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うちの事務所と契約してアイドルになってよ

作者: 葉月たまの

 今日も園児たちのお出迎え、もー、かったるいなー。

 子供たちは可愛いんだけどね、見てる分には癒しなのよ。

 でも、実際、子供たちの相手をするのは、疲れるのよね。

 このもう直ぐ四捨五入すると30になるあたしには。

「すみれ先生、さよーならー」

「はいはい。気を付けて帰るのよー?」

 幼稚園教諭資格を取って、直ぐあたしは幼稚園の先生になった。

 そのことには不満がない。ただ、もう少し遊んでおけば良かった。

 この年になっても、出会いなんて、全くないわ。ううん、全くないわけじゃないけど……。

「すみれ先生? 小夜はいます?」

「あ、岡本君。いますよ、いまーす。ちょっと待っててね」

 あたしは小夜ちゃんを連れて、岡本君の前に連れてきた。

 出会いというほどではないけど、この小夜ちゃんのおにーさんの岡本君、凄いハンサムなのだ。二枚目なのだ。美形……と言ってもいいかな。

 小夜ちゃんちのおとーさんおかーさんは忙しいらしくて、年の離れたこのおにーさんが良く小夜ちゃんの迎えに来ている。

 本当に小夜ちゃんとは年が全然違う。職業とかは詮索してないけど、外見は20代前半くらいで、いつもスーツ着てるから、多分社会人なんだと思う。これくらい離れてたら親子でも通じそうだけど、本当におにーさんらしい。これまた詮索しないけど、きっとこれだけ年の離れた妹がいるというのは、家庭の事情、というやつなのだろう。

「小夜、さあ、帰るぞー?」

「うん、またね、すみれ先生!」

「うん、またね、小夜ちゃん」

 あたしは小夜ちゃんと……あと岡本君に向かって手を振った。

 可愛い子供も癒されるけど、ハンサムな男の子にも癒されるわー。

 岡本君の彼女になりたい! でも、今は仕事が一番だよね。子供たちの面倒見るのは疲れるけど、充実してるし、あたしはまだ独身でもいいや!

 たとえ、30代がひしひしと近づいていたとしても!

 張り切って頑張るぞー!


 本当に張り切って、その晩は遅くまで仕事してしまった。

 普段はもっと早く帰れるのだ、うちの幼稚園は。人員が沢山いて、下手な仕事よりも時間が自由になる、珍しい幼稚園なのだ。でも、今日は偶々遅くまで働くことになってしまった。

 でも、やる気、無駄にならなかったから、いっか。

 あたしは夜道を歩いた。ふと見上げると、目があった。動くテディベアに。

「くま……?」

「やあ、僕が見えるのかい? 僕と契約して、魔法少女になってよ」

「くま??」

「ねえねえ、魔法少女になってくれるの? くれないの?」

「くまが喋った!?」

 あたしは叫ぶと、慌てて逃げ出した。

 だって、夜道に一人で歩いてたら、熊のぬいぐるみに話しかけられた、って、怖すぎるでしょ!? 怪談でしょ!?

 あたしは必死に逃げて……すると目の前にまた熊のぬいぐるみが現れた。

 あれ、先回りされた……?

「無駄だよ。空間を捻じ曲げて、ここは封鎖空間にさせてもらったから。僕から遠くに行くことはできないよ。ねぇねぇ、話を聞いてよ?」

「何言ってんの、あんた!? 訳、分からない!」

「ずーっと君みたいな子、探してたんだ。僕と契約して魔法少女になってよ」

 魔法少女? あたしに言ってるんだよね? でも……。

「魔法……"少女"?」

 少女を強調して言う。あたし、どう見ても、少女じゃない、大人だよね?

「君がいささか少女という年齢から外れてることは認めるよ」

 そこは認めないでよ! いや、まあ、認められるのが当然なんだけど、面と向かって言われると、ちょっと色々複雑なのよ。

「でも、君の身体からは膨大な魔力を感じる。君は凄い魔法少女になれる筈だよ」

「あたしに魔力が……?」

「ずっと探してたんだ。君ならなれる。人々に希望を振りまく、魔法少女に」

「あたしが……魔法少女に!?」

 凄い!? あたし、魔法色々使えるんだ! そして悪のブラックキングダムとかいう組織と戦ったりして、最後には女王さまになるのね! 凄い!

「どうすれば魔法少女になれるの?」

「このステッキを持って、叫べばいいんだ! ロリロリポップンロリコーンって!」

 分かった、この杖を持って叫べばいいのね!

「ロリロリポップンロリコーン!!」

 あたしはポーズを決めた。周囲が眩い光に包まれる。

 そしてあたしの身体が縮んでる? 服も何だかヒラヒラした魔法少女っぽい衣装になってる! やった、変身成功だ!

「凄い、あたし、魔法少女になった!」

「おめでとう、これで君は魔法の小悪魔ロリっ娘★デイシーに変身したわけだ」

 すみれだから、デイジーなのね! いいネーミングセンスね、それ!

「それで、魔法はどうやって使うの? エターナルビームはどうやって発射するの!?」

「……何言ってるんだい? 変身することが、魔法だよ?」

「うん? 変身したよね? それで他の魔法は?」

「だから、変身するのが魔法なんだって。君が魔法で出来ることは、変身することだけだよ?」

 へっ? 何、それ?

「悪の組織は?! あたしの敵はどこ!?」

「敵なんていないよ。君はただ、人々に希望を振りまけばいいんだ。じゃあ、契約通りに、頑張ってね」

「ちょ、待って、希望振りまくって、何すればいいのよ!?」

「あ、希望には納期があるからね。君の集めた希望の量がノルマより低かったら、君の身体、爆発するから」

 そういい残し、熊のぬいぐるみは消えた。

 へっ……? そんなの詐欺だー!? あたしに何、期待してるのよ!?

 人々に希望を与えるとか言うなら、魔法の力くらい、授けなさいよぉー!

 あたしは途方にくれて、魔法少女の姿のまま、その場に立ち尽くした。


 呆然と町を彷徨い歩いた。

 ショーウィンドウに変身したあたしの姿が映し出された。

 小学生くらいのちょー可愛いロリっ娘だ。まるで小学生のあたしみたいだ。うん、むしろ小学生のあたしそのものだ。

 なぁにが変身魔法だ! あたしの年齢、若返らせただけじゃないか! そんなんで魔法少女など、片腹痛い!

 こんな時間に小学生の女の子がしかも魔法少女ルックで歩いてたら異様に目立つらしく、直ぐに補導員が飛んできた。

 これ、ど、どうしよう……。

「君? こんな時間に親御さんはどこにいるんだ? 名前は?」

 本名名乗るわけにはいかないしなあ……。

「デイジーです……」

「デイジーちゃんか? 住所は分かるかな? 電話番号は?」

 住所に電話番号なんて、本当のこと、言えるかぁー!

 もうあたしってば、さっきからやさぐれモードよ、内心は。外面はおろおろしてるのを装ってるけどね。

 そのとき……天の助けが現れた。

「すみません、その子の保護者、俺なんです」

 岡本君……何で!? 岡本君が来てくれた、わーい!

 あたしは岡本君を見上げてそのハンサムな顔に見惚れる。

「そうか、子供から目を離しちゃ駄目だぞ?」

「はい、もうしっかり離さないことにします」

「じゃあ、お嬢ちゃんも、パパと一緒に気を付けて帰るんだよ」

 補導員はそう言ってあたし達の前から去っていった。

 補導員を追い払った岡本君は、あたしに目線を合わせてくれると、ニコリと微笑む。

「君、大丈夫だった? 僕が家まで送るよ」

「はいっっ! 有難うございますっ!」

 何言ってるんだあたし!? 思わず返事してから、あたしは自分に突っ込んだ。送ってもらったら困るから、補導員相手にして困ってたんじゃないか。

 これは岡本君には悪いけど、てきとーなところで、岡本君もまくかなあ……。

 そんな風に困惑して上目遣いで見上げてたあたしに、岡本君はにっこりとまた微笑みを向けて言う。

「君、アイドルに、興味はない……?」

 うん、待て、アイドル? 何の話だ、ヲイ?

 岡本君、親切で補導員、追い払ってくれたんじゃないの!?

 下心があったの!?

「アイドルですか……?」

 あたしは戸惑いながらも聞き返す。

 岡本君は爽やかに笑ってみせた。本当に、清清しいほど、裏を感じさせない笑顔で。

「ずーっと君みたいな子、探してたんだ。うちの事務所と契約してアイドルになってよ」

 少し前のあたしなら、この台詞に飛びついていたかもしれない。でも、あたしも学んだ! この台詞は危険だ! さっきのテディベアと台詞が全くかぶってるじゃないか!

「ア、アイドルなんて、無理ですっ、あたしっ!」

「もう君しかいないんだ、頼む! 他の子は考えられないんだ!」

「でも、無理と言ったら無理なんですっ!」

 あたしは駆け出した。

 あ、この身体、小学校のときのあたしの身体よりは運動神経いいんだ。凄い脚早いし、走っても全然疲れない!

 必死の形相で追ってくる岡本君の魔の手から何とか逃れると、あたしは試行錯誤の末、変身の解き方を見つけて変身を解き、そして自宅のアパートへ戻った。


 ふぅ、昨日は疲れる一日だった。

 まさか岡本君があんな人だったなんて……。

 もうあたしの癒しは子供達しかいないわ。

 時間が来ると、岡本君は小夜ちゃんを迎えにきた。でも、今日は何だか元気がなさそうだ。すごーいやつれてる……?

 あんまり関わりたくないような気がするけど、でも、気になる。あたしは岡本君に尋ねた。

「どうかなさったんですか……?」

「いや、仕事のことでね……。大きな穴が空きそうで……」

 岡本君が仕事の話、珍しいなあ。

「穴ですか……?」

「凄いスターの卵を見つけたんだ。でも、逃げられてしまって……。それで上がちょっとその子のこと、馬鹿にしたように言うから、許せなくて……」

 それで岡本君は上と喧嘩したらしい。その子を必ず連れて、今日放送のテレビに出させる、と。

「そ、それって、大丈夫なんですか!? その子が見つからなければ、岡本君、会社、やばいんですよね?」

「あはは、仕方ないです。つい我を忘れてしまった俺がいけないんですから。小夜を家に送ったあと、もう少し、この辺りを探してみますよ」

 うー、これ、岡本君の自業自得だよね……。あたしは去っていく岡本君の背中を何も言わずに見送った。

 でも、ちょっとあのときの岡本君、本気でやばくて怖かったけど、でも、助けてあげたいなー、岡本君のこと、あたしでできることなら……。

「よしっ! ポプリンコ!」

 あたしは魔法の呪文を唱えて魔法のステッキを取り出した。

「ロリロリポップンロリコーン!!」

 ステッキを振りかざし、魔法の小悪魔ロリっ娘★デイシーに変身する。あたしは岡本君の言っていたテレビ局に向かった。


 テレビ局の前には岡本君がいた。

「岡本くーん!」

 あたしは岡本君に駆け寄る。岡本君は大きく目を見開いた。

「君はデイジー!?」

 あちゃ、あの名前、聞かれてたんだ。

 まっ、いっか。あたしははっきり伝える。

「テレビ局の放送があるんですよね! あたし、出ます! アイドルになるのは遠慮しますけど!」

「……アイドルになるのは、どうしても駄目かい?」

「アイドルなんて大変そうですし、それに仕事……ううん、学校もありますし」

「学校のスケジュールはちゃんと考慮するから。学業の妨げはしないから!」

「でも……」

 岡本君、何であたしにこんなに拘るんだろ?

「何で、あたし、なんですか? 他にも、可愛い子なんて、沢山いますよね……?」

「長年スカウト活動していて、君ほど目を奪われた子はいなかったんだ。君は素質がある、天性のアイドルの素質が」

「ないです、そんなの!」

 ないよね……? アイドルの素質があるなんて、あたしが小3のときに、言われたことなんて、全くないわよ!

 どう考えても血迷ってるよね、でも、岡本君の言葉だし……。

「じゃあ、賭けをしないか?」

「賭けですか……?」

「テレビでもし君が観客を沸かせられなかったら、俺は素直に諦める、君がアイドルになることを」

「その勝負、分が悪くありません? あたし、わざと手を抜くかもしれないですし……?」

「君はそんなことしない。君は信頼出来る子だ」

 岡本君は真っ直ぐあたしを見た。もう、その瞳には弱いなあ、あたし。こうなったら、やってやろうじゃない!

「分かりました! その賭け受けます」

 あたしは岡本君の言葉を受けて、ステージに立った。

 歌は……綺麗に歌えてる。踊りは……凄く可愛く踊れてる。容姿も笑顔も完璧だし……。

 あたしってばすごい!?

 ううん、分かってるけどね、これが魔法の力だ、ということくらいは。

 でも、その日のステージは、気持ち良かった。

 楽屋に戻ると岡本君に声を掛けられた。

「賭けは俺の勝ちのようだね」

「ですね」

 くすり、とあたしは笑った。気持ち良かった、何もかも。岡本君はそんなあたしの笑顔に見惚れる。嫌だなあ、あたしが幾ら可愛いからって、惚れるなよ? 小学生くらいの外見のあたしに恋したら、犯罪だぞー?

「君の笑顔、初めて見たときから似てると思ってたんだ」

「えっ、誰に……?」

 思わぬことを言われて、あたしは聞き返す。すると岡本君はちょっと顔を赤くしながら言った。

「俺の好きな人に……」

 あたしに似てる女の人って、まさか、まさか……。

 でも、すると、あたしに声かけたのは、もしかして……?

「その人にあたしが似てたから、あたしに声を掛けたのですか?」

「それは違うよ。君はあの人と違って、アイドルの才能がある、と感じたんだ。それに……あの人を好きな人は、俺一人でいい……」

 はいはい、ご馳走様、と言いたいところだけど……もしかして、岡本君もあたしのことラブなの!? 激しく問い詰めたい! 問い詰めたいけど、それが出来ないのがもどかしい!


 こうしてあたしの魔法少女としての人生が始まった。

 でも、これって、魔法少女関係なくない……? これじゃ、ただの覆面アイドルだよー!

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