どうやら俺は社会的に殺されるべき存在らしい
麻霧弥生
紅葉と火織が通う私立久世高校の保険医であり、生徒の中でも人気の高い女医だ。和服が好きなようで、休日ではいつも和服に身を包んだ姿が街で目撃されている。
俺が久世高校に入学した時期に、就任した先生らしく、お世話になることが多々ある。
最近の例といえば、今朝がた湖に沈んでいった魔女のような幼女を預かってもらっていることだろう。
「いや〜、しかし紅葉くんはロリコンだったんだね〜。私、少しひいちゃうよ〜」
紅葉が今朝助けた幼女の様子を見に、保健室へ出向いたところ、目の前に現れた麻霧の第一声がそれだった。
「俺はロリコンじゃねぇよ。それより、何だこの格好?」
幼女はまだ眠っているようだが、その服装は今朝とは異なっている。
紅葉が干していった白のカッターシャツを着せていたのだ。サイズが合わないのを構わず着せたようで、白い肌が大量に露出している。いろいろと目のやり場に困る格好である。
「いや〜、だってその娘の服濡れてたんだもん」
「俺のシャツもそうだったんだと思うですけどね」
背後からメラッと怒気が感じられるのは気のせいだろうか?
俺はいろいろな誤解を解くため、火織と神紙を連れだって保健室に赴いていた。
火織は分かるが、神紙が来る必要性は感じない。そう本人に言ったところ無言でこちらを見返して来た。
その表情はいつもの無表情にもかかわらず、有無を言わさず絶対的な存在という印象を紅葉に刻みつけた。
…女って怖い。
「それで、どうです?目とか覚ましましたか?」
「全然」
即答だった。
既に時刻は17時を回っていて、1時限目から目を覚ましていない幼女は、6時間程度寝たきりとなる。
「この娘をどうするんだい?君が預かるのか?」
「無理です。家は既に住人の許容数をオーバーしてます」
俺の自室だった部屋の無惨な姿が脳裏に浮かぶ。
火織はあの部屋を気に入ったようで、あそこに身を置いている。
断れば良かったのだが、そうは出来ない状態に紅葉は追い込まれていた。
そもそも、柊家の養子としたことそのものに重大な理由があったのだ。
現在、火織の《熾天使》としての力は俺の体内に封印されている。その時点で、俺と火織には特殊な『繋がり』で繋がっているらしい。
天使力とは感情の起伏によって発生するものらしく火織が暴走した時、特殊な『繋がり』で繋がっている俺の身体は体内に封印された《熾天使》の力が暴発、最悪俺の身体が木っ端微塵なる可能性が示唆されたのだ。
ようは俺の命が火織のご機嫌次第にかかっているということである。
全く笑えない。
「神紙のところはどう・・・だ?」
神紙に視線を向ければ、彼女は食い入るように横になっている幼女に目を向けていた。
「神紙さん?」
「・・・・・」
「あの〜、どうかしましたか?」
「・・・・・」
紅葉の質問に応えず、神紙はそのまま保健室から出ていった。
「一体、何なのだ!!あの態度は」
神紙の出て行った扉に目を向けながら、火織は憤慨していたが、紅葉の脳裏には昨日の出来事が思い出されていた。
昨日の放課後、紅葉は火織という存在について尋ねられたのだ。
まあ、当然といえば当然だろう。
つい先日まで、殺し合いをしていた天使に瓜二つの少女が転校してきたのだから。
一応は自分の親戚と返答しておいたが、完全に信じきってはいないのだろう。
「それじゃあ、とりあえず彼女は連れて帰ります。朝から預かってもらってありがとうございました」
横になっている幼女をお姫様抱っこ…を火織の前でするほど、紅葉は勇気を持ち合わせていなく、おぶって帰ることとなった。
「ただいま」
「ただいまなのだ!!」
「おかえ・・・り?」
玄関からリビングに通ずる扉を開けた時、ソファに寝転びテレビを見ていた青葉の表情は固まった。
「お兄ちゃんがロリコンにっ!?」
「断じて違う!!」
半ば予想していた問いに間髪いれず返答すると、青葉をソファの上から立ち退かせ、幼女を横たえる。
「うわー!!お兄ちゃんがロリコンにー!!」
「お前喧嘩売ってるだろ!!」
「警察に電話だー!!」
「今朝の火織といい、お前といい、そんなに俺を社会的に殺したいのか!?」
固定電話のダイヤルに手をかけた青葉と取っ組みあっていると、背後でむくりと起き上がる影があった。
「ここは?」
幼い声で尋ねられ、青葉と俺は戦闘を中断する。
「ここは、俺の家だけど君の家は?」
「気を付けてー、こいつロリコンだから」
青葉を拳骨で黙らせると、再び小さな存在に向き直る。
「?」といった表情をしているため、彼女ロリコンの意味を知らなかったのだろう。
助かった…
「君の名前は?」
「・・・・・・」
「何処に住んでるの?」
「・・・・・・」
「両親は?」
「・・・・・・」
会話が成り立たない。
言葉のキャッチボール。
頭を抱えているなかで、青葉もまた神紙と同様に彼女の顔を食い入るように見つめていた。
「青葉、この娘のこと知ってるのか?」
「・・・・・・」
「おーい、返事しろ」
「・・・・・・」
・・・お前もかブルータス。
隣に目を向けると、火織と目が合うが逸らされてしまう。
どうやら、今朝のことをまだ怒っているらしい。
天使でも、人間でもとことん根にもつタイプらしい。
これで今現在、この家で紅葉とまともに会話できる奴がいなくなったことになる。
「私の名前は・・・氷花って、いいます」
きれぎれだが、自己紹介した氷花に助けられた。
だが、ソファの陰に隠れているのは何故だろう?そして、それを見つめる青葉は何を考えているのだろう?
「・・・本当、女って分からない」
本日何度目かのため息を吐きながら、紅葉は夕食を作るため台所へと向かった。
「出ました。呼称名《能天使》。5年前に存在が確認された天使です」
オペレーターの調査結果に神紙は傍らにいる羽風に目を向ける。
「殲滅対象。即刻行動をおこすべき」
「《脳天使》は比較的おとなしい天使だし、今朝《磁場台風》の報告は入っていない。
作戦行動が許可されるのは、もう少し先よ」
冷静に返答しながらも、羽風の脳内一つの疑問が浮かび上がる。
《磁場台風》の反応なしで、何故人間界に降り立てたのか?
「しかし!!」
「上官命令よ。しばらく様子を見ていて頂戴」
諦めない神紙を抑えつつ、羽風は改めてここしばらくで起こった不可解な現象を思い出す。
アジア州 それも日本に頻繁に天使が出現するようになったこと、《熾天使》との戦闘中に突然 天使力反応が消失したこと、その近辺で目撃された少年のこと、そして《熾天使》によく似た少女が神紙の高校に転入したこと。
「このところ、異常なことばかりね・・・」
その言葉は神紙の耳にのみ届いた。
「起きてる、紅葉?」
「おかげさまで・・」
深夜2時に青葉に叩き起こされ、紅葉は《ガーリック》という何とも奇怪な名前の付けられた艦内にいた。
「何だよ、こんな夜中に呼び出して」
「氷花のことよ」
モニターに氷花の全体像が映し出される。
「こんなもん何時撮った?」
「お風呂の時」
「完璧盗撮だよなぁ!!」
氷花は目覚めてから就寝するまで、常時ビクビクしていた。
入浴も一人でとっていた(まあ普通だが…)ため、その時の写真があるということは盗撮以外に考えられない。
「でも、わかった事があるわ」
画面が切り替わり、大きなクレーターが映し出される。
「これって、《磁場台風》の跡だよな。でも今日は起こってない筈だぞ」
「ええ。これは5年前の写真よ」
紅葉の問に返答すると、リモコンを操作し、写真の中央をズームしていく。
そこには黒い三角帽子をかぶった少女がいた。
「こ、これって」
「ええ。十中八九、氷花よ。そして呼称名称《能天使》。つまり天使よ」
こちらにゆっくりと視線を向ける青葉の顔は微笑んでいた。
しかし、紅葉にはそれが酷く残忍な笑みに見えた。
「お兄ちゃんの2回目の任務、決まったわね」
およそ予想していたその言葉に紅葉はゆっくりとため息をついた。
2人目の天使、《能天使》。
彼女と紅葉とのデートが決まった瞬間だった。