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君にだけは負けられない

作者: 月村ゆの

 放課後の会議室と書かれた教室で、各部活の部長たちが勢揃いしていた。

 今日は部費の振り分けに不満を持った部達の進言により、こうして会議室を一室借りての話し合いが始まったのだが。


「――というわけで、あなた方の意見は認められません」

「はぁ、何でだよ!」

「話にならないわ、会長を呼んでよ」

「そーだそーだ、会長を呼べ!」


 私、夏目真希は春岡高校生徒会副会長だ。

 決して私が彼らの意見を無視しているわけではない。この部費の振り分けは変えない、という事は生徒会で決定されている。

 今日は私にとって話し合いという名の説得会だ。

 きちんと皆が納得出来るように、必死に考えてきた言葉はどうやら通じる事はなかったらしい。

 しかし、この件を任された身として引き下がるわけにはいかない。

 別にあいつの手を借りるのが嫌というわけではない。いや、実際嫌だけれども。

 ともかく、ここは私一人で乗り切る。


「ですから、これは生徒会で決定した事であって……」

「だから会長を呼べって言ってんだよ!」


 いくら声を張り上げても、会長コールが響き渡る教室では誰も聞いてはくれない。

 挫けそうになりながら、もう一度声を張り上げるために息を吸った時だった。


「何だか騒がしいが、どうした?」

「あ、会長!」

「おい天野、部費の振り分けどうなってんだよ」

「あーあれな、少ないのは分かってんだが、全部活に振り分けると、あれが一番なんだ。悪いがあれで勘弁してくれ」


 あれがうちの生徒会会長、天野秀介だ。

 入ってくるや否や、騒いでいた部長たちを静かにさせたかと思えば、顔の前で手を合わせて頼む、と一言。

 それだけで、私の今までの苦労はなんだったのかというように、皆仕方ないなと笑い合う。


「これで我慢してやるから、今度の試合、助っ人してくれよ」

「あっ、ズリーぞお前。天野、俺んとこも頼む」

「じゃあ私たちは今度見学に来てね」

「あぁ、分かった」


 会長の了承の言葉を聞くと笑顔で部長たちは教室を出て行った。

 隣で見送っていた会長を見る。へらへらと笑って全然会長らしくないのに、何故か生徒たちに慕われている。

 何でこんな奴に私が負けるんだ。イライラしながら私も教室を出ようとすると声を掛けられる。


「夏目」

「……何ですか、会長」

「あー、一人で任せて悪かったな、と思ってな」

「一人で解決できなくて悪かったですね」


 そう言い捨てると教室を出た。

 感じ悪いのは分かっている。だからと言って平静に接せられるほど大人にはなりきれない。

 自分の態度に反省をしつつ、しかし心はまだ会長に対してのイラつきが残っていて、はぁ、と溜息を吐いた。




 一年前までは自分がこんなに嫌な性格だとは思っていなかった。二年生の始め、会長が転校してくるまでは。

 それより前までは私が会長の場所、皆の中心にいた。

 会長が来てからは、彼の周りに人が集まった。しかしそれは転校して来たばかりだから仕方がないと、その時は思っていた。

 中間考査の結果が張り出された日、常に一番を取っていた私は初めて二番目に名前が記された張り紙を見た。

 そして一番、私の名前の上に書かれていたのが、天野秀介。会長だ。

 確かに悔しかったが、それだけで私が会長に対抗心を燃やしたわけではない。

 あの時は、また自分が一番だろうと余裕をかましていた事もあって、次の期末考査は必死に勉強をした。

 だが結果はまた二番目。その後もずっと私は二番で会長が一番。

 そのうち私を中心としていた皆が会長を囲むようになった。

 それだけでも悔しかったというのに、次の生徒会会長の最有力候補と言われていた私を差し置いての会長だ。

 ここでも二番目、副会長になった私は会長に対抗意識を持つようになった。




 あぁ、思い出したらまた腹が立ってきた。

 今日はもう生徒会の活動も終わったし帰ろう、とかばんを取りに生徒会室に足を向けた。

 その後ろで会長が私を呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないフリをして足を速める。が、生徒の規範となるべき生徒会長が廊下を走って私を引き止めた。


「夏目! 悪い、お前が頑張ってたのに俺が勝手に手出ししちゃって」

「別に気にしていません。それから廊下は走らないで下さい」

「あ……あぁ、悪い」


 今度は怒りを含ませずに接せられたが、あまり長くいるとまた怒りをぶつけてしまいそうで、一礼して去ろうとした。が、私に元気な声が掛けられて足を止める。


「あ! 夏目じゃん、元気してたか?」

「……坂元、何で春高に?」

「今日ここと練習試合したんだよ」


 坂元は小中と同じ学校に通っていて、家も近い事から小さい頃はよく遊んだし、成長した後も性別の垣根を越えて悪友のように言い合いをする仲だ。

 しかし坂元が全寮制の高校に入ったことで最近はあまり会っていなかった。

 一応生徒会にも練習試合についての連絡が来ている筈なのだが、今日の事については聞いていない。


「そうなんだ。で、結果は?」

「……お前それ分かってて聞いてるだろう」

「そんな事……あるに決まってるでしょう」

「うわ、マジ性格悪いなお前……。だが残念だったな」

「まさか、勝ったの!?」

「いや、引き分け」


 うちの学校の運動部はそれなりに強い。

 特別坂元の学校が弱いというわけではないが、うちが負けるはずないだろうという自負があった。

 しかし結果は引き分け。坂元は悔しそうにしているが、私だって負けはしなくとも引き分けた事はやっぱり悔しい。


「まぁ、引き分けられたのも、そっちのメンバーに部長がいなかったってのもあるけどな」


 最後に付け足された坂元の言葉に、そういえばさっきまで部長たちが集まっていたのだったと思い出す。

 坂元と試合をしたサッカー部の部長は司令塔でもある。彼がいなかったのなら仕方ないと思いはするが、彼の卒業後のサッカー部が少し心配だ。

 私がサッカー部について思案している時、坂元が私の隣に立つ会長を見て驚いた声を出す。


「お前、もしかして天野か?」

「あぁ久しぶり、坂元」

「何? 坂元、会長と知り合い?」

「知り合いって……お前なぁ、小学校一緒だったろうが」


 呆れたように言った坂元の言葉に小学生時代の記憶を遡るが、会長らしき人は思い浮かばない。

 必死に思いだそうとしている私に会長が苦笑いをする。


「三年生の時の一年だけだったし、そもそも違うクラスだったから覚えてなくて当然だろうな」

「それにしたって薄情だと思うけどな」


 坂元が覚えていて私が覚えていないという事にムカついて、絶対に思い出してやると意気込んでいると、坂元を呼ぶ声が聞こえた。


「先生呼んでるみたいだから、もう行くな」

「あぁ、またな坂元」

「おう!」


 勝ち逃げする気かと叫びたかったが、会長がいる前では憚れた。今更とか関係ない。

 しかし、さっきの会話の様子から会長が私と小学校が一緒だった事を覚えているみたいだったが、どうして今まで言わなかったのだろうか。

 そんな私の疑問の眼差しに気付いたのかどうかは分からないが、苦笑いを浮かべると会長が話し始める。


「本当は転校してきた時に声を掛けようと思ったんだけど、周り囲まれてたろ」

「まぁ、転校生ってそういうものですからね」

「やっと落ち着いて来た頃に声を掛けたんだけど、夏目覚えてなさそうだったからさ」

「それで言わなかったんですか?」

「あー、うん。……言いたいことはそれだけじゃなかったんだけどな」


 どこか歯切れの悪そうに会長は頷いた。ぼそりと最後に何か言った様な気がしたが小さすぎて聞き取れなかった。

 聞き返そうと口を開く前に会長が早口に今日の活動は終わりだからお疲れ、と言って去って行ってしまった。

 去っていく会長の背中にお疲れ様です、と返すと私もかばんを取って家路についた。




 帰って来た途端にベッドにゴロンと横になる。数分天井を見つめながら今日の出来事を思い返すと、飛び起きて押入れを勢いよく開けた。

 確かここに卒業アルバムを仕舞っていたはずだ。

 目当ての物を探し当てると、すぐに三年生のページを開く。

 一年いたのなら一枚くらい写っているだろう、と探してみるが中々見つからない。

 三年生の最後のページ、というところで見覚えのない男子生徒を見つけた。

 しかし、大人しそうに見えるその男の子が、会長とは思えなかった。

 確かによく見れば、どことなく面影がある様な気はするが、皆の中心にいる会長とは正反対だ。

 坂元の連絡先は知っているから、確かめようと思えば確かめられるが、それは負けた気がするからしたくはない。

 あと確かめる手段としては会長本人に直接聞くという手もある。あるのだが、本人に思い出せないと言っているようなものだ。出来ればそれもしたくはない。


「私、記憶力良い方だと思ってたんだけどなぁ」


 坂元の記憶力にも負けている様じゃ会長に負けても仕方ない気がしてきた。

 ここは素直に負けを認めて坂元に聞くべきだろうか。

 携帯を手に取り坂元の連絡先を開く。すぐには通話ボタンを押せずに指が彷徨う。

 意を決してボタンを押すと耳に当てた。聞こえてくるコール音に緊張で手に汗をかく。

 負けず嫌いの私が負けを認める事はそれほどの事なのだ。

 長いコール音が切れて、一際心臓が高鳴る。そして、ごくりと唾を飲み込んだ私の耳に聞こえてきたのは機械的な女性の声。


「……何で留守電なのよ」


 それから間隔を開けて何度か掛けたが結局繋がらず、最後に掛けた電話の留守電に役立たず、と一言入れて切った。






 次の日、会長をよく見てみたが、やっぱり何も思い出せなかった。アルバムの写真に写っていた男の子についても同様に。

 そもそも思い出せないという事はそこまで関わりがあったわけではないのではないだろうか。会長も違うクラスだったと言っていたし。

 そんな風にじろじろと見ていた所為か、会長が困ったように笑った。


「夏目、俺の顔に何かついてるか?」

「……いえ、何でもありません」


 小学生時代の会長が思い出せなくて見ていました、と言えるはずもなく、視線を手元のプリントへ戻す。

 しばらく生徒会の活動に勤しんでいたが、感じる視線に顔を上げた。


「何か用ですか? 会長」

「いやっ、何でもない」


 そう言ってプリントを掴んだ会長。しかし、その手にあるプリントは逆さまだ。

 動揺している事が丸分かりだったが、何に動揺したのかは分からず首を傾げる。

 だが、それよりも先にこのプリントを纏めなければと視線を戻そうとした時、会長が大きく息を吸った。


「夏目って、普段からそのしゃべり方じゃないんだな」


 一瞬会長が何を言っているのか分からなかったが、昨日の坂元との会話を聞かれていた事を思い出して合点がいく。


「生徒の規範となるのが生徒会ですから、言葉遣いには気を付けていますね」

「……そうか」


 話は終わったとプリントの処理を続けようとした時、視界に口を開く会長が見えて、顔を会長に向けた。

 だが、いつもの溌剌とした会長は鳴りを潜め、口を開いては閉じ、中々話しださない会長に怪訝な眼差しを送る。

 話しだすまで待つのも時間の無駄なのでプリントの処理を進める。しかし、いくら時間が経っても会長が話しだすことはなかった。

 そろそろ手元のプリントの処理が終わりそうだ。これが終われば後は職員室へ持っていって今日の活動は終わりなのだが。

 横目で会長を盗み見るが、まだ話す決心はついていないようだった。

 そうこうしているうちに最後の一枚だったプリントの処理が終わってしまった。

 何が言いたいかは知らないが、会長が話しだすのを待つ通りもないので溜息を一つ吐いて席を立った。


「会長、職員室にプリント持っていきますね」

「え、あぁ……あっ、重いだろ俺も手伝うよ」

「この位大丈夫です。それより会長は会長の仕事をしてください」


 さっきから全然進んでいないのは知っているし、この程度で手伝われるのは私が無能だと言われている様で腹が立つ。

 私の小学生時代を知っているからと、今日はあまり会長に対抗意識を持っていなかったのだが、やっぱり会長のこういう所が嫌いだ。

 会長に当たり散らす前にプリントを持って生徒会室を出た。




 プリントを提出して失礼しました、と職員室を出る。

 さて、生徒会室に戻ろう。ついでに会長が何を言いたいのか聞いてやろう。

 無視して帰ってもいいが、逆にそこまで言い淀む事が何か気になってきてしまった。

 足早に一階の職員室から三階まで上ると一息つく。

 生徒会はよく職員室を出入りするのだから一階に部屋を作ってくれれば毎回階段を上り下りせずに済むのに、と胸中で愚痴をこぼす。

 まぁ部活をしていない私には良い運動だろう、と一人納得すると生徒会室へ足を向けた。

 その時、風が吹き抜けるのを感じて足を止める。

 授業が終わった時点で廊下の窓はすべて閉められているはずだ。

 どこから風が入って来たのだろうか、と辺りを見回して屋上へ続く扉が少し開いているのが見えた。

 誰かいるのか、それとも閉め忘れだろうか。

 一応屋上へは立ち入り禁止なのだが、よく生徒たちは出入りしていた。

 そう言う私もたまに屋上へ行く事があったので、あまりきつく注意はしないのだが、もう下校時間も過ぎているし、もし誰かいるようなら注意しようと屋上に続く扉を開けた。




 夕日に照らされた屋上には二人の男子生徒が向かい合っていた。

 徒ならぬ雰囲気に一瞬足を止める。

 すると二人が殴り合いの喧嘩を始めて、慌てて二人を止めようと動いた。


「校内での暴力行為はやめてください!」

「あぁん? 何だテメェ、邪魔するな」

「……副会長か。悪いが止めないでくれ」


 私の存在に気付いた二人が殴り合いを一旦中止して言うと、また喧嘩を再開させた。


「ちょっと、だから喧嘩はやめてください!」


 何度注意しても今度は気にせず喧嘩を続ける二人に言葉ではもう無理だと悟る。

 こうなれば強硬手段に出させてもらおう。

 二人が少し距離を取ったところで間に入る。それに驚いた二人が相手に打ち込むはずだった拳を止める。しかし一人の拳が勢いを殺しきれずに私の目の前に迫った。

 流石に殴り合いをしている間に入るのは無謀だっただろうか、と来るであろう衝撃に備えて目を瞑った。

 ボコッという痛々しい音が辺りに響く。

 だが私にどこも痛みはなく、恐る恐る目を開くと私の前に誰かの背中があった。


「……大丈夫か? 夏目」

『……だいじょうぶ? 夏目さん』


 この光景を昔どこかで見た覚えがあった。

 振り返ったその人と記憶にある男の子が重なって見えた。

 あぁ、思い出したよ。忘れててごめんね、――天野君。


「……大丈夫」

「そうか、ならよかっ……」

「っ!? 天野君!」


 最後まで言い切る前にどさりと倒れた天野君に慌てて駆け寄る。

 声を掛けてゆすってみるが起きる気配はなく、呆然としている男子生徒二人に声を張り上げる。


「保健室まで運んで!」


 私の声にハッとしたように動き出した二人に会長を運ばせて保健室へ向かった。






 初めて会った彼は、上級生に絡まれていた。

 それを坂元と二人で助けたのだが、俯いて暗い雰囲気を漂わせる彼を私は好きになれなかった。


「そんなんだから、からまれるのよ」

「あ、おい夏目、そんな言い方しなくても……」

「いいんだ、その通りだし」


 分かっていながら変える気はない彼に私は怒ってその場を去った。

 その後、同級生とはいえ違うクラスだった彼とは廊下ですら擦れ違うこともなく、私はすっかり彼の事など忘れ去っていた。

 そして二度目の彼との出会いは私が上級生に突っかかっていた時だった。

 その頃の私は正義感が強かったのか、いけない事をしている人には誰であろうと注意をしていた。多分その時もそうだったのだろう。

 上級生の男の子相手に注意をした私に怒った相手の男の子が殴りかかってきた。私は衝撃に備えて手を前にして目を瞑った。

 しかし私に痛みはなく、目を開けた先にいたのが彼だった。


「だいじょうぶ? 夏目さん」


 驚きに声の出なかった私はこくりと頷いた。

 その後、坂元が先生を連れてやってきて、彼を保健室で治療すると、問題を起こした三人は先生にこっ酷く怒られた。

 だが、その事があったおかげで彼と仲良くなれそうだ。そう思っていた私に坂元から彼が転校すると聞かされた。

 まだ二回しか会っていないのに三度目はお別れの時で、坂元と共に彼を見送りに行った。


「わたし、天野くんは弱々しいと思ってたけど、ぜんぜんちがった。この前の天野くん、すごくかっこよかったよ」

「そうでもないよ。ぼくがかわれたのは夏目さんのおかげ」

「わたしの?」

「うん。だから、もっとかっこよくなったら夏目さんに会いに来るから」

「わかった、まってるね」






 待ってるね、自分でそう言ったのにどうして忘れていたんだろうか。

 確かにあの時とは雰囲気も変わってしまって思い出した今でも同一人物かと疑うくらいだ。

 でも、迫る拳から助けてくれた彼はあの時から変わっていないらしい。

 とはいえ小学生時代と違い、高校生の拳はかなり強かったみたいだ。

 保健室のベッドで眠る天野君を見てそう思った。

 喧嘩をしていた男子生徒には反省文を一週間以内に提出するように、と作文用紙を二枚手渡して帰した。

 それから一時間、彼の側で目覚めるのを待っているのだが、一向に目覚める様子はない。

 保険医が言うには気絶しているだけで大事はないと言っていたが、さすがに心配になってきた。

 顔を覗き込もうと腰を上げた時、天野君が目覚めた。


「天野君!」

「……夏目、か? あぁ、俺気絶したのか」

「うん、大丈夫?」

「少し痛むけど大丈夫だ。……にしても気絶するとか情けないな」

「小学生の腕力とは訳が違うわ」

「それもそう、かって……夏目、覚えてるのか?」

「うん。といっても思い出したのはさっきなんだけど……」


 驚きに目を見開いた天野君に苦笑いで答える。

 それに嬉しそうにそうか、と頷いた天野君にもう少し早く思い出せていればよかったと罪悪感が募る。

 きっと転校してきた時に覚えていれば、対抗心なんて燃やさずに仲良く出来たのに、と思っても過去は変えられない。

 ならば今から小学生の頃とこの一年を取り返していけばいい。

 けど、天野君には今日は安静にして帰ってもらおう。


「じゃあ、私生徒会室にかばん取りに行ってくるね」

「あぁ……あ、夏目!」


 席を立った私に声を掛けた天野君を振り返る。

 そこにはいつになく真剣な顔をした天野君がいて、思わず胸がドキリと高鳴る。


「ずっと言いたかった事があるんだ。あとで聞いてくれるか?」


 頷くと素早く保健室を出た。何だか顔が熱い。

 一つ息を吐くと、生徒会室へ向かった。




 生徒会室に入ってかばんを手に取ると、窓を閉めて最後にドアに鍵を掛けた。

 保健室のある一階まで下りようと階段に一歩踏み出した時、携帯の着信音が鳴った。

 電源を切るのを忘れていたらしい。慌てて携帯を取り出すと、昨日いくら掛けても繋がらなかった坂元からだった。

 今なら誰もいないし、先生も職員室から離れた三階に来ることはないだろうと電話に出た。


『おい! ちょっと電話に出られなかったからって役立たずはないだろ!』


 通話ボタンを押した途端、私が声を発するのを遮って坂元からの苦情が飛んでくる。

 だが、謝る気はない。思い出してしまった今、坂元は本当に役立たずだった。


『まぁ、別にいいけどよ……。で、何か用だったんだろ?』

「昨日はね。思い出したからもう坂元に用はないけど」

『思い出したって、天野の事か? てか、あんな告白されて忘れてる方がどうかと思うけどな』

「……告白?」

『お前にふさわしい男になったら会いに来るってことだろ、あれ』


 あれは告白だったのか。いや、坂元の勘違いともいえる。

 そうだというのに、保健室を出る前の天野君が頭を過る。

 ずっと言いたかった事って、まさか。

 どうしよう、保健室に入れなくなってしまったではないか。

 しかし、天野君のかばんを持っていかなければならないし、勝手に帰るわけにはいかない。

 溜息を吐くと、坂元に悪態をついて電話を切った。






 高校三年初めの期末考査は終わり、結果が張り出される掲示板に向かった。

 途中彼と鉢合わせ、示し合わせたわけでもなく隣に並んで歩く。

 人だかりの出来ている掲示板の近くに来て、私はやっと口を開いた。


「今回は負けませんよ、会長」

「悪いけど、夏目には負けられないんだよ」


 彼と視線が噛み合う。それにフッと笑みを零す。


「私が買ったらクレープ奢ってよね、――秀介君」


 顔を真っ赤にした彼を置き去りにして先を急ぐ。

 一つくらい彼に勝てる事があってもいいと思うのだが、やっぱり彼には勝てないのかもしれない、目の前に張り出された結果と自分の熱い顔を自覚してそう思った。




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