幽閉された王女
昔、北のかなたに若い王さまと王妃さまがおりました。あるとき戦争があって、火の手は王さまと王妃さまの住んでいるお城のすぐそばまで迫りました。王さまは王妃さまの身を案じて、お城の外へ逃げるよう命じました。若い王妃さまは王さまのことをとても愛しておりましたので、別れがつらくてなりません。王さまは王妃さまに、
「もし私の身に何かあっても、お腹の子を私だと思って大切に育てるのだよ」
と言ってなぐさめました。王妃さまは王さまの子を宿していたのでした。王妃さまは王さまの言いつけに従い、お付きの者と一緒に南へ南へと逃れました。その後若い王さまの国は戦争で滅ぼされてしまいました。
行くあてもなくさまよう王妃さまを、とある国の年老いた王さまが見そめました。もうお腹の子がだいぶ大きくなっていたので、王妃さまは年老いた王さまの国に落ち着くことにしました。
それから若い王さまと瓜ふたつの男の子が生まれました。王妃さまは若い王さまとの約束を守り、王子を愛する夫と思い大切に育てました。けれども年老いた王さまの愛は受け入れようとはしませんでした。
やがて王子は父と同じようなりりしく立派な青年に育ちました。そして年頃の姫さまをめとりました。輿入れして来た姫さまは王妃さまにたずねました。
「私は王子さまに愛されてとても幸せです。私も王子さまを愛しております。王妃さまはなぜ王さまの愛をお受けにならないのですか。王さまが年をとりすぎているからですか」
王妃さまは姫さまをやさしくさとしました。
「若い頃の恋はいっとき激しい炎をあげます。けれども燃えさかる炎はときに切なくはかないもの。やがて若かりし頃の情熱は美しい思い出として胸に秘め、熾火のように昔を偲ぶよすがとなるのです。長い一生を恋の情熱に駆られて過ごすには、私たちはあまりに脆くできているのですよ」
王妃さまの一生は長くはありませんでした。そのうちに病にかかって亡くなってしまいました。
姫さまは王子と末永く一生を添い遂げるつもりでおりましたが、あたかも王妃さまの言葉が啓示のようになり、王子はいくさに出かけて死んでしまいました。悲しみにくれた姫さまはすでに王子の子を身ごもっていましたので、お腹の子を亡くなった王子と思い大切にすると誓いました。やがて王妃さまと瓜ふたつの王女が生まれました。
王女が美しく成長した頃、この国が戦争に巻き込まれました。年老いた王さまはさらに年老いておりましたが、王妃さまにそっくりな王女をこよなく愛していましたので、忠実な家来である森の民に王女の身柄を託しました。森の民はお城の外の森に住んでいる屈強な戦士の集まりでした。森の民はかつて王子が森に建てた塔の中に王女をかくまいました。年老いた王さまはあらゆる国に向けておふれを出しました。
「われは死すとも森の民は死せず。いとしき王女を手に入れたくば、森の民を打ち倒してみよ。倒せた者にこそ王女は与えられるであろう」
その後年老いた王さまのお城は攻め滅ぼされてしまいましたが、勇敢な森の民はよその国のどんな攻撃にも屈しませんでした。彼らは闘争心を高めるために不思議な薬を使っていると恐れられていました。
時がたち、塔にかくまわれている美しい王女の噂を聞いた藩王が、森の民に戦いを挑みました。奸智にたけた藩王は、まず森の民が薬の原料として育てている白い花を焼き払いました。戦意を失った森の民は、藩王に率いられた軍隊にあっけなく倒されてしまいました。森の塔に辿り着いた藩王は、王女を連れ出そうと中にはいりましたが、そこに王女の姿はなく、あるのは白い骨ばかり。壁にはメッセージが彫られていました。
さて、何て書いてあったと思います?
こう書いてありました。
「見つけてくださいまして、ほんとうにありがとうございました」