
けれど、ここではえびが言葉をしゃべり、ハゼがしゃべらないようでした。
家のなかでは、えびがハゼを抱きしめています。
「ああ、なんてかわいいハゼでしょう! つぎは、どんな服をきせちゃおうかなあ?」
抱かれているハゼも、うれしそうにしています。
それをみたシュリンは、思わず、とびのいてしまいました。
うれしそうに抱かれているのは大人のハゼで、その彼へ話しかけるえびの言葉が、とても怖くおもえたからです。
シュリンは、しおしおと歩きます。
「このうみも、えびが働いてごはんをよういして、ハゼさんが宝石の服をきて家のなかにいる。なんだか、まえのうみとあんまり変わらないなあ」
このうみにもなじめず、シュリンは、べつのうみへとでていきました。
みっつめのうみ。
ここでも、えびがごはんと宝石をつくり、ハゼは石づくりの家のなかで宝石を身につけていました。
いままでとちがい、えびもハゼも、おしゃべりをしません。
どこの家でも、えびとハゼはなかよくくっついていました。
「ここのみんなは、幸せそうだなあ」
シュリンは、ここでなら暮らしていけるかもしれない、とかんがえました。
けれどシュリンは、石の家も、宝石もつくることができません。
そのうえ、ごはんもよういしなければならないなんて、シュリンにはとてもできそうにありませんでした。
「ここのえびは、みんなしっかり仕事をしてる。わたしは、なんてだめなえびなんだろう」
シュリンは、とてもおちこみました。
うつむいて、このうみもはなれようとしたときでした。
「そこのおねえさん、どこにいくんだい?」
ちいさな少年のえびが、話しかけてきました。
「わたしには、いくところなんかないわ。きみはだれなの?」
「ぼくは、てっぽうえびのアルフェウスさ。きみのなまえは?」
「わたしはシュリン。あなたも石の家をつくれるの?」
「いいや。ぼくにはつくれないよ」
「そう……石の家のつくりかたを、おしえてほしかったのだけれど」
「そんなのはどうだっていいよ。石の家をつくれるやつなんか、いまはどこにもいないんだから」
アルフェウスは、シュリンのまわりをくるくるとまわります。
「シュリン、ここのえびが、どうして幸せだかしっているかい?」
「いいえ。しらないわ。どうしてなの?」
かんたんだよ、とアルフェウスはいいました。
「ここの幸せは、言葉でつくられているからさ」
「言葉で?」
シュリンには、アルフェウスの話がまるでわかりません。
アルフェウスは、うでを振ってうったえました。
「ここのえびたちは、『ハゼの世話をすることがえびの幸せだ』なんて言葉を信じてるんだ。それにハゼだって、その言葉になんのぎもんももたずに、すっかり甘えてしまってる。ここは、言葉に支配されたうみなのさ……」
「どうしてアルフェウスは、それをわたしに教えてくれたの?」
「きみみたいなえびを、たくさん見てきたからさ」
そう言うと、アルフェウスはシュリンのとなりにならびました。
「シュリン。ぼくも一緒につれていっておくれよ。こんなうみは、ぼくはもうごめんなんだ……」
シュリンは、とてもおどろいていました。
言葉をきいただけで、さっきまで素晴らしくおもえていたうみが、どうしてこんなにも色をかえてしまうのでしょう。
「みんな、じぶんのことしか考えてないんだ。言葉はいつだって、そのためにつかわれているよ」
アルフェウスは、つぶやきます。
シュリンは、くびをななめにかたむけました。
「けれど、言葉は歴史も教えてくれるわ。あなたが、わたしにそうしてくれたように」
さんごの家でも、ダンテは、シュリンにたくさんの歴史を話してくれました。
それに言葉は、キップルだったタコノマクラを、宝物にもかえてくれたのです。
ダンテの言葉は、いつだって、シュリンへの贈りものでした。
「もういちど、ダンテに会いたいなあ」
シュリンは、タコノマクラをなでました。
家づくりのえびがいなくなって、ダンテはいまどうしているでしょう。
だまって家をとびだしてきたことを、シュリンはとても悔やみました。
つらくて、涙が流れてきます。
「会いたいなら、会いにいけばいいじゃないか」
アルフェウスは、シュリンを気づかうように、よりそいます。
「けれど、そんなに勝手なことばかりできないわ」
「勝手なことってなんだい?」
シュリンは、ダンテのことと、家をとびだしてしまったことをアルフェウスに話しました。
「きっとわたしは、みはなされてしまっているわ」
それを聞いたアルフェウスは、しっかりと地面をふみしめました。
「ダンテはきみをみはなしているから、今、きみがどうなっていたってかまわないと思っているっていうのかい? ぼくは、かれは心配しているし、大変な思いをしてると思うけれど」
シュリンは、ダンテが心配しているなんて、いままで思いつきもしませんでした。
「けれど、あの家にはもう、べつのえびがいるかもしれないの」
「べつのえびがいたら、ダンテは安心するのかい? きみがどこにいったのか、ぜんぜんわからないままなのに?」
アルフェウスは、シュリンをはげましつづけます。
「ありがとう、アルフェウス。わたし、家にかえってみることにするわ」
けれどシュリンは、不安でなかなかうごけません。
「シュリン。いっしょにいこう。ふたりなら、きっとうまくやれるから」
そうして、ふたりは、さんごの家へと帰ったのでした。
さんごの家で、シュリンは、この旅の物語をたくさん話しました。
じぶんがどうやって今を生きているのかを知って暮らすうみが、シュリンには、とてもいごこちがよかったのでした。




