貧乏人の殺し間
オオカミたちは門番コボルト達に奇襲を仕掛けて食い殺した後、スケルトン達とにらみ合っている。スケルトン達は骨だけの体に木の槍だけが持ち物だ。オオカミの獲物としては一切うまみがないはずだ。まさかペットの犬よろしく骨を咥えて遊びたいわけじゃないだろう。それなのに明確に奥に侵入する意思がある。ダンジョンコアか餌になるであろうコボルトの残りにゴブリン達を狙っているのだ。
ゴブリン達は一度減った後ゆっくり数を増やし今では30匹を超えているはずだ。妊娠した姿など見たことないのにふと気が付いて数を数えると増えている。漫画やゲームみたいに悪臭がするわけではないので気にしていなかったが、そもそもおれは呼吸をしていない。実はかなり臭いがするのかもしれない。死んで胃袋に入った後光になって魔力に還元されるかもしれないがオオカミたちにはわからないだろう。俺も別に試したいわけじゃない。
ぐるるーと低い声で唸ってスケルトン達、中でも明確に≪力持ちの≫スケルトンを睨み付けている。レベルは全員3だがステータスの違いを本能的にかぎ分けているのだろう。
脳内映像からわかるのは肩書、種族にレベルだけだ。ゲームと違い詳細なステータスはわからない。だが敏捷は高いだろう。スケルトンたちなら全滅してもかまわない。どうせ浄化の力などないので次の戦闘でも使えるはずだ。
このまま戦闘をのんびり観戦する気はない。オオカミの足ではこのひたすら長いだけの直線ダンジョンなどあっという間に走破するはずだ。スケルトン達がやられてから慌てて何かするのでは遅すぎる。
今はダンジョンの形は変えられない。召喚と違い近くまで行かないとダンジョンの壁に命令できない。
せっかく新しい召喚モンスターのリストが出ているが召喚したばかりのレベル1ではレベルの上がったスケルトン達とステータスは多分あまり変わらない。ここは罠召喚だ。魔力を惜しんで団子4兄弟の形のままにしていた、ゲーマーなら鼻で笑うであろう、このバットデザイン賞間違いなしのダンジョンにも利点はある。
長い通路と小部屋を順に抜けないと必ず奥に進めないのだ。残りのモンスターたちに急いで奥に進みボス待機部屋で待つように命令する。大量にいるが何とか入るだろう。この戦闘が終わるまで我慢してくれればいい。
召喚する罠を少し考えていただけで脳内映像がいっきに進んでいた。状況は悪い方へだ。木の槍がほとんど折れてしまっている。オオカミの毛皮は何とか出来ても強靭な筋肉と骨に阻まれて攻撃した槍がそのまま折れてしまうようだ。リーダーの体当たりだけでスケルトンが吹っ飛んでバラバラになる。何とか有効打を与えているのは≪力持ちの≫スケルトンだけ。しかも倒すまでに至ってない。相対しているオオカミは血まみれだが多分まだまだ戦える。
罠の種類を考えてみる。木の弓や槍が壁から飛び出すタイプでは多分役に立たないだろう。落とし穴も初級タイプはほんとにただ床に穴が開くだけだ。オオカミの跳躍力ではあっさり飛び出してきてしまうかもしれない。初期リストの中で桁違いの魔力使用量を誇るつり天井は最も有効だろうがあれは負けるくらいならと味方ごと部屋をつぶしてしまうものだ。オオカミ6匹に使う気はさすがにない。召喚した時点で俺の中の魔力が枯渇しても困る。
先日召喚した偽宝箱は二つ目の部屋のすみに設置してある。その前に落とし穴があるが今回は何の役にも立たない。忘れよう。
メリットとデメリットを考えたうえでトラップピエロが修理可能なものを残すと候補が二つしかない。虎ばさみと踊る鉄剣だ。
虎ばさみは現実の物そのままだ。ゲーム風に言うなら壊すまでの移動不可と継続ダメージだ。踊る鉄剣のほうは鉄のショートソードだろうか。拾おうと近づいてきた人間に切りかかる。上級冒険者には、近づいてこないしすぐ壊されるしで役に立たないが今この場では役に立つ。オオカミの嗅覚なら金物の臭いであっさり位置がばれるかもしれないがそこはある程度隙間なく埋めてしまえばいい。どうせ一本道だ。もしあきらめて帰っていっても罠の位置移動で再利用出来る。問題はない。
よく利用していた罠マジックミサイルを大量に使った殺し間を思い出しながら最初の通路に虎ばさみを位置をずらしながら大量にばら撒く。踊る鉄剣もセットだ。胸から流れ出る魔力の量が想定通りとはいえかなり多い。再利用できないならとても使う気になれなかっただろう。
スケルトン達は罠設置が終わるのとほぼ同時に全滅した。獲物の槍を失った後にオオカミを一匹絞め殺した≪力持ちの≫スケルトンは大したものだが、その瞬間を狙ったのだろうリーダーの≪狡猾な≫ハイイロオオカミの奇襲の全力体当たりでばらばらになってしまった。
オオカミ達は息を整えながら奥を睨み付けている。やはり大量の罠から出る金物臭にはもう気が付いているようだ。帰る気はないようでまず一匹が真っ直ぐ通路に入ってきた。鼻をふんふんと鳴らしながら進むとあっさり最初の虎ばさみを踏んだ。セットの踊る鉄剣も勢い良く切りかかる。木の槍よりかなりましだが止めをさすには時間がかかりそうだ。
その瞬間次の一匹がかなりのスピードで走り出す。虎ばさみの痛みに苦しむ仲間の背を踏み台に、天井ぎりぎりまで高く飛ぶ大ジャンプだ。そのまま二歩進みそのオオカミも虎ばさみの餌食になる。渡し船作戦か。三匹目が走り出すのを見ながらオオカミの頭の良さと指示系統に感心する。
この戦闘自体はもう終了だ。一匹減って5匹になったオオカミたちではリーダーの跳躍力がいくら素晴らしくても次の部屋まですら届かない。あとはゆっくり罠が体力を削るだろう。
結局リーダーも床に落ちた。虎ばさみを二つも壊して進む体力には驚いたが、両前足がズタズタになったあとは三つめの虎ばさみを噛み壊す力はもう出なかったようだ。オオカミが皆魔力の光に還元されたのを確認すると脳内映像が消える。
その瞬間玉座(長時間座ると腰にくる)からずるずるとだらしなく滑り落ちる。
今回の損失はコボルト5匹分だけだ。オオカミ達の遺した魔力で十分におつりがくる。だがそんなことより野生のモンスターの知性の高さに驚いていた。手が使えるモンスターならさっきの罠なんてあっさり突破できそうだ。ましてちゃんとした人間はどうだ?こういったことに慣れた冒険者や教育を受けた戦士はあっさり突破してくるだろう。
いやいやと頭を振る。チュートリアルは終わったのだ。入ってくる順番など関係ないだろう。村人が2人失踪しているのだ。よくあることで終わるのかちゃんと役人にでも訴えるのかはわからないがこのままいけばすぐに自分の意思をもった人間が集団で乗り込んでくる。そいつらを撃退できてもどんどんより強い集団が入ってくるだろう。入った村人が必ず消えるダンジョンなどよっぽどのバカでも自分は入らずに誰かに解決を依頼するだろう。
さっき考えたダンジョン改良案を思い出していったん却下する。効率よく流れに沿って殺すなんて不可能だ。2匹目から、いや人間なら最初から罠にかからないかもしれない。
モンスターも罠もどんどん新しくしていく必要がある。モンスターは損失も覚悟でどんどん敵にぶつけよう。このダンジョンはいわゆる階層がない。上下に掘れないのは確認済みだ。せめて迷いやすいようにグチャグチャに道を伸ばすとしよう。自分がいざって時に迷わないようにしなければならないので床にずりずりとダンジョン設計図というか迷路の落書きをする。
ああせめて紙とペンが欲しい。




