43/エルメスのスカーフ
新聞社の社会部にその女は居た。
新聞記者の彼女は机の上の資料を眺めながら眉根を寄せていた。
もとはPUCSに関する記事を書くつもりだった。そもそもPUCSを記事にしようとした理由は、PUCSを患った子供の両親たちのことを書きたかったからだ。
彼女の弟はPUCSを患い、そのまま帰らぬ人となった。その間両親は介護疲れや責任のなすりつけ合いなどで離婚した。
実際彼女の両親だけではなく、PUCSの患者を持つ親はいろいろと問題を抱えている。老人になって寝たきりになるのは年のせいとしか言い用がない。だがまだ成長期の若い子供が突然寝たきりになってしまえば、親たちはお互いの教育方針が悪かった躾が悪かったなどと育て方やお互いの日頃の動向を病気のせいにして罵りあい、ついには離婚するケースも少なくない。
また、子供の入院費が払えないために自殺をして保険金を子供の治療費に当てる親も居る。
PUCSの患者ばかりが取り沙汰されるが、その患者の親のことについて触れられている本や記事はまだ少ない。
彼女はまだ結婚もしていないが、過去の経験を生かしてそういう親達の事情をもっと世間に知って欲しいと思い、様々な場所で取材を重ねた。
しかしある日、ふと何点かの何の接点も無さそうな資料を見た時、彼女の中で自分の思惑とは違う点と点が繋がった。
彼女はPUCS患者の親の取材を続けながら、もう一つの線を探り始めた。
そして今、彼女は『もう一つの線』に関してのグラフや年代をまとめ上げた。だが、どうすべきか迷っていた。
まだそれは数字だけであり、その数字の裏には何があるのか、何のためにPUCSがあるのかという重要な部分がほとんどすっぽりと抜けていた。ただ年代やグラフからわかるのは、徴兵制の施行時期前後から兆しがあったこと。
そしてこれは彼女の推測ではあるが、徴兵制の法律施行に関わった人物が何かしらの鍵を握っているのではないかというものだった。
ならばなぜPUCSは発症するのか・・・。
資料はあるのに、謎は深まるばかりだった。
ふと彼女の肩に誰かの手が乗った。
彼女は驚いて振り返ると、そこには社会部の編集長がいた。還暦間近の好々爺然とした男は彼女にニコニコと笑いかけた。
「そんなに根詰めると疲れますよ。」
「そ、そうですね・・・。」
彼女は髪を耳にかけながらそう答え、資料の整理をし、ボーナスで買ったエルメスのスカーフを首に巻いて帰り支度をした。
「それではお先に失礼します。」
彼女が帰ろうとすると編集長が声をかけた。
「夜は暗いから、気をつけてね。」
彼女は気遣いへの感謝の返事をして帰って行った。
彼女の後ろ姿を見送った編集長はまたぼそりと呟いた。
「そう、暗いから、ね。」
その夜、彼女は自動車にひき逃げに遭い、近くの京帝大学病院へ運ばれた。
幸い打撲だけで済み、特に脳にも異常はなく意識もあった。しかし、退院予定の日、彼女はベッドの上で意識を失った。