彼女の大剣は短剣らしい…
破壊されたベンチ。その裏で倒れ伏す少女。そして、それを見つめる俺。
何の罰ゲームだ、これ?
「・・・水・・・」
「みず?」
「水をよこせぇぇぇぇっ!!」
ゆらりと立ち上がり、飛びかかってくる天使の顔はまさしく鬼だった。
「ていっ!!」
飛びかかってきた華奢な身体を咄嗟に避けると、無防備な背に蹴りを放つ。
結果、《セラフィム》は倒れた。
容赦無く降り注ぐ太陽の光が彼女の体力をギリギリまで削っていたのだ。
「…なんか、ラスボスを倒した後のゲームみたいな虚しさを感じる」
いとも容易く倒してしまった彼女の身体を取り敢えず日陰にいれる。
次に持参していたスポーツドリンクを飲ませる。最初は抵抗していたものの、毒の類ではないと分かると次々と飲み干していき、5本持ってきた1リットルのスポーツドリンクは綺麗に消えていた。
「いやー、助かったぞ。礼を申す」
「・・・・・うん。どういたしまして」
日本語変だよ〜とは流石に言えなかった。
体力がある程度回復した(回復させた)彼女は昨日と同じく、いつ大剣を振るうか分かったものではない。
「そなた、確か昨日会った……紅葉とやらではないか?」
何だとっ!?
何故覚えている?自己紹介した当初から人を山田くんとありきたりな名前で呼んだくせに、今になって思い出したというのか…。
「ああ。そうだ、昨日のことはすまん」
「乙女心を弄んだ紅葉だ」
意外と根にもつタイプらしい。
だから、この国で大剣を軽々と振るう奴を乙女もは呼ばないんだって。
此処どこか知ってる?平和が売りの日本ですよ…
「昨日のことは本当すまなかった。よければお詫びをさせてもらえないだろうか?」
「お詫びっ!!」
「・・・・・・」
「それじゃあ、ご飯だご飯。私は腹が減ったぞ!!」
どうやら、彼女の中ではお詫び=ご馳走になるらしい。どんだけ食い意地張ってんだよ。
「分かった。それじゃあ家に案内するから、ついてきてくれ」
出来るだけポーカーフェイスを保ちながら、さりげなく誘ってみる。
「了解だ。それでは、全速前進!!」
自分の大剣を放置し、進み出す《セラフィム》の姿が義妹の姿と重なった気がしたが、気のせいということにしておこう。
「ただいま〜」
《セラフィム》発見から3時間が経過し、空が朱に染まり始めたころ、紅葉は《セラフィム》をおぶって帰宅した。
水分補給させただけでは、体力は完全に戻らなかったらしく、途中で力尽きたのだ。
大剣を持っていた紅葉にとっては、最悪の展開であり、自宅までの長い道のりを3時間かけて担いで戻ってきたことになる。
「おかえ・・・・・り?」
冷房の効いた部屋に寝転がっていた青葉は呆然とした顔でこちらを見ていた。
当然だ。今回の任務の目標である天使をあろうことか自宅に連れ込んだのだから。
「一応聞いておくわ、お兄ちゃんはバカ?」
「お前にだけは言われたくねえょ…」
とうとう紅葉も力尽き、その場に倒れ伏した。
「一応、彼女は寝かせて来たわ。お兄ちゃんの布団に」
最後の問題発言に口に含んでいた冷水を吹き出しそうになるが、すんでのところで堪える。
「何で俺の布団なんだ?」
「お兄ちゃんが連れ込んだだから当然でしょ」
淡々と答える青葉を見ていると、不思議とどうでも良くなってくる。
こいつの馬鹿さっぷりには癒されるなぁ、と失礼なことを考えていたのがバレたのか、がすっと俺の足を自身の小さな足で踏む。
「で、何で彼女をここに連れて来たのよ?ついでにあれも!!」
青葉の指差した方向に目を向け、そこに鎮座している巨大な大剣を見やる。
《セラフィム》の使う大剣 《火焔短剣》、彼女が装備していたその大剣(短剣?)は現在その原型を失い、玉座のような形状になっていた。
先程から、青葉はそれに警戒以外の何かが含まれた視線を向けているが、気付いていない振りをしておく。
「邪魔でしょうがないでしょっ!!」
「しょうがないだろ。あいつが起きるまで我慢しろよ」
プクぅ〜と可愛らしく頬を膨らませる青葉を見て、ふと疑問だったことを口にする。
「なぁ、本当に天使の力を封じ込めるのに必要なのはキスだけか?」
「・・・・・どういう意味?」
微かな沈黙の後の返事に俺は確信した。
青葉は俺の義妹は何かを隠していると…。
「妙なんだよ。あれだけキスしろキスしろ、うるさかったお前が《セラフィム》が眠っている間にキスしろと言わないのが」
「・・・・・・」
あれだけ連呼していた彼女にしては大人しすぎる。
それが、紅葉が疑問、というか不信に思ったことだった。
「その通り。恐れ入るわ、お兄ちゃんには」
降参というように両手を挙げると、机上に置いてあった端末を手元に引き寄せる。
しばらく画面をスクロールさせていたが、目的のものを見つけたのだろう。
俺に見せるため手に持たせる。
「天使力適性?」
「そうよ。天使に似た特異な体質を持っていたとしても、相性というものは存在するの」
俺の手元から端末を奪い取ると、画面を再びスクロールさせる。
次に見せられた画面には《セラフィム》の身体データなどが記録されていた。
「相性が100%以上にならないと、キスをしたところで意味がないのよ」
「随分と面倒なシステムだな…、ちなみに今、俺とあいつの適性は?」
「50%ぐらい」
予想していた数字を大幅に超えてきた。
だって俺、あいつにスポーツドリンクを飲ませただけだぜ?それで、半分まで達してるってどういう理屈なんだよ?
「予想外の数値よ。お兄ちゃん、何をしたの?」
「何もしてねぇよ」
変質者を見るような目でこちらを見ている青葉の視線にいたたまれなくなってきた。
「で、具体的にはどうしろってんだ?」
「ようは《セラフィム》ともっと多くの時間を共有すればいいの」
そう言いながら、青葉はポケットから何かを取り出す。
毎度のことだが、やはり嫌な予感しかしない。
「これを使って明日、《セラフィム》とデートして来なさい」
差し出されたそれは、夏休みからオープンされた遊園地のチケットだった。
いや、それよりも明日?
「おい、確かに明日も休校だが、俺にはやらなくちゃいけない課題があるんだけど」
「今日中に終わらせなさい」
無慈悲なその一言に絶望する。
2日間使ってこなす課題を明日が訪れるまでにこなせと言うのだ。
ついでに現在時刻は午後6時、食事、入浴、睡眠を考えると課題に取り組める時間は僅かだ。
「おい、それは流石に無茶だっ・・・」
反論しようとした時、勢いよくリビングの扉が開いた。
勢いよく開け過ぎて、扉のノブが壁にめり込んでいる。
「やあ〜、よく寝た。紅葉、早速ご飯にしてくれ」
「俺は旅館の女将か!!って何だその格好!?」
目をこすりながら、現れた彼女は纏っていた中世のドレスのような服から、俺の部屋から持ち出してきたと考えられる白のカッターシャツへと着替えていた。
サイズがあっていないようで、白い首元が袖口から覗いている。
背後でクスクスと笑う青葉の姿が見ていなくとも分かる。
「ご飯だー!!」
「分かったから、大声だすな。近所迷惑だ!!」
「お兄ちゃんの声が一番近所迷惑じゃない」
義妹のもっともな指摘を無視し、台所へと足を向ける。
紅葉の脳内では、既に課題をこなすプランが作成されつつあった。
「うまい!!紅葉は天才なのか!?」
「本当美味しいわね〜、お兄ちゃん」
「それ嫌味にしか聞こえないからな」
課題の途中式を書く手を止め、隣で今しがた作ったばかりの料理が2人の少女の口の中に消えていくのを見る。
《セラフィム》も青葉に負けず劣らずの大食いのようで、食卓に並べた料理は数分の内にその半数を減らしていた。
こりゃ自分の分は残らないなぁと確信し、再び課題に向き直る。
「なぁ紅葉、私にも名前をつけてはくれまいか?」
「・・・・・はい?」
集中している中でのその一言は容赦無くやる気を奪っていく。
「いやな、青葉や紅葉には名前があるが、私にはないだろ。だから、つけて欲しいなぁと思って」
「いいじゃん、つけてあげなよ。お兄ちゃん」
果たして名前とはこう簡単につけて良いものなのか?ペットならまだしも、天使だぞ?
しかし、青葉が既に同意しているため、断ることはできない。
数学の課題をしている中で国語の話題を出され、今しがたまで順調にできていた途中式が狂っていく。
「リクエストはないのか?」
「紅葉につけて欲しいのだ」
ようは全責任を俺に負わせるということらしい。
背後で青葉が「相性を上げるチャンス!!」と言っているのが分かるが、それとは別に俺をオモチャにして楽しんでいるだけな気がする。
「名前、ね」
口に出してみるが、一向に良いものが思いつかない。
そもそも名前ってどうやって決めるんだ?
そもそも名前は必要なものなのか?
結局、脱線した。
「火織はどうだ?」
咄嗟に、というか彼女関連の単語をつなぎ合わせたような名前を出してみる。
「かおり…か。良い名前だ。私の名は今日から柊火織だ!!」
最後のほうに柊と聞こえたのは気のせいだろうか?
ただ単に、《熾天使》の「熾」を「織」にして、持っていた大剣《火焔短剣》の「火」とつないだだけなのだが…。まあ、気に入ったのなら結果オーライだろう。
「紅葉、78%にアップよ」
「何がアップなのだ?」
「気にするな」
《セラフィム》改め火織が不思議そうに首を傾けるが、てきとうに誤魔化しておく。
どうやら、彼女は意外と単純なようだ、
再び意識を課題に向けようとした時、青葉が爆弾を投下した。
「そうそう火織。明日、お兄ちゃんと遊園地にいってくれない?」
時計にセットしていたアラームが鳴り、紅葉は目を覚ました。
時刻は午前10時。睡眠を開始してから3時間が経過したことになる。
昨夜青葉の放った爆弾はものの見事に火織に被弾した。紅葉も巻き込まれる形で…。
課題をこなそうとする紅葉に、火織は遊園地とは何だ?と散々連呼してきた。
その上、ベッドまで占領され、課題を深夜に終えた紅葉はソファの上で夜を明かしたのだ。
再び夢の中に入ろうとする意識を冷水で無理矢理覚醒させ、二階の階段を上る。
上り切れば、手前にある青葉の部屋の扉を開く。
まだ惰眠を貪っているらしい。
こいつは今日のことを全て俺に任せる気のようだ。まったくとんだ指揮官だ。
次に自室もとい、今では火織が占領したと言っても過言ではない部屋の扉を開ける。
「・・・・・・・:」
絶句。それが今の俺にはピタリと寸分たがわず当てはまる表現だろう。
引き出しという引き出しは開けられ、床は紅葉の持つ服で溢れかえっている。
その元凶であろう存在はベッドの上にいた。
布団を蹴飛ばし、服をはだけさせ、惰眠を貪っていた。
「何て格好してんだ…」
視線のやり場に困りながら、柔らかい頬をつねる。
「起きろ。お〜い、《セラフィ…じゃない火織。起きろバカ」
ごすっとわき腹を殴られる、起きた様子はないので無意識のうちに殴ったらしい。
どんだけ感覚が鋭いのやら…
「起きろ!!」
「う〜ん…おぉ、これは美味しそうなモノだな…」
「…はい?」
目がうっすらと開いているが、焦点があっていない。どうやら寝ぼけているらしい。
「平和な奴…」
「いただきます!!」
「何をっ!?」
腕をクロスさせ、防御体勢をとろうとするが間に合わなかった。
大きく口を開け、紅葉を喰らおうとするかのように突進してくる。
「ちょっ、ストップ!!お前は天使なんだぞ、おい!!ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
直後に柊家に紅葉の悲鳴が響き渡った。
騒がしい一日はまだ始まったばかりである。